第55話 充の質問
「ここで立ち話もなんだから、帰りながら話そう。葵堂に帰ろうとしていたのだろう?」
「そうですが、何故……」
どうして帰ろうとしていたことが分かったのだろうか。
不思議に思っていると、桜はその答えを教えてくれた。
「充の帰り道のお供を、銀星に代わってもらったんだ」
「あ、それで……。銀星が呼んでも来なかったわけですね」
充の帰宅に付き添う役割と桜と代わっていたなら、いくら呼んでも銀星が来ないのも納得できる。
だがそう思いつつも、充は少しだけ不思議に思っていた。
(あれ、でも銀星って耳が良かったはず……。近くにいたなら出てきて事情を話してくれてもよさそうだけど、全く反応がなかったってことは、もしかして近くにいないのかな?)
どこかに出かける用事でもあったのだろうか。それで交代したのだろうかと思っていると、桜が「どうした?」と声をかけて来た。
特に桜に聞くことでもなかったので、充は首を横に振ると「何でもない」といって桃菓糖をそっと袖にしまうと、帰路の一歩を踏み出した。
「足元に気をつけてな」
「はい」
山小屋からすぐの山道は道幅が狭く、急なところが多い。二人で並んで歩けるようになるのは、ちょうど鷹山の中腹辺りに位置する、お天道さまが祀られているという祠の辺りまでこなければならない。
よってその辺りに着くまでは、桜が先導し、その後ろを充がついて行った。
道中は雪が積もっていて道が悪い。それも登ってきたときとはまた雪の状態が変わっている。行きのときはまだ雪が柔らかい状態だが、今は日に当たったことで一旦溶けて、びしゃびしゃに近い状態になっている。そのため下の土のほうまで足が入ると、滑って転びやすいのだ。
しかし、あまり足元ばかりに気を取られていると、それはそれで転びやすくなってしまう。雪道に注意はしつつも、体には力が入りすぎないようにしながら、一歩、また一歩と進んでいく。
そのため、桜との会話は「気を付けて」「ここ危ないからね」という、注意を聞くだけになってしまい、ようやく話をすることができたのは、お天道さまが祀られている祠がある道の傍を通り過ぎたあとだった。
「あの、桜はここに住んでいる妖怪なんですか?」
道の左側を充、右側を桜が歩いていたときのことである。
充が雪道に集中できるように配慮してくれていたのか、桜がほとんど何も話さないので、充から彼に話しかけてみた。銀星と一緒のときは、彼が広い道に出てもずっと先を歩いているので、会話のことを気にしなくてよかったのだが、桜の場合は隣におり、何だか黙っているほうが気まずい感じがしたので声をかけてみたのだった。
すると桜は柔らかな声で「いいや」といってから言葉を続けた。
「住んでいる……とは、違うかな。ただ、拠点というか、帰るべき場所の一つではある。ここに帰って来たのは二か月ぶりくらいだろうか」
「どちらに行っていたんですか?」
興味本位で尋ねてみると、桜は少し困ったような顔を浮かべる。
「調べものをするために、あちこちに出かけていたよ。ここから東のほうへ行ったり、南のほうへ行ったり……。今回ようやく情報が集まって来たんでね。充に会うついでに一度戻ってきたんだよ」
「調べもの?」
「ああ」
桜は短く答えたあと、一度立ち止まり空を見上げる。
どうしたのだろうと思いつつ、充も同じようにして視線を空に向けた。薄い青い色の空には、その色が透けて見えるくらいの雲がゆったりと左から右に流れている。
ちらりと桜の顔を見てみると、夏の緑葉色の瞳に少しだけ苦悩が滲んでいるように見えた。
「私には友人がいた。古くからの馴染みでね。だが、その友人は己の私利私欲のためにしか動かない愚かな人間に囚われてしまった」
「人間に……囚われた……?」
充がそっと聞き返す。
何かどこかで聞いたような話のように思えて、充は注意深く次の言葉を待った。
「もう七年くらい前のことだ。その友人は鬼だったからね、最初は人間の術者……要するに妖怪を対峙するような人たちといったらいいかな。その者たちに殺されたのだと思ったんだ。だが調べてみると、ほんの僅かな希望でしかないんだが、どうやら人間に囚われながらも、まだ生きているかもしれないことが分かったんだ。そのため取り返そうと思ったわけだが、それには問題があってね」
「どういう問題ですか?」
充が尋ねると、桜が困ったように笑う。
「手掛かりが全くないんだ」




