第50話 妙なこと
「それで?」
銀星が続きを促す。
「桜ちゃんが調べた話によれば、『邪道』と接触した沙羅ちゃんのお父上は、彼らから一つの提案を出されたそうよ。『あなたの村に鬼が人の成りをして生活しているので、それを私たちにくれないか』と」
「それを沙羅の父親は承諾したということか。まあ、断らないだろうな」
娘を追い出したいと言い出すような男である。妖に対しても無情であることは、話を聞かなくとも何となく想像がつく。
「そもそも、絳祐さんという『鬼』がいたことすら知らなくて、話をしって知ったのでしょう。さっき銀ちゃんが言ったように、術者ですら見破るのが難しい天狐の変化術を使っていたんですから」
「だが、『邪道』たちに教えてもらったことで、村長は絳祐殿の存在を知った」
「ええ。そして、あの沼の悲劇が生まれてしまった……」
「しかし、娘をそこまで疎んでいるのなら、沼の囮に使えばよかっただろう。何故別の子を用意した?」
沙羅を追い出したいと思っているなら、そうしたほうが手っ取り早い。
銀星はそう思ったが、時子は小さくため息をついた。
「世間体を気にしたせいよ。村人に何の説明もなく、自分の娘を術の掛けられた沼の上に吊るされたら、村長への人としての信頼が揺らいでしまうでしょう?」
沙羅の父親には一度も会ったことはないが、話を聞く限り己の名声だけは保ちつつ、要らないものは切り捨てようとするところに、強かで狡猾な人であるとはっきりと感じた。
「何て酷い親なんだ……」
銀星が呟くと、時子もうなずく。
「沙羅ちゃんに悪いけれど、私もそう思うわ」
「提案を受け入れた沙羅の父親は、そのあとどうしたんだ?」
すると時子は茶の入った湯飲みをじっと見つめた。銀星も同じようにして、自分の目の前にある湯飲みを覗いた。
きれいな緑色をした茶は先ほどまで湯気が出ていたが、すっかり冷え切ってしまっている。
銀星がそれを一気に飲み干し、もう少し早く飲んでおけばよかったと思ったとき、彼女が珍しく暗い声で言った。
「絳祐さんを沼に捉えたあと、村では『鬼によって穢れたから』とかなんとか理由をつけて、毎年『清めの儀式』が執り行われるようになったそうよ。やったのはもちろん『邪道』。でも、彼らに穢れを清める力なんてない。そもそも絳祐さんには穢れなんてなかったから、そんなことをする必要はなかった」
「まあ、そうだろうな」
術にも種類があり、妖を封印したり、滅したりする以外にも、穢れを浄化するという方法もある。だが、それは高度な技術が必要なのか、それとも難しい条件があるのか、「浄化の術」を行うことができる者の話は銀星でも聞いたことがない。
そのため「邪道」が「穢れを清める力なんてない」という時子の言葉には、大いに同意した。
「そして絳祐さんが沼に捉えられてから、七年目の今年。『清めの儀式』の最後の締めくくりとして、村の近くにある山神が住むという祠に、沙羅ちゃんを『清めの乙女』として差し出したみたい。『もう二度と鬼が来ませんように』ってね。でもそれは建て前で、言ってしまえば山に捨てたのよ。これで沙羅ちゃんのお父上の願いが叶い、『邪道』との約束事は終わった」
時子はそう言って話を締めくくったが、銀星には分からないことがあった。
あれほど娘を追い出したいといっていた男である。
さっさと「邪道」に頼んで村の外に追い出してしまえばよかったのだ。
それに、ここまで絳祐と沙羅の繋がりを聞いてきたような感じはするが、繋がっていたのは沙羅ではなく彼女の父親である。
銀星は妙な引っかかりを覚えながら、次のように尋ねた。
「何で七年も待っていたんだ?」
「違うわ。待たされていたのよ」
時子の答えに、銀星は怪訝な顔をして聞き返す。
「待たされていた?」
時子は「そうよ」というと、冷えた茶をくっと飲んだ。
「『邪道』はこの状況をさらに利用しようと考えていたの」
「……?」
小首を傾げる銀星に、時子は突然次のようなことを聞いてきた。




