第49話 沙羅と父親
「しかし、どうして……。いや、そもそも、何故『邪道』が、人間の村に絳祐殿……つまり、『赤鬼』が住んでいることを知っていたんだ? 彼は天狐の変化術を使って人の姿をして生活していたというし、一般人はおろか術師たちにも分からないはずだ」
天狐の変化術は、陰陽師や陰術、陽術の術師たちでさえも見破るのが難しいほど、高度な術である。変化術が解ける寸前の状態を目にしたのであれば分からないでもないが、逆にその状態さえ見られなければ知られることはない。
銀星の疑問に対し、時子はゆっくりと首を横に振った。
「さあ。でも、どこかで『赤鬼が人に化け、人の中で生活している』という情報が漏れたんでしょうね。そして『邪道』は、彼を手に入れる機会を狙っていた。絳祐さんは人間の中で生活していたし、優しい鬼だから、手に入れやすかったんじゃないかしら。それに妖怪の中でも『鬼』の血は強い。だから、目を付けていたのだと思う」
「そうか……。時期を狙っていた、というわけか」
強い妖怪の血を使えば「墨」が強くなるのであれば、「邪道」が絳祐を捕まえたというのは合点がいく。
しかし、そう考えると別の問題が浮上した。
「だが、そうするには村の協力が必要なんじゃないか? 自分の子を勝手に囮に使われたら親は黙っていないだろう?」
沼の上に子どもが吊るされていたというが、普通なら許されることではないだろう。
銀星の疑問に対し、時子は次のように答えた。
「囮じゃないわ。『お仕置き』と称して吊るしていたみたい。盗みを犯したとか言って、濡れ衣でも着せたんでしょう。そして吊るされていた子は、みなしごだと思うわ。それなら、両親の許可を取る必要はないからね。それとね、銀ちゃん。絳祐さんたちが住んでいた村っていうのは、沙羅ちゃんのお父上が村長をされていたところなのよ」
「何……?」
銀星は目を見張る。
だが、それより時子が沙羅の事情まで知っていることに心底驚いていた。どこからそのような情報を仕入れていたのだろうか。
「ちょっと待て、時子。何でそんなことを知っているんだ。俺も知らない情報だぞ」
「桜ちゃんに聞いたのよ」
時子はあっさりと答える。
「桜」とは絳祐を始め、鷹山に住む者たちに変化術を貸している「天狐」の名である。そして今の銀星の姿も、「桜」から借りた変化術によるものだ。
「いつ?」
「さっき。銀ちゃんが来る半時(約一時間)くらい前かしら。あのひと、久しぶりに鷹山に帰ってきたのよ。絳祐さんの件である程度調べがついたって言っていたわ。桜ちゃんにとって絳祐さんは大切な友人だからね」
銀星は驚き、さらに色んなことを言いたい気持ちに駆られたが、時子が今の話に天狐を出してきたのである。要するに天狐が仕入れた話を聞いて欲しいということだろう。
そのため銀星は「天狐は何と言っていた?」と尋ねた。
「『邪道』を村に引き入れたのは、沙羅ちゃんのお父上だったそうよ」
銀星は信じられないといった様子で、きゅっと眉を寄せる。
「何故……?」
「何らかの理由で、村に絳祐さん、つまり『鬼』がいることを知った『邪道』と、娘を追い出したい沙羅ちゃんのお父上が利害関係が一致して、あの計画に至ったみたい」
銀星も、沙羅が鷹山の麓に捨てられていたと聞いてはいたので、家族との間に何かしら問題があったのだろうと想像はしていた。
だが、まさか父親に「追い出したい」と思われていたとは思わず、眉間の皺をさらに深くした。
「娘を追い出したい?」
「ええ」
「理由がよく分からないが……。腹違いの子だったとか?」
父親に嫌われるとすれば、血の問題だろうかと思い銀星はそのように聞いてみる。
だが、時子は首を横に振った。
「いいえ。正妻の子みたいよ」
「それならどうして……」
時子は小さくため息をついてから答える。
「どうしてかしらね。そこは沙羅ちゃんのお父上が考えていることだから、私たちが想像しても分からないところだわ」
「……」
「でも、娘を追い出すために沙羅ちゃんのお父上は、行動した。つまり『邪道』と手を組んだってことね。『邪道』に力を借りたのは、『娘を家から追い出したい』と望んたことを周囲に知られないようにするため。異端の者たちなら、『娘を追い出したい』を言っても何も言われないでしょうから」




