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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第三章

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第33話 孤独

「さあ、ミツ、来てもらうぞ」


 側役がそう言うと、充は側役に襟首えりくびをつかまれて屋敷の奥に引きずられた。周りには数人の男たちが固めているため、逃げ出したとしても捕まえられておしまいだろう。それならばと、「嫌だ!」と一度だけ叫んだがすぐに口を布でふさがれてしまった。

 口を閉ざされた充が連れていかれた部屋は、地主の屋敷にある奥の部屋である。


 木でできた引き戸を開けると、薄暗く、出入りできるのは一か所だけ。

 唯一あるのは、西側の壁の上の方に空いた、子どもの手のひらほどの小さな通気口だけである。


 目が徐々《じょじょ》に暗さに慣れてくると、部屋に置いておくにはおかしなものばかりがあるのに気付いた。


 まず、地べたがむき出しになっている。地主の屋敷の中で、自分たちが生活している土間と同じようなところがあることに驚いた。


 また、部屋の奥には、数本の太い柱が地面から天井に向かって突き刺さっており、視線を上に向けると、天井にある立派な梁から、長さの違う数本のなわが垂れていた。その縄の先を見てみると、輪になっている。大きさを見る限り、手首を縛るものであると思われた。そして、地面に目を向けると、奥の二本の柱からそれぞれ手前に縄が伸びている。それも先端が輪になっており、こちらは足首を縛るものであると思った。

 充はそれを見た瞬間、血の気が引くのを感じる。


「来い」


 側役は充の手首を掴み、力づくで部屋の中に入れようとする。


「……っ!」


 充は何をされるか悟ったため、止めてもらおうと必死で抵抗する。

 しかし体をねじっても、りを繰り出しても、十歳の少年の力は大人の男たちには敵わない。

 抵抗もむなしく力で抑え込まれると、引き戸を背にして、輪の付いた縄に手首も足首も繋がれてしまった。


「手間をかけさせやがって。暴れた分も罰に上乗せしてやる。——お前たちのうち一人だけ残って、戸の外で見張りをしろ。それ以外は持ち場に戻れ」


 側役の指示によって複数いた男たちは部屋を出ていき、引き戸が閉まり空間を暗闇が支配する。


「さあ、始めようか」


 側役が小さな通気口から入って来る光を頼りに、ろうそくの火をいくつか点けると、奇妙に上擦ったような声でそう言った。そしてその手には、いつの間にかむちが握られている。


(あれは、牛や馬を働かせるために使うものなのにどうして……)


 その瞬間、ひゅんっ、という早い音がけ抜けたかと思うと、充の小さな背にびりびりとした痛みが走った。


「っ!」


 痛い! そう思った瞬間には、次の痛みが背中に走る。


「くっ……! う……」


 充が痛みにえていると、側役はため息をつく。


「お前らなんかなぁ、生きている価値さえない人間なんだよ。それにもかかわらず、地主様の屋敷の桃を盗むなんてな。欲深い奴らだぁ」


 今度は肩のあたりに鞭が当たる。


「いっ!」


「どうだ。少しは反省する気になったかな?」


 笑いを含んだ問いに、充はぎゅっと目をつむった。


(どうして僕が反省しなくちゃいけないんだ……!)


「……っ」


「おい、だんまりかよ。偉い人の質問にはちゃんと答えないと駄目だろう! あ⁉ もっと痛めつけられてぇのか!」


 猿轡さるぐつわをされているので、何も言えなかっただけなのだが、黙っていたのが気にさわったようで、鞭がより高い位置から振り下ろされる。


「……っ!」


 先ほどよりもずっと強い衝撃を背中に感じる。その上、打たれる回数が増えるにつれ当たる場所も重なってくるため、ひりひりとした痛みもするようになってきていた。

 充は歯を食いしばり、振るわれる鞭をただただ肩や背で受け止める。だが、痛みと悔しさと切なさで、いつの間にか涙がぽろぽろとこぼれていた。


「ほら、ちゃんと反省しろ!」


「うっ……!」


「この糞餓鬼くそがきめ!」


「……っ」


 充は猿轡を強く噛みしめながら、側役の罵倒と鞭打ちの痛みに耐える。もう、何度打たれたかもよく分からない。そして意識が朦朧もうろうとしてきたころ、自分の正義感を呪った。


(……こんなひどいことになるなら……、兄の悪さなんて……認めてもらおうと思わなければよかった……)


 そのうちに、充の意識が遠のき、気づいたときにはその部屋には充しかいなかった。


 鞭打ちが止まったのはいつだったかは分からない。


 だが、背中の痛みで気が付いたときには壁の上にある通気口からは、赤い空が見えていた。もう夕暮れになったのだろう。


 手首や足首を繋いでいた縄はかれていたが、もはや充にここから脱出しようという気持ちなど消えていた。考えようとしても痛みに思考がさえぎられてしまい到底できなかったのだ。


 そのうちに、大人に自分の言葉を信じてもらえない悔しさが込み上げてきた。


「う……うっ……!」


 充は堪らなくなってすすり泣いた。鞭打ちのときに散々泣いたので、涙がれたかと思ったが、次から次へと熱いしずくが己のほほを濡らす。


(僕って、いらない存在なんだ……)


 こんなことになっても、両親は畑仕事のことで頭がいっぱいで、一番上の兄と姉は下の子たちを見ていて充のことなど気にしていないだろう。


 もしかするといなくなったことさえ気づいていないかもしれない。いや、気づいても気づかぬふりをしているかもしれない。


 家族が助けてくれなければ、充を味方する人はいない。


 次兄のやってきた悪さや罪を押し付けられてきたせいで、充は両親だけでなく周りの大人から信頼されない人間になっている。嘘をつき、悪さばかりする人間を誰が信じるのだろう。それに被害者は地主様である。充がこのような罰を受けていたって、誰もが「当然のこと」だと思っているに違いない。


「ぐずっ……ずず……」


 悔しかった。辛かった。もう、こんな生活から逃れたかった。


 するとそのとき、部屋の外で大人たちの騒がしい声が聞こえた。また鞭打ちが始まるのかもしれないと思うと恐ろしく、充は体を引きずるようにして部屋の隅に小さくなってうずくまる。


 自分はどうなってしまうのだろうか。

 だが、どうにもできない状況に、考えることを放棄しようとしたときだった。


 戸の外で「誰かが泣いているような声が聞こえたんです」という、男の声が聞こえたのである。

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