第41話 酒の値段
「そんなことも知らねぇで話をしてたんか!」
父はひとしきり笑うと浮かべた涙を拭き、脇腹を押さえながら説明する。
「『依存』しているからだとよ。家族を養うためには、地主さまの畑をきれぇに整えねぇといけねぇんだ。それには子どもの手も借りなきゃならねえ。今日、ミツはそれをさぼった。怪我をしていようが何していようが、関係ねえ。明日から畑に出す。あんたの説教なんざぁ、糞喰らえだ。それとな、ミツの怪我を治すことがゼンイって言うんなら、薬代を払わなくても構わねぇだろうよ」
すると、彼は妻の肩を指で強く叩いた。
「ほら、おめえもいつまでも頭を下げんな。ミツもさっさと中に入れ。じゃあな」
「失礼ですが――」
修が何かを言おうとする。だが、父はそれを遮った。
「あとな、あんたの話し方、鼻に付くんだよ。俺たちみたいなやつらにテイネイな言葉をしゃべるなんて、馬鹿にされてるようではらわたが煮えくり返りそうだ。——おいミツ、お前もいつまでもそこにいないで、早くこっちに来い」
「あっ……いたっ」
父に無理やり右腕を掴まれ、背中に痛みが走る。しかしそれに気づいた様子もなく、父に家のなかに入れられようとしたところ、修が彼の太い腕を掴んで止めた。
「あんた、まだうちに用があるんか?」
父は振り返ると、凄みのある声で修に言う。しかし彼は全く動じていなかった。
「お言葉ですが、あなた、お酒を飲んでいますね?」
「だから何ね?」
説教されたくない、という様子で言い返す。
「そんなの俺の勝手だろうよ」
「お金がないというのに、何故酒が買えるのです?」
修の指摘に、父はぴくりと眉を動かすと、これでもかと言うほど大声を出して威嚇した。
「うるせえ! 人の楽しみに口出すな!」
しかし修は少しも怯まなかった。
「いいえ。あなたが酒を我慢したならば、あなたの奥さまもお子さんたちももっとまともなものが食べられるのではありませんか? 体は資本。畑仕事を元気に続けるには、きちんとした体を作る必要があります。それには食事が必要です。成長期で栄養が必要な子たちに、きちんとした食事を与えないで働かせるとはどういう了見です?」
修は息を切らさずにさらに言った。
「酒を買うことができるなら、私がこの子にしてあげた治療代を頂戴できるはずです」
「何だと? 酒代で薬が買えるって? 馬鹿言うなよ。薬は酒よりもずっと高い。そんなのは俺でも知ってることだ。あんた、薬屋なのにそんなことも知らないのか?」
ひたすらに馬鹿にしてくる父親に、修はちらと家の中に視線を向けたあと、静かに言い返した。
「あなたが飲んでいるお酒、大徳利に入っているようですね。一升が入っているはず。もし中身がにごり酒なら、一合で五文。つまり一升なら五十文なわけです。私が息子さんに使った薬は傷に効く『紫雲膏』という薬だけ。これは二十文ですから、お酒を飲んでいるあなたからは、十分治療費をいただける金額です。それにもかかわらず、あなたはお子さんのためにお金を出せないと?」
数字のことがよく分からない充でさえ、聞き入ってしまうような滑らかな説明だった。
だが、父には修が言ったことが分かったらしい。怒りで眉尻の辺りの血管が浮き出ていた。
「てめぇ、ふざけんなよ! てめぇが勝手にした行為に、何で金を払わなけりゃならねぇんだ! 俺に『この家のことをもっとまともにしろ』っていう前に、てめぇが金をとるんじゃねぇか! この矛盾、どう始末をつけるつもりだ?」
「先ほども申しましたが、私がミツ君を助けたのは善意ですから、お金をいただく気はありません。しかし、あなたがそのような状態では子どもたちが可哀そうです。何故寺子屋に行かせてあげないのですか。あそこはお金を払わなくても、学問を学ぶことができます。ミツ君が、地主さまの屋敷から家までの距離を言えないのには驚きました。あそこに行っていれば、必ず答えられたことです。あなたは、ご自身のことを『イーソ』だとおっしゃいました。しかし、本当に貧しいものは働くことすらできずに死んでいくのです。あなたの話ぶりを聞いたり、私の話を理解しているところを見ると多少学があるのでは? あなたのご両親は、あなたに多少の学びを与えたのではありませんか?」
静かな闘志が燃えているのかとさえ思うほど、修の言葉には熱く、そして鋭かった。
意味を理解した父はさらに怒りを膨らませ、修に怒鳴り散らした。
「最初から恵まれた生き方をしているお前に言われたかねえ……!」
修の身なりを見て父は言った。
「私の境遇は、今のあなたからみれば恵まれたものであるのは否定しません。ですが、それとこれとは話が別です。私のことが恵まれているとお思いなら、なおさら子どもたちの将来を考えて、勉強をさせるべきです。一日、一刻(二時間)でも勉強する時間を作ってやれたら、それだけでこの子たちが得られる収入は変わる可能性があるのですよ?」
「うるさい! 説教たれめ! 地主さまでもないおめえが、偉そうに言うな!」
修は凛とした声で言い返した。
「そこまでおっしゃるのなら、こちらにも考えがあります」
「あ?」
「あなたがミツル君を明日も働かせるというのであれば、彼が明日以降、成人するまでこの家で働く分のお金を支払いましょう。その代わり、この子を養子にもらいます」




