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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第五章

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第64話 沙羅の決断

    ☆


 充が桜と鷹山からの帰り道を共にした次の日のこと。


 冬の気配が増し、空気がキンッと冷えた暗がりの朝、沙羅は山小屋の居間にかれた布団の中で目を覚ますと、そっと寝返りを打って隣に並べてあるはずの布団を見た。

 だが、すでに布団がなくなっている。

 視線をめぐらすと、足元にたたまれた一式の布団が置かれていた。


(もしかして、茜は出掛けたのかな……?)


 沙羅はもぞもぞと布団にもぐり込んで考える。


 ふた月前に、沙羅が銀星の血を摂取してからというもの、茜はほとんど傍を離れたことがない。しかしここ数日暴れるようなこともなかったこともあり、少しは大丈夫だろうと思ったのか、明け方にどこかへ行ったようだ。


(私のことを置いて、茜が唯一行く場所と言えば、彼女のお母さんのところ……だよね?)


 茜の母は、旭村あさひむらで一人で暮らしている。

 それまでは沙羅と同じ村で家族で生活していたが、茜の父がいなくなったことで諸々の問題が生じ、そこでの生活ができなくなった。その後家族がばらばらに生活することを決めたようで、茜は定期的に一人で暮らす母の元へ通っていたのだ。

 しかし、沙羅の面倒を見なければならなかったせいで、しばらく言っていなかったはずである。それがようやく彼女の状態が落ち着いてきたので、茜は母親の元へ行ったのかもしれないと思ったのだった。


(だとしたら、行かなくちゃ……!)


 沙羅は、茜が枕元に用意してくれていた野良着のらぎ足袋たび、そして半纏はんてんとうさぎの毛でできた襟巻を布団の中に入れて温めると、そのなかで器用に着替えはじめた。布団から出ると寒いので、少しでも体の暖かさを保つための、沙羅なりの工夫である。


「……」


 着替えが終わると、さっと布団から出る。

 空気は冷たいが着替えたお陰で思ったほどではない。その場をてきぱきと片付けると、沙羅から離れて奥で寝ている半妖たちを起こさないように、そっと土間に降り丈のある藁沓わらぐつを履く。


(何かお腹にいれておこう)


 沙羅は、土間の壁際に置いてある水屋箪笥みずやだんす(主に台所で使われる収納のこと)の一番上の戸棚を開けると、籠に入っていた干し柿を手に取った。ここに入っているものは、鷹山のものなら誰が食べてもいいことになっているが、一番上の戸棚に入ったものだけは沙羅専用である。それは彼女がここに来たときに、茜が決めたことだった。


 ——私たち半鬼や半妖は、多少食べなくても生きていけるけど、沙羅は人間だからそうじゃない。一応食事は毎日二食は用意するけど、足りなかったら「おやつ」を入れておくから、いつでも好きなときに食べな。


 沙羅は、茜がそう言って頭を優しくでてくれたことを思い出す。そして、この戸棚に入った乾燥果実のお陰でこのふた月も何とか乗り切ることができた。


(血で暴れたあとは眠らされていたし、起きたらそれほど時間が経たないうちにまた暴れるから、ご飯が中々食べられなかったんだよね……)


 茜は沙羅がここへ来たときから、玄米を中心とした料理を用意してくれていたが、このふた月は用意されても食べられないことがほとんどだった。それは暴れていたせいもあったが、沙羅の心境の変化もあって口にできなかったのである。

 そのため、以前と比べると確実に体重が落ちているのが、自分でも分かる。


(折角用意してくれたのに……、ちゃんと食べなくてごめんなさい)


 沙羅は心のなかで謝ると、干し柿をぱくりと食べる。あまり時間を掛けるわけにもいかなかったため、流しの傍に置いてあったかめから冷たい水を口の中で少し温めながら飲みこんだ。

 お腹が少し満たされた沙羅は、静かに山小屋を出ると薄暗がりの中、白い息をはき出しながら、急いであまのところへ向かった。


「お天道さま、いらっしゃいますか?」


 何とか迷わずに天つ日のほこらまでくると、彼女はその前で小さく尋ねる。

 すると祠が明かりが灯ったように明るくなった。まぶしいと思って目を腕で覆い隠すと、低い女の声で「どうした」という問いが聞こえた。


 光が和らいだため、沙羅が顔を覆うのをやめると、祠のわきの小高くなった場所に白い着物を身にまとい、優雅な笑みを浮かべた女性が足を組んで座っているが見えた。

 美しいとかきれいというよりも、その名の通り「神々しい」というような表現が合うような女性である。


 何度か見たことがあるのに思わず見とれていると、天つ日はもう一度ゆったりとした口調で問うた。


「我に何か用か」


 沙羅ははっとすると、ひざまき頭を垂れる。


「朝早くに申し訳ありません。以前、お天道さまがわたくしに提案してくださったことについて、お伝えに参りました」


「以前、天つ日が沙羅にした提案」というのは、銀星の血を求めたときに天つ日が彼女に密かに聞いたことだった。

 すると天つ日はふっと笑う。


「そうか。で、どうすることにしたのだ?」


 沙羅は彼女の問いを聞いたのち、ゆっくりと息をはき出すと、言葉を選びながら答えた。


「……父が行ったことを、この目で確かめたく思います。どうか、わたくしにお力をお貸しいただけないでしょうか?」


「よく決断をした。よい。我がそなたに力を貸そう。顔をお上げ」


「……はい」


 天つ日は右手の手のひらを沙羅に向けると、その上をすべらせるように、ふうっと息を吹いた。


 沙羅は何が起こるのだろうと思っていると、急激に体の内側から、外側へ向かおうとする得体の知れない力を感じる。それはまるで自分の体を突き破るかのような感覚で、沙羅はその痛みに膝からくずれ落ちた。

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