第58話 茜と沙羅のこと
(茜は沙羅のことを天狐に聞いて、そこから面倒をみるようになったと言っていた。そして桜も沙羅のことを知っている。ということは、茜が言っていた「天狐」というのは桜のことだ。もしかして桜なら、茜と沙羅の関係が分かるかも……?)
充は先ほど沙羅と話していたことを思い出す。
彼女が銀星の血を飲んだのは、己の意志だと言っていた。
茜に頼らずとも強くなれるようにと。そして沙羅がそのように思うのは、茜に対して申し訳なさを感じているからとも言っていた。
そのとき充が不思議に思ったのは、二人の関係は鷹山から始まったにもかかわらず、沙羅は茜のことを「優しい赤鬼と人間の子」と言ったことである。
(沙羅は、茜の父親のことを知っている……)
茜の父親は人に優しい赤鬼だったという。それを沙羅が知っている。ここにどんな意味があるのか。
茜が沙羅を構っているのは、「優しい父親の血筋があるから、無理矢理面倒を見ている」とも捉えられそうだが、単純すぎる気もする。
だが、茜の父親が二人の間に関係するとしても情報が足りず、どう繋がっているのかがはっきりしない。
(やっぱりここは桜に二人の関係を聞いたほうがいい気がする。銀星の血が沙羅に馴染んできているらしいからもう少しで僕の役目も終わるだろうけど、沙羅も茜のことを気に掛けているわけだし、このままにしてはおけないよ……)
「あの――」と充が沙羅のことについて聞こうとしたときである。
木々が途切れ寒空が広くなった場所に出たこともあり、桜は「そろそろ麓だな」と言った。
「あ、じゃあ……、ここまでですね」
沙羅のことを聞きたかったが、ここからは人間の土地だ。その昔、鷹山と旭村が線引きをし、お互いの生活に干渉しないことを取り決めた。
(桜がこの先へ行くには、茜が葵堂に来たときのように『変化の術』を使って人に化けないといけないんだろうけど、それってどれくらいの手間がかかるのかな? 大変ならここでお別れ……だよね)
もう少し話を聞きたかったが、無理なら仕方がない。
しかし、がっかりした風にいったからだろうか。桜は「葵堂まで送る」と言ったのである。
「え……、いいんですか……? でも、そのお姿で?」
充は桜を頭のてっぺんから下を見る。
この美しい麗人がそのまま葵堂に行ったとして、仮に旭村から客人が来ていたとしたら大変なことになりはしないか、と充は思ったのである。
すると桜は「いいや」と答えた。
「人の姿になるから少しだけ待っていてくれ」
どんな風に人の姿になるのだろうか。そう思って見ていると、桜は自分の胸に手を当て目を瞑る。
すると下から風が吹きあがって、彼の着物が膨らみ、桜色の髪がふわりと浮き上がった。
何が起こるのだろうと見ていたが、気づいたときには桜色の長髪は短髪の黒髪に代わり、着物も煤竹色の棒縞柄になっていた。そしてその上に、充と同じようなわら蓑を羽織っている。
「すごい……」
ものの一瞬で姿も着物も変わったので驚いていると、桜は目をゆっくりと開けて充のほうをにこにことした笑顔で見た。
「これでよし。では行こうか」
「は……、はい……」
「うん」
桜は先ほど以上に上機嫌になって、一輪の花が咲いたような笑みを向ける。
何でだろうと思う一方で充は、密かに「顔は変わっていないんだなぁ」と思った。変化というから、顔の作りも変わるのかと思ったら違うようである。
しかし、黒髪の短髪も桜によく似合っていた。
先ほどの姿は女性か男性か分からない中世的な麗人であったが、こちらは短髪のためか、それとも色が変わったためか、切れ長の目が強調され、美しさの中に凛々《りり》しさが加わったような感じがする。
(綺麗なひとだなぁ……——って、そうじゃなくて)
充は桜の隣を歩き、暫く彼の見た目について考えていたが、沙羅のことを聞くのだったと思い出し、桜にどう話しかければいいかを再度考え始める。
(何て聞いたらいいんだろう? 「沙羅と茜の関係を知っている」とか?)
しかしそんなことを思っているうちに、いつの間にか葵堂の前まで来てしまっていた。
(家についてしまった。あれ……? 誰かいる)
ちょうど薬屋の入り口の前で、義母の時子と、銀鼠の着物に身を包んだ男が話している姿が目に入った。
旭村で見かけたことがないような人ではあったが、どちらにしろ桜が人の姿に変化していてよかったとほっとしたときである。
その男がこちらに気づき、何故か渋面を浮かべた。




