第68話 堕突鬼(きとつき)
すると話を聞いていた風流が目を瞬かせて、充にこそっと尋ねた。
「銀ちゃん……って誰?」
「銀星のことだよ」
充が答えると風流は一瞬目を見開いたのち「そう……」と短く答える。きっと意外だったに違いない。
彼は気を取り直して、義母に「銀星の血を飲ませたが駄目だった理由」を尋ねた。
「義母さん、その銀星の血を飲ませたことが駄目だったということは、どういうことですか?」
「銀ちゃんの血に混じっている彼の妖気が邪気に負けたことで、邪気が沙羅ちゃんを飲み込んで……言い換えると憑依体にすると言ったらいいかしら。それによって、『堕突鬼』になってしまったということよ」
「き、きとつき?」
充は怪訝な顔をして、風流のほうを見る。
だが彼女も分からないようで、ふるふると首を横に振った。
「『堕突』は『破壊』と言う意味。それに『鬼』という文字を付けて、『堕突鬼』というの。要約すると『破壊する鬼』ってことね」
時子の説明に対し、充は小首を傾げる。
「沙羅が鬼になったということですか? 人間なのに?」
「銀星の血を飲んだからかしら?」
風流がそう言うと、時子はやんわりと否定した。
「いいえ、銀ちゃんの血は関係ないわ。それと『鬼』が付くからといって鬼そのものになったというわけではないのよ。邪気を放ち、周りのものを破壊したり、人を殺めたりするような見境なく暴れるもののことを堕突鬼というの。それは人でも、妖でもが関係ない」
「……では、堕突鬼になった沙羅は、人を殺したり物を壊したりするということですか?」
「そうなるわ」
「だったら早く止めないと……」
「そうよ。茜もどうしたらいいから分からないからって、時子か充を呼んできてっていわれているの。ねえ、どうやったら沙羅をとめられるの?」
風流が急かすように尋ねる。
すると時子が冷たい声で言った。
「無透さん――妖老仙鬼が作った猛毒で殺すのよ」
義母の言葉に、充と風流は息を吞んだ。
「猛毒って……、そんな他に方法はないんですか?」
「ないわね」
充の質問に短く時子は答えたあと、言葉を続けた。
「だから私が行くわ。葵堂は、半妖や半鬼を抱えた鷹山の恩恵を得る代わりに、もしものことが起こったら介入する役割を担っているの。鷹山だけでなく、旭村にも被害が広がったら大問題だからね」
そう言うと時子は、部屋の隅に置いてある薬箱を囲炉裏の近くに持ってきて準備を始める。
「待ってください、義母さん! 僕はまだ行かないとは言っていません!」
すると彼女は、つま先を立てた正座のまま充を見上げた。
「行ったとしても、できないでしょう、充には。沙羅ちゃんに薬を飲ませたり、傷の手当てをしていくうちに、他人事ではなくなっているはずよ。そう思っている相手が化け物になっているわけだけれど、殺すことになると分かっていて毒を与えられる?」
時子の静かだが迫力のある声に、充は気後れする。
「それは……」
否定できない。
しかし、その言葉が出る前に時子が畳みかけるように言った。
「沙羅ちゃんに毒を与えることを躊躇してしまうということは、鷹山と旭村に起こりうる被害のことを想像していないことでもあるのよ」
時子の指摘に、充は顔を俯けた。
実際にその場面に居合わせていないため、本当のところは分からない。
だが、彼女の言う通り、沙羅が他人ではなくなっているのは間違いなかった。友情ではないけれど、生活の一部に溶け込んできて来ている人になっている。
その上、昨日の沙羅を見てしまったら、毒を飲ませることが最善とは思えないと思っている自分がいるのも確かだ。
「だから充にはできない」
時子がはっきりと否定した瞬間だった。
充の心にある決壊が、どっと壊れたような気がした。
「何で……」
充はぐっと拳を握って、小さく震えた。
それを彼の背中側から見ていた風流が、小さい声で「充?」といって名を呼んだ。
しかし、時子には聞こえていないようで、てきぱきと準備を進めている。
充は、一番聞いて欲しい人に聞いてもらえなかったことで、怒りを押し殺すような声で義母に言った。
「何で否定するんですか……。それって、僕が養子だからですか……? 皆、義母さんは僕のことを思って『鷹山や妖のことを言わないだけ』とか、『時子さんはちょっと変わっているから話していないだけだ』って言っていて、納得していたんです。でも、僕はここにきて信じられなくなっています。どうして、僕にそんな大事なことを話してくれなかったんですか⁉」
すると時子は手を止めて充を見上げると、どこか怒りに近いような感情を込めて、次のように言った。
「話さなかったのには理由はある。でも、それは充が養子だからじゃない」
「……え?」
「修さんが、充をここへ連れて来たときに聞いたのよ。『どうしてこの子を連れてきたの?』って。あの人は決断は早いほうだけれど、人の子を養子に貰ってくるなんて後にも先にもあなただけよ。当たり前のことだけれど、人の子を貰うなんてそうそう簡単に決めて来れる話じゃない。それは充にも分かるでしょう?」
「分かりますけど……、本当の家族に疎まれていて可哀そうだと思ったからじゃないですか……」
血のつながった兄に罪を被せられ、信じてもらえなくなっていたから、充はこの家に来たのである。
だが、時子は首を横に振った。
「違うわよ」
時子はすぐに否定すると、充の目をじっと見つめて言った。
「『正義を貫ける子だと思ったから守ってやらないといけない』って言っていたわ」




