第61話 臆測
女性は積もった雪を気にすることなくその場に腰を下ろすと、長くて艶やかな黒髪を肩から払い、さらに足を組む。その状態で桜に向き合うと、ふてぶてしい態度で言い返した。
「伝言をわざわざ銀星にさせて充に再会する機会を作ってやったのだから、感謝はされてもこのようなことを言われる筋合いはない」
つまり、彼女こそが天つ日なのである。
ただし、天つ日も桜と同じように本来は性別がない。人前に姿を現すことがあるため、便宜上女性の容姿をしているが、彼女にとってはあまり意味のないことである。
「お前こそ銀星に伝言させてよかったと思っているくせに。私が聞いたらこうなることを分かって言わなかったであろう。銀星から時子に『沙羅は茜と戦うことになる』と伝言させたというじゃないか。何故時子に言う必要がある? ここに充を巻き込もうとしているんじゃないのか?」
桜は腕組みをし、高いところに腰を下ろしている天つ日を不機嫌そうに見上げた。
それに対し天つ日は、片膝を立てて頬杖をつき、面白そうなものを見るような目で桜を見下ろしている。
「勝手な推測が過ぎるぞ、馬鹿狐。そこまで言うなら、茜と沙羅の件が充と関係するのかどうか自分で調べればいいじゃないか」
天つ日はにやにやと笑いながら言う。銀星はそれを傍で見ていて、ぞくりと背筋に悪寒が走るのを感じた。
彼女の顔立ちは、桜ほどではないにせよ整ってはいる。だが、どちらかというと美しいとかきれいとかそういうものではなく、「神々しい」というような表現が合うような見目をしているのだ。
そのため、薄笑いを浮かべられると「そのようなことも分からないのか」と己の無知を責められた上、酷く見下されたような気分になるのである。
だが、桜はまるで気にならないのか、ふんと鼻を鳴らして言い返した。
「調べているから聞いているんだろう。分かっていることは教えろ」
天つ日は、何が面白いのかくすくすと笑う。
「偉そうに」
「そっちこそ、たかが百年早く生まれたくらいで偉そうにするな」
桜が夏の緑葉色の瞳で、天つ日をじろりと睨めつける。
口元は笑っているが、目が笑っていない。
それに対し天つ日は、やれやれと言わんばかりに首を横に振ると、大きなため息をついた。
「我がそなたが生まれる百年前に生まれたというのは、正確には違うぞ。『代替え』だ。我の魂を入れた前の身が老いたため、体を再生させたからそう感じるだけで、実際には『百年早い』わけではない」
天つ日の存在は、銀星もよく分からない。
銀星にとって天つ日というのは、「鷹山の守り神」という印象が強いが、実際にはそうでもないらしい。
彼が妖犬である母親に、初めて鷹山へ連れてこられた際、最初に挨拶をさせられたのが天つ日だった。子どもであった銀星ですら、相手が妖怪でも人ではないと分かったため、母に「天つ日が何者か」を聞いたことがある。
だが、妖怪の中でも比較的長く生きている銀星の母でさえ、その存在は「よく分からない」と言っていた。
人でも妖怪でもない。
銀星のような半妖でもない存在。
人に「神」と崇められてはいるものの、何かをするわけでもない。
ただし、誰にも敵わぬ力を持ち、何百年かに一度、その身を新たに作り変え、再びこの世に戻るということだけは天つ日と交流を長くしてきた者たちだけは知っている。
長らく生きて来たためか、話をすれば膨大な知識を蓄えており、日々起こっていることを何故か承知しているという不思議な力を持つことは何となく分かるようになる。
だが、問題があると分かっていても、彼女は大抵見て見ぬふりをしてわざわざ介入して解決することはない。
ただただ、この世を見守る。
銀星にとっては、そういう存在だ。
だが、そんな天つ日が珍しく沙羅と茜のことについては度々《たびたび》干渉してきた。
直接的には何もしていないが、銀星の血を沙羅に与えることになったのも、彼女が間に入ったからである。
そのため桜も直感で何かを感じ取っているのだろう。
天つ日が、茜と沙羅を使って何かを企んでいるのではないか、ということを――。
「では、相当昔からの知恵のあるとお見受けする天つ日にお尋ねする。お前、茜と沙羅の争いに、充を巻き込む気ではないだろうな?」
桜はわざと「お見受けする」という部分を強調する。
銀星は二人の会話の様子を眺めながら、このまま話を続けて大丈夫だろうかと一抹の不安に駆られた。
仮に桜と天つ日が喧嘩をして妖術なり天つ日の力なりがぶつかることになったら、鷹山などまるっとなくなってしまうだろう。それほどまでに彼らの力は強い。
「何故そんなことを聞く?」
「充に巻き込まれて欲しくないから言っているのだ」
「馬鹿なことを」
ふっと笑う天つ日に、桜は険しい表情をして「何?」と聞き返した。




