第65話 気配
☆
風流は山小屋の居間の奥にある部屋で目を覚ますと、そっと布団から体を起こした。
(寒い……)
周りで小さな半妖の子たちが数人丸まって寝ているので、風流は彼らを起こさぬように静かに布団から抜け出すと、手早く着替えて居間のほうへ移動した。
(あれ、茜も沙羅もいない)
居間と奥の部屋とを区切る襖を開けると、囲炉裏と部屋の隅に置かれた畳まれた布団が目に入る。
(二人で外に行ったのかな?)
風流は小首を傾げつつ、囲炉裏の鉤棒に掛けてある鉄瓶を手に取り、土間に持って行って瓶から水を汲む。それをもう一度、鉤棒に掛けると、囲炉裏に火を入れた。
これで部屋が温かくなり、お湯も沸く。
するとそのとき、土間のほうから外の扉がガラッと開く音がした。
誰だろうと思って居間の扉を開けると、雪だらけの人がそこに立っている。よく見ると笠から見える髪は赤い。間違いなく茜だろう。
「おはよう、茜。すごい雪だね」
風流が声をかけると、茜は気づいて「おはよう」と言い、雪を落としながら言葉を続けた。
「急に強く降ってきたんだ」
「どこに行っていたの?」
「巻き割をしに薪置き場のほうに行ってた」
茜は、笠とわら蓑を脱いで入り口のところに掛けると、腰を折って足のほうについた雪をぱんぱんと叩いて払う。
山小屋と薪置き場はそれほど離れていない。
そのため、巻き割をすると音が聞こえるのだが、雪があるために聞こえなかったのだろう。雪は不思議と音を響かせない。
そしてきっと、茜はそれを分かっていて朝から巻き割などをしていたのだと風流は思った。
「茜、何かあった?」
心配そうな声で尋ねると、茜は体を起こして「どうして?」と苦笑する。
「こんな朝早くに巻き割なんて、今までなかったから……」
この二か月は特に沙羅のことで朝から晩まで動いていたため、茜が巻き割をするのは意外なことだった。行動が変わったということは、何かあったのではないかと思い風流は尋ねたのである。
しかし茜の表情は、思ったよりも明るい。
「沙羅のことがあってできなかっただけだよ。ようやく体を動かしたかったし、今後必要になるからやらないといけないことでもあるしね」
「それならいいけど……」
茜は風流から流しのほうに移動すると、腕まくりをした。
「さあて、今日は玄米粥を作るよ。そろそろ沙羅も食べられるだろうからね」
茜が朝食の準備をしようとしたとき、風流は沙羅がいないことを思い出す。
「あ、そうだ。沙羅いないけど、一緒じゃないの?」
その瞬間、茜の表情が一気に曇った。
「何……?」
茜は朝食づくりの手を止めて風流がいる居間のほうへ行き、部屋を覗いた。彼女は畳まれた自分と沙羅の布団を見て眉を寄せる。
「どこに行ったか聞いていないのか?」
布団を見つめながら尋ねる茜に、風流はふるふると首を横に振った。
「聞いていないわ。そもそも沙羅は私に行き先なんて言わないもの……」
「……そうか」
短く呟くと、茜はその場に立ち尽くす。
沙羅がどこに行ったのか考えているのかもしれない――と思ったときだった。
急に肌にぴりつくような気配を感じた。
「え、な、何……? 変な気配を感じる」
風流は自分の体に感じる得体のしれない気配に、自分の体を抱きしめるようにしてその場にしゃがみ込む。
一方の茜は動じていないようだったが、くっと眉を寄せ、天井に視線を巡らすと静かな声で「邪気だ……」と呟いた。
「邪気?」
風流が聞き返したときである。
居間の奥の部屋から半妖の子どもたちが一斉に駆け出して来て、風流と茜に飛びついた。
「風流! 何なの、これ!」
「変な感じがする!」
「怖いよ!」
子どもたちは自分の体に関していることそれぞれ口にする。
「皆……!」
子どもたちも風流と同じように得体のしれない気配を感じているようで、体を強張らせている。
風流はできるだけ小さい子を包み込むように抱きしめてやり、他の子たちも手で頭や肩や背中に触れて「大丈夫よ」と声をかけた。
「ねえ、茜、どうなっているの?」
風流が茜を振り返って聞くと、彼女左腕で一人の半妖の子を抱えつつ、空いている右手のほうで「しっ」と指を立て静かにするように指示をする。
するとべそをかいている子どもたちもきゅっと口を閉じて、茜の言葉に従った。
どうやら、気配の元を探ろうとしているようである。
風流は邪魔にならないように、子どもたちを宥めつつ、彼女の判断を待つ。
しかしそうしているうちに、外では獣たちの声が聞こえてきた。
それも鬼気迫ったもので、猿は甲高い声を出して周囲に警戒を促し、山小屋の中にいた鼠たちも一斉に騒ぎ出して外へ行こうと必死になっている。
(何が起こっているの……?)
風流は緊張でごくりと生唾を飲み込む。
(強い妖怪が入ってきたのかしら……。でも、ここにはお天道さまがいるから、入って来れないわよね。だったらどうして……)
恐ろしい気配はさらに大きくなっていく。
動物たちが逃げるのも当然だろう。しかし、自分たちはどう行動してよいか分からない。
すると、茜が低い声で言った。
「近づいて来ないか?」




