第27話 優しい赤鬼と罠
充は言葉の意味が分かった瞬間に衝撃を受け、ごくりと生唾を飲み込む。
――鬼が人間に殺された。
それは想像に難くない話である。
人間にとって妖や鬼は脅威であり、得体の知れないものである。よって村で不可解な事件が起こると「妖怪がやったのだ」と考え、術者を呼んで妖退治を行う。
充は鷹山で慣れてしまって忘れてしまっていたが、妖と人間が対立していることが普通のことなのだ。
「それって、どういうこと……?」
質問する声が震える。
茜は充を一瞥すると、「その前にもう少し父の話をしないとな」と言って静かに父親のことを話し始めた。
「あたしの父はね、人間のことが好きな鬼だった。人のいる村で生活したくて、わざわざ天狐の変化の術を借り、人間の姿で生活していたんだ。物好きだろう?」
茜の問いにどう返事をしたらいいか分からず黙っていたが、彼女は気にせず話を続けた。
「まあ、そのお陰で父は母と結ばれて、あたしがここにいるわけなんだけどさ。父が何故人が好きだったのか……、今となっては分からないけど、村に住む人たちの手助けをしている父は、生き生きとしていたような気がする」
茜は、思い出のなかの父親の姿を懐かしむように語る。きっと人間を好いている父を、彼女も好きだったのだろうなというのが伺えた。
しかし話をしているうちに、茜の表情から感情が消えていく。
彼女は白い息をはき出してから、続きを話しだした。
「だけどある日……、そう、あたしが十歳になったときの話だ。村の一番近くにある山の入り口には小さな沼があってね。その傍にある木の枝に、村の子どもが縄で吊るされていると知らせが回ったんだ」
充はぎゅっと眉を寄せる。
「沼の上に子どもが吊るされている? その子、何か悪いことでもしたのか?」
もっともな指摘だったからだろうか。茜はどこか嘲笑を含んだ笑みを浮かべた。
「なあ、変だろう? 一見お仕置きのようだが、子どもを捕まえて沼の上に吊るすなんて、まるで何かを釣ろうとしているみたいだ。だけど『まずは子どもを助けるのが先だ』と言って、父は助けに行ってしまった」
充は嫌な予感がしながらも、続きを促す。
「それで?」
「見に行った大人の話だが、沼の場所に行くとやはり子どもは縄で縛られ枝の高い位置に吊るされていて、その上、助けを呼べないように猿ぐつわまで噛ませられていたそうだ」
「そんな……何故、そこまで?」
「……あたしの父をおびき出すための罠だったからさ」
「え……?」
充は目を見張った。
「子どもを助けるために、大人一人は木の枝を切り、もう一人は下で腕を伸ばして落ちて来る子どもを受け止める必要があった。父はほっそりとしていたけど、身長があって手足が長かったから、受け止める方を買って出た。仕掛けを作った奴は、こうなることを予想していたんだろうな。父が子どもを受け止めた瞬間、村の人々やあたしと兄——あたしには、三歳年上の兄がいるんだけど、その目の前で沼の水が父を飲み込んだんだ」
「沼が飲み込む?」
意味が分からず、充はぎゅっと眉を寄せる。
「術が掛けられていたんだ。充は知らないか? 人間にとって邪魔な妖怪や鬼は、陽術とか陰術といわれるもので痛めつけたり、封印したり、最悪滅したりするんだよ」
「陽術や陰術っていう言葉は初めて聞いたけど、妖怪と戦う術者がいるのは知っている」
旭村に来てからは妖怪を退治するという術者たちとは疎遠だが、それ以前は、村の地主が彼らを呼んで祈祷やら祓いの儀式などをしていたので、何となくどういう存在かは知っている。
茜は話を続けた。
「今回の場合は妖怪か鬼が、沼に入ったり子どもに触れたらを飲み込むような仕掛けがされていたってことさ」
「何でそんなこと……」
「天狐の術で姿を変えていることが、人間の術者に見破られてしまったせいだろうな」
「だからって……そんなのはあんまりだ……!」
気付くと、充は太ももの横で拳を握りしめていた。
「そうかな?」
一方の茜は力無く笑う。まるで仕方ないと言っているようだ。その様子に充は腹を立てた。
「酷いだろ……! だって、君のお父さんは、その子を助けようと動いただけだろう? 村の人たちとも上手くいっていたんだろう? それなのに沼にそんな仕掛けをするなんて……!」
充の熱の籠った言葉に対し、茜は冷ややかに言った。
「だけど鬼だ。君だって最初は、鷹山へ来ることを渋っていたじゃないか」
「……っ!」
充は痛いところ衝かれたような気分だった。過去の自分を振り返れば、茜の言った通りで妖怪に対しては偏見を持っていたし、近づくべきではない存在だと思っていたのは確かだ。
「それは……っ! 子どものころに散々言い聞かせられていたからで……」
つい言い訳めいたことを口にしてしまう。それと同時にふた月の間に、自分の考えが随分変わったことを自覚した。
(僕は、茜たちに悪い印象を持たれたくないんだ……)
そして「お前にはこの気持ちは分からないだろう」と突き放されたくなかったのである。




