第51話 「邪道」の狙い
「その話をする前に確認したいことがあるわ。沙羅ちゃんに血を分け与えたのは、銀ちゃんでしょう?」
時子にはこの件についてまだ話をしていない。
それにも拘わらず言い当てたので、驚いたのと同時に「さすがだな」と思った。
「そうだ。誤解のないように言っておくと、あれは天つ日がそうしろと言ったんだ。俺はあれに逆らえない」
銀星が自主的にやったことではないので、念のためそうなった理由を言い添える。
天つ日は、得体のしれない存在だ。人でなければ、妖でもない。
人の言う「神」という言葉が一番近いため、そういう存在として認識しているが、本当のところは何者かは不明である。
ただし鷹山に住む者たちは、天つ日以前から鷹山に住み、ここら一帯では一番の力を持つことと、機嫌を損ねると大目玉を食らうことを知っているため、決して怒りを買うようなことをしないよう、命令をされたらどんなことであろうとそれに従うようにしているのだった。
銀星も己の血を沙羅に与えることで、彼女があのように暴れることはある程度予想していた。しかし天つ日に言われたら、どんな事情であろうとも「はい」とうなずくしかないのである。
そのことを察してか、時子は優しくうなずいた。
「大丈夫、それは分かっているわ。でも、どうして血を分け与える必要があったのか、理由は聞いた?」
それに対し、銀星は小さく肩をすくめる。
「まさか。天つ日が言うわけがないから、俺は言われたらその通りに血を差し出しただけだよ」
「お天道さまは、意味のないことはおっしゃらないわ」
時子は「天つ日」のことを、「お天道さま」という。
どちらの呼び方をしてもいいことになっているが、時子は「お天道さま」のほうがしっくりくるのだろう。
「じゃあ、どうして俺に血を差し出せと言ったと思う?」
すると時子は信じられないことを口にした。
「沙羅ちゃんの体に、絳祐さんの血が混じった『墨』が付いているせいよ」
「……どういうことだ?」
銀星が怪訝な表情を浮かべ説明を求めると、時子は静かに続ける。
「さっき、『沙羅ちゃんのお父上は邪道に待たされていた』と言ったでしょう? だから沙羅ちゃんを手放したのが今年になったって。『邪道』は絳祐さんの血を入れた『墨』を作るのに、どうやら七年かかったらしいのよ。どうしてそこまでかかったのかまでは桜ちゃんもまだ調べている途中だといっていたけど、どちらにせよその『墨』はまだ実践的に使われていないようなのね。何故って、人にどう影響を及ぼすか調べようとしたから。その実験体に沙羅ちゃんが選ばれたのよ」
「何故そんなことをする?」
銀星の問いに、時子の表情はより一層神妙になった。
「妖怪の血が含まれた『墨』にはある問題があってね。『墨』が強くなったのはいいけれど、その『墨』を使って『操墨』の術を発動した土地は、邪気によって穢れるようになった。それだけじゃない。術者の体も『操墨』の『墨』の元となった妖の妖気と邪気によって、黒い墨を塗ったかのように肌の色が変色し、蝕まれるようになったの」
「邪気」とは穢れた気のことである。
それが放たれ、大地にばら撒かれれば、植物が育ちにくくなったり、病になりやすかったりする。そしてその「邪気」が強いと、人にも影響してくるのだ。
「妖怪の気は、感情によって正にも負にもなる。人の感情と同じ。喜んだり、悲しんだり……。妖怪の場合はそれが妖気にも影響する。『邪道』に捕まえられ、生かされ続けながら血を流し続けた妖怪の気が、だんだんと負になっていったんでしょうね。そして負になったものは、最終的に邪気となる」
「……」
「『邪道』とはいえ、術師である彼らはある程度『邪気』の耐性はあるわ。でも、それでも体を蝕まれていた」
「だから次の『墨』が安全かを確かめようしたのか」
「ええ。か弱い少女である沙羅ちゃんの体にそれを付けて、状況を確かめようとしていたのよ。このことをいち早く察した桜ちゃんが、沙羅ちゃんが山に捨てられてすぐ、鷹山に連れ帰って茜ちゃんに面倒をみさせていたわけ。最初は何ともなかったみたいなんだけど、二か月前にある変調があった。彼女の肌の一部が黒くなりだしたそうよ。でも、このことを広く知らせるわけにはいかないから、遠回しに銀ちゃんに血を摂取させた。当然、私も茜ちゃんに呼び出されるまでそんな状況になっているなんて知らなかったわ。ただ、桜ちゃんに話を聞いて、どうして沙羅ちゃんがあのような状況になっているのか合点がいったわね」
それに対し銀星は目を丸くし、それから俯いた。
どこまで人間は愚かなのだと、何故力のない少女にここまでのことをさせるのだろうかと腸が煮えくり返るような気持ちになる。
「そうか……だから、俺の血だったんだ……。妖怪の血なら、多少は『邪気』に堪えることができるから……」




