第72話 見送る二人
「何——?」
充が振り返ると、銀星は首を横に振って「大丈夫だ」と言う。
だが、充から見るととてもそうは思えない。そのため銀星に視線を合わせるようにしゃがむと、心配そうに言った。
「こんなひどい状態なのに、大丈夫なわけがないだろう」
充が困った様子でいると、銀星は大きなため息をついた。
「甘く見られたものだ」
「え?」
すると少し生気が戻ってきた薄茶色の瞳が、充をじっと見つめる。
「俺は半妖だ。充から見たら酷い怪我かもしれないが、これくらい少し大人しくしてれば治る。それより、早く沙羅たちのところに行け。そのために来たんだろう?」
「どうして……」
「いつも昼過ぎから来ていたお前が、こんな朝早くに来るとしたら沙羅と茜のところに行こうとしているとしか考えられない」
簡単なことだ、というふうに銀星は言う。
「だから、早く行け」
「でも……、銀星をこのままにしておけないよ」
すると銀星が切れ長の目を細め、ふっと笑う。
「お前は本当に優しい奴だな。大丈夫だよ。——風流、ちょっと」
風流は不機嫌そうに「何?」と用件を聞く。
「肩を貸してくれ。葵堂まで下りて行くから。それなら充も安心だろう」
彼女は小さくため息をつくと「分かったわ」と言った。それ以外の方法がないと思ったのだろう。
「茜たちのことは充がどうにかするしかなさそうだし。私は銀星を連れてもう一回葵堂に向かうわ。その代わり、充、茜たちのことを頼んだわよ」
風流が神妙な面持ちで言った。
茜のことが心配なのだろう。
しかし充が銀星のことを気にしているため、放っておくわけにもいかないと思っているに違いない。
充は申し訳ないと思いながらも、風流に銀星を託した。
「風流、ありがとう。銀星、安静にね。——行ってきます」
充は立ち上がると、風流と銀星を残して再び斜面を登り始め足早に遠ざかっていった。
☆
「さあ、行くわよ、銀星」
風流は銀星の左腕を自分の肩に回すと、右手で腰を支えて立たせる。
銀星の半妖の姿は小柄な少年体型なので、風流でもなんとか支えられそうだ。
「悪いな」
銀星が申し訳なさそうに言う。
珍しいなとは思ったが、風流は変わらずツンッとした態度で対応した。
「本当よ。私、これでも一回葵堂に下りているんですからね。今日は疲れてもう戻って来られないかも」
すると銀星がため息をもらす。
「ぐちぐち言わずにしっかり支えろよ。あと、着物に雪が付いていて冷たい。払ってくれ」
詫びた気持ちを出した自分が馬鹿だったと言わんばかりに、横柄な態度で注文を付ける。
だが、風流も黙っている子ではない。彼女は「はいはい」と銀星の着物に付いた雪を乱暴に払いながら、負けじと言い返した。
「気が利かなくて悪かったわね。それと私はあなたと違って馬鹿力じゃないの。支えてあげているだけ感謝しなさいよ」
すると銀星が小馬鹿にしたように笑う。
「馬鹿力? だったら茜も『馬鹿力』だな。あれも人間とは違った身体能力を持っているんだから」
風流は言い返そうとしたが、沙羅と対峙している茜は確かに力が強い。
銀星に対して上手く言葉を返せず、風流は悔しいが譲歩するしかなかった。
「……『力自慢』に訂正しておくわ」
「あっそ」
銀星はそう言うと関心がない様子で黙ってしまう。
言い出したのはそっちだろうにと思っていたが、風流の耳元に聞こえてくる銀星の荒い息遣いを聞くと、実は無理をしていたのだということが分かった。
(何、気を使ってんのよ。馬鹿)
茜が心配だが、充と一緒に山小屋まで行けなかった風流を思って、気を紛らわせてくれたのだろう。
風流はそれ以上は言わず、銀星と一歩一歩葵堂に向かって歩いて行った。
暫くだんまりとしていた二人だったが、木々に止まっていた雀がピチュチュ、ピチュチュと鳴きながらどこかへ飛んでいくのを聞いて、風流はあることが疑問に思い銀星に尋ねた。
「……ねえ、銀星があそこで倒れていたのって、葵堂に行くつもりだったの?」
銀星は虚ろだった目を開けてぽつりと呟く。
「それもあるが、天つ日のところに寄っていた」
「もしかして沙羅のことを相談しに行っていたの?」
「近いな」
そのとき風流ははっとした。茜に言われて脇目も振らずに葵堂に走って行ったが、天つ日に相談すればよかったのではないかと思ったのである。
「言われてみれば……。そうよ、そうだわ。最初からお天道さまのところへ行けばよかったのよ。茜が銀星も天狐も頼れないっていうから葵堂のところへ走ってきたけど、お天道さまのところに行けば何か知恵を貸してくださったかもしれない」
「残念だが、天つ日は不在だ」
「嘘? 鷹山にずっといるんじゃないの?」
天つ日は、鷹山と共にあり、秩序を守る者であると言われている。そのためここから離れることはないと風流は思っていたのだ。
それに対し、銀星は気だるげに答える。
「祠に何度呼びかけても応答がない。仮にいたとしても、気配を消しているだろうからこっちにとっては『いない』のと同じさ」
「でも、鷹山であんなことが起こっていたら、お天道さまは黙っていないと思うのだけれど……」
邪気を噴出し、化け物化した沙羅がいるのである。
秩序を守る者として放ってはおけないはずだ。
だが、銀星はため息交じりに風流の考えを否定する。
「今回に限っては例外だろうな。茜と沙羅と、充で何とか解決させようとしている」
「茜と沙羅が関係しているのは分かるわ。時子に聞いたから。でも、充がどうして関係するの?」
「さあな、俺にも分からない。ただ、天つ日が何かを考えているのは間違いない」
「何かって?」
「……」
風流が眉を寄せて尋ねたが、銀星は答えなかった。体が限界に近いのかもしれない。
(お天道さま、三人のことちゃんと考えていますよね……)
風流は心の中で呟く。しかし、今は考えていても仕方ない。
彼女は銀星の体を改めてしっかりと支え直すと、彼の頼りない動きに合わせて斜面を下って行くのだった。




