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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第五章

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第67話 雪の中を駆けてきた者

最終話です。

     ☆


 充はその日の早朝、誰かが薬屋の店先で話す声で目が覚めた。


(こんな早くにお客さん?)


 天井近くの壁に取り付けられた窓を見ると、ほんのりと明るくなっている。しかし、客が来るには早すぎる。まだ店も開いていない時間なのだ。


(誰だろう?)


 引き戸越しに途切れ途切れに聞こえてくる声は、どうやら女性である。

 内容は聞き取れないが、緊迫した雰囲気が感じられたので、充は二度寝を諦めて布団から出ると急いで身支度を始めた。


(何かあったのかな……?)


 藍染の着物に、下には跨着またぎ(綿素材のズボンのようなもの)をはきながら、どういう話をしているのか想像する。


(村人が密集しているところで問題が発生したのかな……。でも、問題って……火事とか? でもそれならなんで葵堂までくるんだろう。さすがにこっちまで影響はないだろうし……。あるとすれば火傷やけど用の薬を取りに来た……とかかな?)


 充は着替え終わると、そっと自室の戸を開ける。すると店の玄関のところで、母と風流が話をしていた。


「風流?」


 りの深い顔に、つやのある黒く長い髪。それはまぎれもなく風流だった。

 今日は珍しく、首の後ろで髪をひとまとめにしているが、どうやら彼女は桜の変化術へんげじゅつを使っていないらしい。


(顔の彫りは深いけど、髪の色も黒いし、爪も長くないし、普通の人間に見えるから大丈夫だってことなのかな……?)


 充がそんなことを思っていると、彼に気づいた風流は「充! ちょっとあんたも話しを聞いて! とにかく大変なの!」とさけんだ。

 寒い中走ってきたのか彼女のほほは赤くなっており、髪も乱れ、さらに足元は雪だらけになっている。ただ事じゃない様子に、充は駆け寄り「どうしたの?」と尋ねた。


「沙羅が! 沙羅が大変なの!」


「沙羅が?」


「よく分からないんだけど、恐ろしい気配を放つようになってしまったの! 茜は邪気じゃきって言っていたけど、とにかくまるで化け物だわ!」


「え、ば、化け物? でも、どうして……銀星の血は馴染なじんで来たんじゃなかったのか?」


 充は沙羅の様子を思い出して首を傾げる。


(だって昨日の沙羅は落ち着いていたし、茜だって「暴れないだろうから」って僕を帰らせたのに……)


「原因は、銀ちゃんの血じゃないわ」


 そう言ったのは時子だった。


義母かあさん? それってどういうこと?」


 風流と充が彼女を見て説明を目でうったえる。

 彼女は二人のことを見たあと、冷静な声で話し始めた。


「二人とも、この世に陰陽術おんみょうじゅつというものがあるのは知っているわね?」


「え? ええ……」


「はい」


 風流と充は、どうしてそんな話をするんだろうと不思議そうな顔をしながらうなずいた。

 

「でも、それが沙羅とどう関係するんですか?」


 充の問いに、時子が答える。


「沙羅ちゃんがあのようになってしまったのには、陰陽術のある一派から派生した『邪道じゃどう』という者たちが関係しているの」


「邪道? 名前からしてあやしそうね……」


「風流ちゃんの言う通り、とても危険な組織よ。彼らには墨を操って妖怪と対峙する術として、『操墨そうぼく』というものがあってね。それが『墨』を用いるのだけれど、その墨に妖怪の血を混ぜると強くなるのよ。今回その血に茜ちゃんのお父さんのものが使われたの」


 静かに語る時子に対し、風流は目を丸くし、さらに開いた口を隠すように手でおおった。


「嘘でしょう……」


「え……?」


 一方の充は驚きつつ、茜との会話を思い出す。

 彼女は確か、自分の父親が人に殺されたと言っていなかったか。


(まさか、その『操墨そうぼく』っていう術に使われる『墨』を作るために殺されたってことなのか……?)


 居間には囲炉裏に火が入れられてありそれなりに暖かいはずだが、充は急激に自分の足元から背筋に向かって冷えていくのを感じた。


(そんな……。そんなことって……)


「そしてね。茜ちゃんのお父さんの血が混じった『墨』が、沙羅ちゃんについてしまっているのよ」


「どういうこと?」


 時子の言葉に風流が眉を寄せて聞き返す。


「茜ちゃんのお父さんがこうなってしまったのには、沙羅ちゃんのお父さんも関係しているの。そして、『邪道』はこの状況を利用して『墨』の状態を調べるために、沙羅ちゃんに『墨』を付けたのよ」


「どうして『墨』の状態を調べる必要があるんですか?」


「妖怪の血が混じった『墨』は邪気を放つ。だから、人体に影響があるのよ。それを『邪道』は沙羅ちゃんの体で試そうとしたというわけ」


ひどい……」


 風流はゆっくりと息を吸いはき出すと、わなわなとくちびるふるわせた。

 沙羅に対して複雑な気持ちを持っている彼女だが、不幸になって欲しいと思っているわけではない。沙羅に起こったできごとに、自分事のように怒っていた。


 時子は、充と風流の二人の様子を静かに見つめたあと、ぽつりと言った。


「銀ちゃんが血を飲ませたのは、その邪気を抑えるためだったんだけれど、どうやら駄目だったようね」

最期までお読みくださいまして、ありがとうございました。

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