第13話 「風流」という名の半妖
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義母である時子に「沙羅」のことを頼まれてからというもの、充は毎日鷹山へ赴いている。
初めの数日は、午前中の仕事終わりに茜が迎えにきてくれていたこともあって渋々と向かっていた。
しかし二週間もすると、さすがの充も諦めて、午前中の仕事もほどほどに、昼前にはあの黒い山小屋まで着くように仕事を調節するまでになっていた。
山小屋には毎日訪れているが、日々その様相を変える。それは沙羅が暴れているからで、引戸だったり、壁だったり、時には屋根が壊されているのだ。
だが、鷹山に住んでいる半妖たちのなかに、壊れた建物を直す技術を持った者がいるのか、前日に壊された部分は夜に補修作業が行われ、翌日訪れるころには元に戻っている。人の世界ではこれほど上手くはいかないだろう。
そして沙羅が飲んでしまったという半妖の血。
当初、茜が目論んでいた「沙羅が血に慣れる」はどうも簡単にはいかないようで、鎮静薬の水薬が切れるたびに大暴れしている。小屋を破壊したり、木は勿論、小屋の後ろにある竹藪の竹を十本ほど折るのは日常茶飯事だ。
沙羅の意思では力の暴走は止められないため、大抵茜が力尽くで止めたり弱らせたりしたあと、充が用意した鎮静薬と睡眠薬を溶かした水薬を飲ませるようにしている。
血に馴染むのは中々容易ではなさそうだったが、沙羅にも変化はあった。
初めは拒絶していた薬の入った小鉢を、口元まで持っていくと素直に飲むようになったのである。
未だに沙羅が自分の意思で半妖の血を飲んだのかまでは分からないが、これほどの苦しみに苛まれる日々が続くとは思っていなかったのだろう。薬を飲めば落ち着くので、大人しく飲むことにしたのかもしれない。
充としてはどちらでもよいのだが、患者がすんなり薬を飲んでくれるのは、薬屋として無駄な力を使わなくて済むのでいいことだった。沙羅が薬を飲んで眠っている間に、茜と協力して怪我の手当てをするのも随分と慣れたものである。
このような淡々と日々をこなしていく内に、今では沙羅に怪我をさせられた別の半妖の子たちの手当てもするようになっていた。
「痛っ」
「すみません。もうちょっとで終わりますから、あと少しだけ我慢してください」
充は、小屋の暗がりにいた若い半妖の女性の左腕を手当てしていた。彼女は沙羅が暴れたときに自分よりも小さな子を庇い、その拍子に爪で引っかかれてしまったという。
茜に聞いた話によれば、半妖は体が頑丈な妖怪の血を半分引いているので、人間よりも回復が早く、比較的大きな怪我でも放っておいても治るらしい。だがそれは「そういう傾向にある」というだけで、「人間寄りの者もいる」とも言われた。そのため、そのまましておいても治らないことがあるので、充が傷の手当てが必要な者のところへ順に回っている。
(妖怪同士でも守ったり、守られたりするんだな……)
充は消毒を終えた腕に布を当て包帯を巻きながら、そんなことを思った。
村の人たちに教えてもらってきていた妖怪の姿は、とにかく恐ろしくて、近づいてはならないものだった。また以前、茜が「そいつらの多くは、人間の子どもである沙羅を見下しているのさ。誰かよりも優位に立ちたくて沙羅を見下す」と言っていたので、幼い半妖も強い者たちに蔑視されているのかと思っていたが、山小屋に通っているうちに必ずしもそうではないことが分かってきた。
(それとも嫌われているのは沙羅だけなんだろうか。でも沙羅が人間で見下すなら、人間である僕だってその対象になってもおかしくなさそうだけど……)
充はそんなことを考え、背中に悪寒を感じる。嫉妬だとか、優位に立ちたいという理由で痛めつけられたのではたまったものではない。
しかし、今のところ自分に危害が及ぶ様子はないので、充はとりあえず安堵している。
(妖怪や半妖たちの考えていることは、まだ分からないな……)
「終わりました」
充は包帯の端を結んだ。彼女はほっとした表情を浮かべ、鈴のような声で「ありがとう」と礼を言う。
「明日、傷の状態の確認と布や包帯の交換をしますね。それと、お名前を伺ってもいいですか?」
「……ふうりゅうよ。『風』に『流』れるって書く」
「風流さんですね」
みやびやかなこと、という意味のある言葉である。きっと彼女の両親が、素敵な人になるように願いを込めたのだろう。
実際、彫りの深い彼女の顔立ちは、きりりとしていて優美さがある。肩よりも少し長めの髪の色は黒色。瞳もそれと同じである。茜のように変わった髪色や瞳の色をしているわけではないので、充から見たら普通の人間だ。
妖怪っぽくない半妖もいるのだなと思っていると、風流は凛とした声で言った。
「『さん』、なんて付けなくていい。茜のことも『茜』と呼んでいるでしょう? だったら私のことも風流と呼んでくれていいし、敬語もいらない」
真っすぐに言われ、充は一瞬目を見張ったが、すぐに破顔する。相手は半妖ではあるが、手当をした患者に認めてもらえたのが嬉しかった。
「分かった。風流と呼ぶよ」
「うん」




