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赤鬼の娘  作者: Yuri
第一章 鷹山と薬屋
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第5話 鎮静薬

「時子、いるか?」


 少女が崩れ落ちてすぐ、茜が硬い声で呼んだ。


 今までどうしていたのだろうと思うくらい、ひっそりと息を潜めていたが、時子は呼びかけに応えて壁の陰から出てくると少女の傍へ屈み、茜に尋ねた。


「苦しんでいる原因って、やっぱり血?」

「ああ。半妖の血を飲んだせいだ。多分それにまとわりついている妖気ようきが、沙羅の体にとって毒になっているんだろう」

「分かった。それなら《《鎮静薬》》がいいわね。用意するわ」


 時子はすぐにそう答えたが、充は「鎮静薬とは?」と小首を傾げていた。彼は十歳のときから八年間、薬屋である「葵堂」で生活してきたが、「鎮静薬」は初めて耳にした名称だったからだ。


(鎮《《静》》薬……? 鎮《《痛》》薬の間違い、とか? いや、それとも催眠効果のある酸棗仁湯さんそうにんとうのことを言ってる? だけど、それは主に眠るときに関係する薬だし、飲んでもすぐに効くわけじゃない。最低でも十日は飲み続ける必要がある。茜が言った「ようき」のことは分からないけど「毒」と言っていたから、それなら解毒薬に、痛みを緩和させる痛み止めを飲ませた方が無難な気がするけど、違うのかな……)


 充が一人で悶々としている間に、茜は頷いていた。


「頼む。あ、その前に上がろう。ここじゃ処置がしにくいだろうから」


 そう言うと、彼女は少女を横抱きにし、軽々と土間から居間へ上がる。時子は先に上がってちゃぶ台をどかし、茜は畳の上に傍にあった座布団に沙羅を寝かせた。


「あれ……?」


 充はそのとき、茜の右腕から出ていた血が止まっていることに気が付いた。


(深く噛まれて、血が出ていたはずなのに……)


 怪我をしたのは見間違いではなかったはず。もし自己治癒力で治ったのだとしたら、驚くべき再生能力だ。充は茜が「人間」ではないことを認めざるを得ない状況になりつつあるのを感じてはいたが、生まれてこの方妖怪になど会ったことが無い。そのため、まだ信じられない心地でいた。


 さらに、山小屋のなかの変化にもはっとする。


 先程まで暗かった山小屋のなかが、明るくなっているのだ。どうやら縁側の雨戸を全て外したらしい。お陰で室内のなかがどうなっているのかはっきり分かるが、充、時子、茜、沙羅しかいないのに、誰が開けたのだろう。


(開けたのは母さん? だけど雨戸は八枚くらいある。あのどさくさに紛れて外し終えられるか……?)


 もし母でなかったら、別の何かがいるということだ。それも人間ではない何かだろう。充は不可解な出来事に身震いした。


(怖い……けど、怖がっている場合じゃない。母さんを手伝わなくちゃ……)


「充」

「はいっ!」


 母に名を呼ばれて、充ははっとした。見ると真剣で真っ直ぐな眼差しで「手伝ってくれる?」と聞かれる。

「あ、はいっ!」


 彼は頷くと、草履ぞうりを脱いで急いで居間に上がった。


「うっ……くっ……」


 横たわっている少女の様子を見ると、脂汗あぶらあせをかき、酷く苦しんでいる表情が見て取れた。酷い痛みに背を引き絞った弓のように反らせることもある。


(茜が「沙羅の体にとって毒になっている」って言ってたけど、これ本当に毒か?)


 充には毒のようなもので苦しんでいるというよりも、体のなかに巣くった何かに内臓を食われているようにも見えていた。しかし少女は、痛みによる声は出さないと心に決めているのか、先程と同じ子とは思えぬほど静かである。


「充」

「はい」

「これを持っていて」

「分かりました」


 充は母に言われて、真っ白な陶器の小鉢を持たせられる。彼の両方のてのひらに、すっぽりと収まってしまうくらいの小さなものだ。


「次に、これね」


 時子は自分の掌に載せた、一辺一寸(約三センチ)ほどに切りそろえた正方形のとても薄い和紙のようなものを息子に見せる。


 萌黄色もえぎいろをしたそれは懐紙にも似ていたが、薬を使う場面であれば薬包紙やくほうしと考えた方が無難だろうが、それにしては小さすぎる。薬を包むには一辺三寸は欲しいところだ。だとしたらこれは何なのだろうか。


「薬包紙ですか?」


 尋ねると、母は「いいえ」と言う。


「薬よ。こういう形の薬は総称して『水薬みずくすり』と言うの。水薬は特殊だから、後で色々教えるわね」


 充は数多くの薬を今まで見てきたが、これは初めてお目にかかる。


 養子とはいえ薬屋の息子として育てられたため、「水薬」は薬として興味深くはあったが、その一方で何故今まで教えてくれなかったのだろうという気持ちが湧き出て、急にもやもやとした気持ちにさせられた。


 しかし今そんなことを問うても仕方ないので、充は「どういう薬で、どうやって使ったらいいですか?」と尋ねていた。


「この色は鎮静薬。使えば、沙羅ちゃんの状態は改善されるはずよ。飲み方はこうやって――」


 時子は、充が持っていた小鉢の中に正方形の和紙のように薄い薬を入れ、持っていた竹筒の水をそこに注ぐ。すると薬はさっと跡形もなく消えてしまった。

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