第59話 意外な一面
充が「どうしたんだろう……」と思って、ちらと桜のほうを見ると、こちらもしかめっ面をしている。
「……どうかしたんですか?」
そっと尋ねると、ちょうどその言葉に「充、おかえり。桜ちゃん、充を送ってくれてありがとう」という、こちらに気づいた義母の声が重なる。
桜は「何でもないよ」と充に向けて柔らかな声で言うのだが、義母たちに近づくにつれてだんだんと表情が険しくなり、葵堂の前に付くと「まだいたのか?」と嫌そうな顔をして男に尋ねた。
すると男は、ふんと鼻を鳴らして言い返す。
「その言い草は何だ。充の帰路のお供をしたいと言ったから、仕方なく交換してやったのに」
「仕方なくとは何だ。青二才め。お前だって、天つ日に言われてここに来たんだろうが。私がいなかったら、充は一人で帰らなければならなかったんだぞ。感謝されても文句を言われる義理はない」
「そっくりそのまま言い返してやる。お前は『俺に用事ができた』と言うが、本当は天つ日に、『俺に用事を済ませるように仕向けた』のだろう。そのせいで、俺が充の帰りのお供ができなくなった。そうだろう? どうせ、充に良いところを見せようと思って仕組んだに決まっている」
「何だと? 証拠はあるのか?」
「天つ日に聞いてみればいい話さ」
「お前ごときに聞けるものか」
「そう思っているのは天狐だけだぞ」
二人はお互いの顔を見て、険しい視線を交わす。
一方の充は、二人の会話を右、左と首を動かしながら聞いていた。
どうも自分のことが言い合いの理由になっているようだが、何故この男が帰り道のお供と関係があるのかよく分からず首をひねる。
(銀星が言うなら分かるけど、この人、関係ないよね……?)
理由が分からなかった充は、ちらりと義母のほうを見てみる。もしかすると何か知っているのではないかと思ったのだ。
だが、彼女は「まあ、仲がいいわねぇ」などとのんきなことを言って二人の様子を眺めている。
当然二人はぐるんと首を時子のほうへ向けて、「どうやったらそんなふうに見えるんだ」とか「仲良くない!」などと言い返していた。
(義母さん……。それは火に油を注ぐだけかと……)
義母がこの状態であれば、充が何かを言わない限り二人の言い争いは止まらなそうである。
充は勇気をもって「あ、あのー……」と声をかけた。
すると、すぐさま見知らぬ男のほうが気が付いて、充のほうを見て謝る。
「充、悪かったな。帰りのお供をできなくて。天狐と一緒で嫌だっただろう?」
「……え?」
充は、今しがた初めて会った男に名前を呼ばれ、怪訝な顔をする。
「え、あの……」
充が戸惑っていると、桜が話に割って入った。
「やめろ銀星。充が困っているじゃないか」
桜が言った聞き覚えのある名前に、充は目を丸くする。
(銀星……? この人が?)
しかしどうみても銀星には見えない。
「困っているとは何だ。謝っているだけだぞ」
男は深いため息をついて言い返す。だが充はそれどころではない。
充は驚いた表情のまま尋ねる。
「え、あの……、銀星なの……?」
すると銀星と桜は顔を合わせ、その間に時子が答えた。
「そうよ。桜ちゃんの妖術で人間の姿をしているの」
充は銀星をまじまじと見つめる。
(本当に銀星?)
白銀の髪は黒くなり、犬耳も目尻にあった紅の化粧がない。身長は変わらず充よりも高いが、あのときは間違いなく線の細い少年だった。それがしっかりとした体格の男になっている。瞳も、凛々しさは残っているが薄茶色から黒になっており、顔立ちも青年だ。
(桜の変化のときは顔は変わってないけど……どういうこと……? もしかして、自由に姿形を変えられるってことなのかな。そういえば茜も桜の変化術を使っていたとか言っていたっけ……。あのときは大人の茜が、子どもの姿になっていたけど、面影はあったような……)
その上、充の前とは打って変わって、銀星は桜の前ではよく喋る。
「本当に?」
疑心暗鬼の充に、銀星は「そうだ」と言う。
「今朝も会っただろう。忘れたのか」
そうは言うが、姿も態度も違いすぎている。別人と言っても過言ではない。
「いや、でも、銀星って思えるところがどこにも見当たらなくて……」
充が遠慮がちに本音を言った。
すると時子が「目の吊り上がった感じは、銀ちゃんよね」と口を挟み、すかさず「銀ちゃんと呼ぶなと言っているだろう」と銀星は突っ込んだ。
充はそのやり取りをぽかんと見つめる。
(寡黙な半妖だと思ったけど、意外としゃべるんだ……)
銀星の意外な一面を見て、驚くばかりだ。
「どうした、充?」
口を開けてぼんやりしていたからだろう。
銀星が心配して声をかける。
「あ……ううん、何でもない。それより、銀星はどうしてここにいるの?」
何とか状況を飲み込んだ充は、彼に尋ねた。




