第57話 真意
「何故、このような話をしてくださったのですか?」
充が鼻を啜りながら桜に尋ねると、彼はふふっと笑った。
「私は友を助けるために各地に赴いていたといったね。そのとき偶然にも旅をしていた修に会ったんだ」
充は驚いて目を丸くする。
「義父さんに? 元気でしたか?」
桜は「元気だったよ」といってうなずく。そして充の頬から手を離すと、綺麗に折りたたまれた白い布を懐から出して渡してくれた。これで涙を拭くといい、ということだろう。
「ありがとう」
お礼をいうと、桜は嬉しそうに笑い再び歩き出した。
「どういたしまして。それで、修と会って少し世間話をしたあと、そわそわしながら私に充のことを聞いてきたんだ。本当は真っ先に聞きたかったんだろうね」
「何でですか……?」
充はおずおずと尋ねる。仕事をちゃんとしているか気になったのだろうかと思っていたが、桜の答えは全く違っていた。
「修は薬を調達する旅をしながら、ずっと充のことを心配していたそうなんだ。『独りで悶々《もんもん》としているんじゃないか』とね。多分修は分かっていたんだ。時子と二人っきりにしたら、充が思い悩むんじゃないかってことをね。彼女、頼りになるけどちょっと変わっているから」
充は借りた布をぎゅっと握り、「それは……そうかもしれません」と小さい声で言った。
時子がいい人であることは、充も分かっている。
ちゃんと毎日充のためのご飯を用意してくれるし、追い出されたりするわけでもなんでもない。充が物をねだることは極めて低いが、欲しい物があってお願いすると必ず買ってもらえる。前の家から比べたら考えられない話である。
養子の自分にさえここまでしてくれるのだ。これ以上幸せなことはない。
だが、その一方で、充は葵堂の家の人々と血が繋がっているわけではないからこそ、不安になるときがあるのだ。
血の繋がっていた家族ですら、充を色んな事情の天秤にかけて売ったのである。その繋がりすらない自分が、「いらない」といわれないようにするためには、ここで必要な存在にならなければならない。そのため、時折無性に己がこの場所で役に立っているかどうかを知りたくなるのだ。
だが、いくら充が勇気を出して時子の心情を尋ねたとしても、彼女は真意の分かる回答をくれない。そのため、ずっと心許なかったのである。
「でも、時子はちゃんと充のことは考えてはいるよ。本当は葵堂に来た当初から、鷹山の話はするつもりでいたんだ。葵堂で生きていくには、絶対に鷹山と関わって生きていかなければならないし、妖老仙鬼が作り出す薬のこともある」
「では、どうして話してくれなかったのでしょうか……?」
「旭村では、『妖怪と距離を置くように』と親から子へ、子から孫へ引き継がれているのを充は知っているね?」
「はい。ここに来たばかりのころ、義父さんと村へ薬を届けに行くとよくその話をされました」
鷹山の麓にある薬屋に養子に来たということで、心配して話してくれたのだろう。それほどまでに、旭村の人たちは親身になって「妖怪に気をつけるんだよ」と話をしてくれたのだった。
「修もそう言っていた。旭村の人たちは親切心で言ってくれているということも分かっていると……」
桜の表情が少しだけ困ったようなものに変わる。
「もしかして、何かあったんですか……?」
深刻なことだろうか。
そう思っていると、彼は小さく肩をすくめた。
「実は類のときにちょっとしたことがあってね」
「義兄さんのとき?」
「うん。修に聞いた話だと、彼が十歳になったころに、時子が鷹山と葵堂との関係を一遍に話してしまったというんだ。そうしたら村のおじさんたちが話す妖怪の話を聞くたびに、類が『妖怪は怖くない』『悪い者じゃない』と言い返すようになったらしくてね。そのせいで類は『変な子』と旭村の人たちに思われてしまったらしい。お陰で一部の子どもたちに距離を取られるようになってしまったし、気味悪がられるようになったと言っていたよ。幸い、修がそれにすぐに気づいて、以来類を旭村のほうには連れていかないようにしていたから、彼の『変な子』という印象はほとんどなくなった。まあ、そういうこともあって、充には話さないようにしておこうということになったんだよ。ただ修に言わせると、時子はたまに充との会話で、人だと思わせながら妖怪のことを話していたこともあったみたいだけど」
「それで義母さんは話したつもりになっていたのか……」
ぽつりと呟く。
これで義母が充に鷹山のことを話していたといっていたのも、何となく分かる。きっと彼女の中で、充に話をしていたことになってしまっていたのだろう。
「だから、もう少し先になってから充には鷹山のことを話すつもりだったんだ。修もそう言っていたし、類もそのことを望んでいた。しかし沙羅のことがあって、そうもいかなくなった。仮にこそこそ時子が鷹山に登って行ったとして、それが充に見つかったら、君はもっと心配することになっただろう」
「……そうですね」
充は確かにそうなるだろうなと思ってうなずいたあと、あることに気づいてはっとする。
「桜も、沙羅のことを知っているんですね?」
すると彼は、どこか寂しそうな笑みを浮かべて「まあね」とだけ答えた。




