第5話 水薬
「うっ……くっ……」
横たわっている沙羅の様子を見ると、脂汗をかき、酷く苦しんでいる表情が見て取れた。激しい痛みに、背を引き絞った弓のように反らせることもある。
(茜が「沙羅の体にとって毒になっている」って言っていたけど、これ本当に毒か?)
充には毒のようなもので苦しんでいるというよりも、体のなかに巣くった何かに内臓を食われているようにも見えていた。しかし沙羅は、痛みによる声は出さないと心に決めているのか、先程と同じ子とは思えぬほど静かである。
「充、これを持っていて」
「分かりました」
充は義母に言われて、真っ白な陶器の小鉢を持たせられる。彼の両方の掌に、すっぽりと収まってしまうくらいの小さなものだ。
「次に、これね」
時子は自分の掌に載せた、一辺一寸(約三センチ)ほどに切りそろえた正方形のとても薄い和紙のようなものを充に見せる。
萌黄色(=黄色味のある緑色)をしたそれは、懐紙にも似ているが、粉薬を使う場面であれば薬包紙と考えたほうが無難かもしれない。
しかしそれにしては小さすぎる。薬を包むには一辺三寸は欲しいところだ。だとしたらこれは何なのだろうか。
「これは何ですか?」
尋ねると、義母は「いいえ」と言う。
「薬そのものよ。こういう形の薬は総称して『水薬』と言うの」
薬屋葵堂の養子になってから六年。それ以来薬屋の息子として育てられたこともあり、これまで沢山の薬について学んできたが、これは初めて目にする。
「どういう効用があるのでしょうか」
「この色は鎮静薬。使えば、沙羅ちゃんの状態は改善されるはずよ。飲み方はこうやって――」
時子は、充が持っていた小鉢の中に正方形の和紙のように薄い薬を入れ、持っていた竹筒の水をそこに注ぐ。すると薬はさっと跡形もなく消えてしまった。
「消えた……?」
「水に溶けたのよ。紙に付いていた色も消えてしまうから、ただの水みたいよね。だから扱うときは、本当に必要なときだけ出して水に溶かすこと。そうしないと誤って飲んでしまうから」
義母の説明に充はこくりとうなずく。
「分かりました」
「準備はこれで終わり。茜ちゃん、飲ませられそう?」
時子は小鉢を茜に渡しながら確認する。
「ありがとう。やってみるよ」
茜はうなずくと、痛みによって体を激しく動かす沙羅を抱きかかえる。
「沙羅、薬だ。飲め」
茜は痛みに苦しむ沙羅の口元に小鉢を持っていくが、中々飲んでくれようとしない。
(飲みたくないのか……?)
充はそんなことを思う。折角茜が口元に持っていっても、ふいと顔を背けてしまうのだ。
茜は小さくため息をつくと、時子を振り返って言った。
「悪い。ここに《《睡眠薬》》も入れてくれないか?」
「構わないけど……」
どうして、と聞く時子に、茜は腕のなかで暴れる沙羅を押さえつけながら、呆れたように言う。
「体のなかの暴れ者を抑えても、沙羅自身が暴れるんじゃ薬を入れても体が休まらないからな」
「……分かったわ」
時子は何かを悟ったようにうなずくと小鉢を受け取り、今度は桃色の水薬を入れる。充はそれを眺めながら、初めて聞く薬のことを考えていた。
(「鎮静薬」といい、「睡眠薬」といい、初めて聞く薬の名ばかりだ。「人間」ではない者に投与するからか? いや、さっき茜は確かにこの子は「人間」だと言っていたよな。何だか訳が分からなくなってきた……)
充が小さくため息をついている間に、時子は茜に小鉢を戻す。
「すまない。ありがとう」
茜はそう言うと、ぐいっと小鉢を呷り口に含みそのまま沙羅に口移しをするので、充はぎょっとした。
(茜と沙羅ってどういう関係なんだ? 親子にしては似ていないし、年齢も近すぎる気がする。それなのに口移しで薬を飲ませるなんて、茜に正義感があるか、二人の間に特別な関係があるとしか……)
沙羅は嫌がって先程以上に暴れたが、茜の力が相当強いのか、結局根負けして薬を飲んだらしい。
「もう大丈夫だ。大丈夫……」
茜は沙羅に薬を飲み込ませると、まだ痛みに悶える彼女を包み込むように抱きしめ優しく宥める。そのうちに沙羅の動きが鈍くなり眠ってしまったようだ。
「良かった。薬が効いたようね。でも、念のためもう少し様子を見ましょう」
ほっとして言う義母に、充はまたも小首を傾げる。
おかしいのだ。睡眠に関する薬を処方した場合、効果が表れるのは十日を過ぎたころである。それも適量を飲み続けた場合だ。
人によってはもっと早いこともあるが、半刻(三十分)以内に出ることはほぼない。
そのため、沙羅が眠ったのは疲れによるものだと思ったが、時子は確かに「薬が効いたようだ」と言った。ということは、先ほど使った水薬というのは、これまで充が慣れ親しんできた粉薬とは違って、効果が出るのが早いのだろう。
しかし、これまで村人に処方したのを見たことがなかった。
(村人には使えない薬なのかな……?)
充が考えている間に、茜は沙羅が落ち着いたのを確認すると、小屋の奥に置いてあった布団を敷き、彼女を横たわらせた。
「汗がすごいわね。着替えさせたほうがいいんじゃないかしら?」
「そうだな」
「じゃあ、僕は外で待っています」
充はそう言うと自主的に外に出て、呼ばれるまで待つことにした。




