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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第二章

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第23話 雪の日

     *


「はあ……」


 充は、前かがみになっていた姿勢を起こして、息をついた。くもり空の下、白い息がふわっと周りに広がり、しん、とした真っ白な銀世界の中にすぐに消えてしまう。


(今日で、ふた月……)


 鷹山ようざんに初めて登った日は、秋の穏やかだったが、季節は本格的な冬になった。今は雪が降り、足元が悪くなっている。

 雪が降る季節となってからは、さすがに毎日上り下りするのは危険であると判断し、天気が晴れか曇りのときにだけ山小屋へ行くようになっていた。


(二日ぶりだけど、どうなってるかな……)


 充が鷹山に来ていたのは、沙羅の手当てと水薬の処方をするためである。だが、訪ねられない間にも水薬が必要になることは確実なので、念のため一週間分処方はしてある。

 水薬は使い方が少し変わっているため、本来は葵堂の者が水に溶かさねばならない。だが、状況が状況であるし、茜が水薬の使い方を覚えたので、そこは目をつむっている。


「大丈夫か、充?」


 充に声を掛けたのは銀星ぎんせいである。鷹山に雪が積もっても充が登ってくるので、心配して一緒に歩いてくれているのだ。

 少し先を歩いている彼を見上げると、白銀の髪が雪の世界に溶け込んでいる。うさぎの毛のようなふさふさな襟巻えりまき狩衣かりぎぬに似た着物も白っぽいため、目尻の紅花色の印が浮き上がっていて、幻想的な雰囲気があった。


「うん。何とか……」


 充は銀星を見て「きれいだなぁ」とぼんやりと思ったあと、息を整え、かんじきを履いた足を一歩、また一歩と前へ進める。昨日積もった水っぽい雪が、踏み締めるたびにざくっ、ざくっという音を立てていた。


「はぁ……、はぁ……。ふー……、よいしょ」


 銀星からは「無理なときは俺が負ぶってやる」と言われているが、充と同じか、それよりも少し線の細い彼に、薬箱も持っている自分を背負ってもらうのは申し訳ない。そのため、山が雪化粧をしても充は自分の足で目的の場所まで登っていった。


 雪がある分、秋のときより一刻(=約三十分)ほど多くかかりながらも、山小屋に辿たどり着く。


「はぁ……」


「それじゃあ、帰るときにまた来るから」


「うん」


 銀星はそういうと、あっという間に山の中に消えてしまう。

 寒さに強いというのもあるのだろうが、山小屋に近づきたくないのかもしれない。銀星と充が初めて会い、山小屋に連れて行ってもらったときも同じだったからだ。


(やっぱり沙羅がいるから、かな……)


 沙羅に与えた血が誰の者なのか、まだ分かっていない。


 だが、沙羅の体に現れている特徴はどれも、銀星とそっくりなのだ。


 白髪は彼の白銀の髪に似ているし、黒くて鋭い爪はそっくりだ。あとで茜に聞いた話によれば、目尻の紅色の印は化粧ではなく、銀星の肌そのものに浮き出ているものらしい。そう考えると、沙羅のほほに時折浮き出る赤いあざが、彼の目尻のそれと通じるものがありそうだ。


 もちろん、充も鷹山にいる妖怪や半妖たち全員と顔を合わせているわけではないため、見落としている者もいるのかもしれない。だが、今のところここまで特徴が似ているのは銀星だけなのである。


(銀星に聞きたいけど、なんか聞く雰囲気でもないしなぁ……)


 鷹山に登りながら銀星にそれとなく尋ねることもできそうだが、機嫌を損ねられて一緒に登山するのを断られてしまったら、それはそれで困る。


(銀星が一緒に登ってくれなくなったら、誰にお願いするか……。茜は忙しくて無理だろうし、風流に登山をお願いするにしても、彼女じゃ何かあったときに頼りないしなぁ……)


 困ったなと思いながら、山小屋の近くまで来ると、充は妙な光景を目にした。


 それがどういうことなのか、気づくまでにしばし時間がかかった。

 だが、よく見ると小屋の縁側に一人座り、どこかを遠く見つめている白い髪の少女がいる。沙羅だ。

 普段暴れまわっているばかりの彼女としてはあり得ないことである。


(もしかして、血が馴染んだ、のか……?)


 充は信じられないものを見ているような気持ちになりながら、ゆっくりと彼女に近づいた。


「沙羅……?」


 長くて白い髪は相変わらずとしても、穏やかな表情も落ち着いた姿も、これまでの経緯からは考えられない。


 充は疑問形で尋ねながら彼女の傍に立つと、沙羅は顔を上げ、静かな笑みを浮かべると「こんにちは」と言った。一昨日おとといまで大声で怒鳴っていたとは思えないほど、線の細い声である。


「僕が分かるの?」


 すると彼女は静かにうなずいた。しとやかさすら感じる。


「はい、分かります。みつるさんです」


 白い息をはきだし、当たり前の応答をする彼女に、充は胸が締め付けられるような気持ちになった。いくら話をしようとしても攻撃的で、すぐに手を出そうとした彼女とは思えない姿に感極まったのかもしれない。

 充が何も答えられないでいると、沙羅はおもむろに立ち上がり、それまで自分が座っていた辺りを手のひらで示した。

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