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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第二章

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第19話 手当と水瓶

「難しいな」


「そうだね……」


 茜の笑みの中に苦しみがあるのを感じながらも、かけられる言葉が見つからず、充はただうなずくしかなかった。


「さて、やるか」


「うん」


 茜が気持ちを切り替えたように言うので、充もそれにならう。風流たちのことも考えなければならないが、今は沙羅の手当てが大事だ。

 居間に上がると、茜は火の入った囲炉裏の近くに準備していた布団ふとんの上に沙羅をそっと寝かせた。


「落ち着いているみたいけど、鎮静薬はいる?」


「ああ。この赤いあざみたいなものは、血のせいだろうからね」


 充は沙羅の顔をのぞき込む。顔は元の沙羅に戻りつつあるようだが、痣だけはくっきりと肌に出ている。山の中でも見たが、改めて見ると色鮮やかな赤だ。


(もしかして、この赤い痣は、銀星の目尻にあった紅の印と関係があるのかな……)


 そう思いながら充は慣れた様子で、葵堂から背負って来た薬箱の中段から、小鉢こばちと水薬を取り出す。

 水薬の種類はこれまでと同じ、萌黄色もえぎいろ(=黄色味のある緑色)をした、一辺一寸(約三センチ)ほどに切りそろえた正方形のとても薄い和紙のようなものである。

 それを小鉢に入れ、土間に置いてある水瓶みずがめから柄杓ひしゃくで水をすくい、小鉢の中で水薬を溶かした。それが跡形もなく消えたところで、小鉢を茜に渡す。


「はい」


「ありがとう」


 今日の沙羅は水薬を飲む前からぐったりとしていて、小鉢を口元に近づけるとあっという間に薬を飲み干し、そのまま眠ってしまった。


(眠り薬はやっぱりいらなかったな……)


 暴れた後の沙羅は鎮静化はされるものの、戦いの体を休めようとしないので、これまでは薬で眠らせていたのだが、今日はよっぽど走り回ったのか、もしくは体内の血の暴走が激しかったからなのか、薬を使わずとも眠ってしまったようである。


(よし……、傷を洗いますか)


 充は、規則正しい寝息をたてている沙羅を一瞥いちべつしたあと、使った小鉢を清潔な布できれいにき、背負って来た薬箱にしまう。


 次に、別のきれいな布を二枚と直径五寸(=約十五センチ)ほどのおけを取り出すと、それを持って土間に下り、置いてある水瓶みずがめからたっぷりと水を入れた。


 沙羅の体は山を駆け巡った際に木の枝にれたり、地面に転がったりしたのと、茜との格闘のせいで体が擦り傷だらけだ。毎日のことなので、治ってもすぐに傷ができるし、ひどいものは傷の上にさらに傷ができている。


 このまま放っておくと化膿かのうしたり熱が出たりしてしまうため、清潔な布に水を含ませて、拭くようにしながらきれいにしてやらねばならない。


 本来ならば、水瓶から柄杓ひしゃくで水をすくって水をかけてやるなり、湧き水があるところに行って直接傷口にかけてやったほうがいいのだが、眠ってからでないと沙羅が黙って治療を受けてくれないので、仕方なくこの方法を続けている。

 ただ、冬になり水がとても冷たくなっていることから、最近は囲炉裏いろりで湯を並行してかし、水を汲んだ桶にお湯を少し入れて温かくしたもので傷口を優しく拭いていた。


「水を交換してくる」


 桶の水が薄らにごってきたのを見て、一緒に傷口を拭いていた茜が言う。


「ありがとう」


「うん」


 二人は水汲みを交代をし、それぞれ傷口を丁寧に拭きながら、水瓶の置いてある土間と沙羅が眠っている居間を、何度も、何度も、行き来した。

 三人しかいない部屋で、ちゃぱぱ、と水をしぼる音と、囲炉裏にかけてある鉄瓶てつびんから、ふーっと湯気が立つ静かな音だけが響く。


(今日は一段と水を使うな……)


 何度目かも分からない水汲みのために土間に下りると、充は自分の腰のあたりまである大きな水瓶をのぞいて小さくため息をついた。手当てをする前に見たときは、たっぷりと水が張ってあったが、半分近く無くなっている。


 傷口を拭くため、清潔な水で傷を使わなければならないということもあり、沢山の水が必要なのは分かっているが、この水瓶の水は、沙羅のためだけにあるわけではない。山小屋を出入りしているほかの半妖たちの飲み水となっているのだ。


 特に小さな半妖たちが利用しており、彼らは山の中の湧き水を探すのも苦労するため、ここにある水を頼りにしていると、風流から聞いたことがある。そして彼女も鷹山ようざんでは弱い立ち位置にいるので、この水を使っているに違いない。


 彼らにとって生活する上で必要な水。

 それをうとましく思っている者のために使われるのは、気分がいいことではないのだろう。

 そのため風流は、充に「ここの水を使っている者がいる」などと言ったのだ。充が茜や時子に頼まれて沙羅の治療をしていることは知っているものの、懸命にやっているし、茜が率先して沙羅の面倒を見ているため、あえて遠回しに文句を言っていたに違いない。


 しかし、充は風流の気持ちも分からないでもなかった。

 ひと月半ほど鷹山に出入りし、茜と沙羅と接しているうち「どうして茜は、沙羅のためにこんなに頑張れるんだろう?」と思っていたのである。

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