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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第五章

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第71話 返された力

 山小屋までは、半時(一時間)かかる。

 しかし悠長ゆうちょうにはしていられないので、充は後ろを折って来てくれている風流に気を使うひまもなく、彼女の前に立ちいつもよりも早足で上に向かっていた。


(少しでも早く。でも、無理はしないように)


 心の中で自分に言い聞かせて歩を進める。

 だが、足元は道が凸凹でこぼこしていて歩きづらい。昨日の夕方溶けた雪が、零下れいかの夜に再びこおったため、自分が歩いた足跡や獣の足跡が硬くなって、足が掛けずらくなっているのだ。その上に、さらりと雪が積もっていたが、そこに獣が通った真新しい足跡が沢山あって、雪の下の氷がどうなっているのかが確認できない。それでも風流が来た時間帯から比べるといいほうだろう。


(風流はこんな悪路を歩いてい来たんだ。早朝で道もよく見えなかっただろうに……)


 現在は空も薄明るくなってきているので、だいぶ見えるようにはなっているが、彼女はそれすらも分かりにくい中を歩いてきたに違いない。

 そう思うと泣き言など言っていられないと、充は必死で一歩、また一歩と歩を進めた。


(もう少しで、お天道さまのいるほこらの辺りだ……)


 しかしそのときだった。

 天つ日のほこらがある道との分かれ道のところで、誰かが倒れているのが見えたのである。


「風流、誰かが倒れてる!」


 充は振り返って風流に言うなりけ出した。


「ええ⁉」


 風流は驚いた声を出しながら、充の背を同じように走って追いかけた。急いで斜面しゃめんを駆け上がると、白銀の髪がはっきりと認知できる。

 充はその瞬間、倒れている人物が誰かが分かった。


「銀星!」


 白銀の髪を持つ者は、充が知る限り鷹山ようざんには沙羅以外で一人だけ。うつ伏せになっているが、体格を見ても彼だろうと思われた。


「風流、銀星が……!」


 充に追いついた風流は荒い息を整えながら、「本当だ……」と呟く。


「でも、どうして……?」


 充は銀星の頭を腕にかかえると、白銀の髪をかき分け隠れていた顔を見た。

 昨日は天狐の変化へんげ術で青年の姿をしていたが、今は本来の姿に戻っていて、充が以前見た時と同じく、犬耳に目尻にはあの印象的な紅色の花びらのような印がある。

 しかし顔色が悪く、脂汗あぶらあせもかいていた。


「苦しそうだ……」


「怪我をしているのかしら?」


 充は風流の問いに「そうかもしれない」と答えると、銀星の腕の脈をみる。


「脈はとりあえず正常だ」


「よかった」


「でも、胸のあたりの着物が乱れてる。まるで苦しくてつかんでいたみたいだ」


 銀星の着物の重なった部分がよれており、ぎゅっと握ったようなしわもできている。風流は充に言われてそれを見てうなずいた。


「本当だ……」


「でも、どうしよう。薬とかを持って来なかった……」


 充が銀星の苦しそうな顔を見ながらぽつりと言うと、閉じていた彼のかぶたが震えゆっくりと開く。薄茶色の瞳が、充と風流を捉えた。


「銀星!」


 ほっとしたように充が言うと、銀星はふっと笑う。


「来た……のか」


 かすれた声で呟くので、充は彼を支えながらゆっくりと起こすと、竹筒に入った水を飲ませてやる。その間に、充は銀星に聞いた。


「怪我をしているでしょう? 手当をしないと……」


「俺は……とりあえずいい……」


「でも、倒れていたし大丈夫そうには見えないよ」


 銀星はちらと充を見ると「実はな」と言って、苦笑しながら事情を説明した。


「……沙羅の邪気にやられた。正確には、沙羅に付いた邪道が作った『墨』の邪気に……と言ったらいいか」


「攻撃を受けたの?」


 風流の問いに銀星は「違う」と否定する。


「俺は鬼墨の邪気を抑えるために、沙羅に俺の血を飲ませていたんだ。まあ、元々は俺の考えじゃなかったんだが、まあ必要なことだったからそれはいいんだ。だが、沙羅に付いた邪気が暴れたせいで、俺の血に混じっている妖気が破られてしまったんだよ。人間の術で言えば、『呪詛じゅそ返し』とか『術返し』とかいうらしいが、それに似たようなもので、俺はそれを食らったというわけだ……」


「それって大丈夫なの?」


 今度は心配そうな顔で充が尋ねると、銀星は「そんな顔をするな」と言いながら腹のあたりをさすった。


「予想はしていなくて驚いたが、腹に一発食らったみたいな程度だ」


 苦笑する銀星に、充は真剣な顔で言う。


「嘘を付かないでください」


「み、充⁉」


「寒いかもしれないですけど、確認します」


 充は一言断ると、銀星の着物の胸元を開く。

 すると色白の肌のはずが、腹筋の広い範囲で青黒いあざとなり、所々皮膚がけて血が出ていた。


「ちょっと、これ、本当に大丈夫なの……?」


 風流が口元をおおって息を飲む。

 想像以上にひどい状態だったせいだろう。


「薬箱……持ってくればよかった……。いや、そうじゃないね。今から戻って持ってくる!」


 そう言って鷹山をくだろうとしたときだった。銀星が充の腕をつかんだ。

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