第62話 想定
「あの子は葵堂の子であるぞ。これくらいのことに巻き込まれたとて平気であろう」
「……」
彼女の言葉に、桜は言葉を詰まらせる。
銀星も隣で話を聞きながら、こればっかりは桜も言い返せないなと思った。
天つ日が「充は葵堂の子」と言っているということは、彼のことを葵堂の一員として鷹山に出入りすることを認めているということである。
そして裏を返せば、鷹山と関係を続けてきた葵堂の者として、これくらいのことは対処して当然ということだろう。
「充に何をやらせるつもりだ……」
絞り出すような声で尋ねた桜に、天つ日は珍しく神妙な面持ちになる。だが彼女は充のことについては答えず、代わりに沙羅のことについて話始めた。
「桜。お前、沙羅の体についている邪気が何か分かっているだろう? そなたがあの子をここへ連れて来たのだから分からないはずがない」
銀星は、時子に聞いた話を思い出しながら、沙羅を鷹山に連れて来たのは桜だったと思い、ちらりと彼のほうを見る。
銀星の視線に気づいてはいるだろうが、こちらにはまるで視線を向けず、身動き一つ取らないで天つ日の話を聞いていた。
何も言わない桜に、彼女は言葉を続ける。
「我が沙羅にしてやれることは、ただ銀星に血を飲ませるように促すことだけ。何故か分かるか? 彼の血が最も適切であると思ったからだ。沙羅の体に付いた邪気を放つ墨というのは、茜の父親である絳祐を元にして作られている。奴はただの鬼ではない。『赤鬼』という、色のついた特別な鬼だ。そのため力や鬼の気も強い。その者の血が含まれた邪気を放つ墨がどれほど危険であるかそなたらも想像に難くないだろう。そうであるから時期を見て、沙羅に銀星の血を飲ませたのだ。だが、それも限界に近付いている。邪気が銀星の血の妖気を破って、彼女の体から出てくるのも時間の問題だろう。そうなったら戦うしかない。理性も何もない化け物になり果ててしまうのだからな」
銀星は驚いて目を見開く。
「化け物になった沙羅はどうなる?」
銀星が尋ねると、天つ日は「『浄化の術』を使える者でもいなければ助けられないだろうな。だから『沙羅は茜と戦うことになる』と言った。ずっと面倒を見てきた茜が沙羅の最期を見届けるのが筋であろう」と言った。
「浄化の術」を使わなければ沙羅の邪気は払えないというのは、時子の見解と同じだ。だが、「茜が沙羅の最期を見届ける」というのは、関わってきた者たちにとってあまりに酷ではないかと銀星は思う。
(茜は親身になって沙羅の面倒を見ていた。充だって、沙羅の手当てを一所懸命にしていた。それなのに、迎える結末が沙羅の化け物化に加えて、茜が手にかけるなんて……。こんなの誰も望んでいないはずだ……)
銀星はぎゅっと太ももの脇で拳を握ると、何か方法がないかと天つ日に尋ねた。
「天つ日は……、助けられないのか?」
知恵も力もある存在である。
人がどうにかできなくとも、彼女なら何とか出来る方法があるのではないかと銀星は思ったのだ。
だが、目を細めた天つ日の答えは、彼の望むものではなかった。
「我はこの世にありながら、できうる限り己の力を使って干渉することはしないようにしているからの。悪いが何もできない」
そうなのか、と銀星は肩を落とす。天つ日が「できない」といえば、もう方法はないだろう。
呆然とした気分になっていると、桜が横槍を入れた。
「傍観者め。『浄化の術』を使える者が必要だと知っていたなら、何故探すことをしなかった?」
「そっくりそのまま言い返す」
「言い返すだと? はっ、笑わせる。いいか、天つ日。私は沙羅が銀星の血を飲んだときにここにはいなかった。気づかなくて当然だ。それに邪気の件には他にもおかしな点がある。そこまで邪気の力が強かったにもかかわらず、何故銀星も茜も気づかない?」
銀星ははっとしたあと、考え込むように顎を撫でる。
「言われてみれば、そうだな……」
何故今までそのことに気づかなかったのだろうか。
自分は妖怪の気配も感じることができるし、鼻が利くため、それを使って邪気を感じることもできたはずである。それなのに、時子に言われるまで沙羅の体に邪気があることすら気づかなかった。
「天つ日がわざと抑えていたとしか私には思えない。お前、何を企んでいる?」




