第10話 葵堂と妖の薬
充は「……なるほど」とうなずく。
(茜の言っていることを整理すると、「半妖の血が融合しようとしているから、人間である沙羅の髪が白髪で、鋭い歯に爪を持ってしまった」ということだろう)
しかし、そうは言っても、人様の血を飲むというのは生半可な覚悟ではできることではなさそうな気がした。充は自分が沙羅のように「強くなりたい」と思っていて、強くなれる薬が目の前にあっても飲めそうにないと思ったからである。
「だけど、沙羅はこうなるって分かっててやったのか?」
「誰かの入れ知恵だろうな。それに沙羅も馬鹿な子じゃないから、飲めば自分の身を蝕むことも分かっていたと思う。それでもあたしに守られたくなかったんだろうな」
「だったら、誰が教えたんだろう……」
茜は寝ている沙羅をちらと見る。
「教えた者は誰かは分からないが、血を分けた者なら何となく分かる。『銀星』だ」
「ぎんせい?」
「銀色の『銀』に、『星』と書いて、銀星。爪を持った犬狼の半妖だ。沙羅の髪は元々黒いし、爪も牙もあんなに強くなかった。それなのに今じゃ髪は白くなって、爪は伸びて黒くて鋭いし、歯は牙になっている。それを見る限り、奴の血を飲んだんだろうと思っている。姿が似ているからね。だけど、もし銀星がやったとしたら、解せないことがある」
充は小首を傾げて「それは何?」と聞いた。茜はちゃぶ台に頬杖をつき、縁側の外を眺めながら言う。
「銀星が、沙羅に与えるとは思えないんだよな……。彼は沙羅とは関わろうとしていなくて、ずっと距離を取っていたんだよ。この子に血を与えたら毒になることも知っていただろうし、こういう面倒なことになることも分かっていたはずなんだ。そう考えると、銀星が血を与えたとは思えなくてね。じゃあ、沙羅が銀星から血を手に入れたのかなとも思うんだけど、それは力の関係上絶対に無理だし……」
「じゃあ……、誰かが手を貸したってことか?」
「まあ、そうだろうね」
茜がそう言って目を細めたとき、山小屋が何故かざわめいた。しかし、辺りを見渡しても充たち以外の姿は見えない。
「な、何?」
充がそのざわめきに驚くと、茜は「小さい妖が隠れているだけだから気にするな。害もない」と言う。
害がないかどうかは怪しいが、彼女が山小屋の奥に強い視線を送ると、そのざわめきが一瞬にして消えた。
それを感じた茜は、深紅の瞳を細め冷ややかな笑みを浮かべる。充はぞくりと背筋が凍るような感覚に陥ったが、彼女の表情からはすぐその笑みは消し話を続けた。
「今のところは、誰に助力してもらったのかどうかまでは分からない。だけど沙羅は、銀星の血を飲んだことで妖気が体と融合し、彼の力を手に入れた。だが、その見返り……なんだろうな。銀星の強い血が沙羅の体で暴れている。半妖の血も人間の子どもには重く、痛みを伴う」
充ははっとし、先ほど義母が言っていた言葉を思い出していた。
——分かった、それなら鎮静薬がいいわね。用意するわ。
「だから義母さんは妖怪の薬とかいう『鎮《《静》》薬』の処方をしたのか……? 妖の血が暴れているのを落ち着かせるために」
茜はうなずく。
「ああ。痛みを抑えても、暴れているものをどうにかしなければ意味がないからな。そして半妖の血が関係しているから、時子は妖怪の薬を使ったというわけ」
「そういうことか……」
「まあ、時子が煎じた薬が効かないってわけでもないんだけど、やっぱり妖の血には妖のものがずっと効く。それに効能が出るのも早いしね」
「理由はよく分かったけど……、葵堂が妖と薬の取引をしていたなんて知らなかった……」
充が小さくため息をつくと、茜は知っていることを教えてくれた。
「葵堂の人間は、鷹山のこともあって昔から妖怪と関りがあるんだ。妖老仙鬼と繋がっているのもそのためさ」
「それ、確かさっき君が言っていた妖の名だよね?」
茜はうなずく。
「妖老仙鬼は妖怪のなかでも変わり者だ。数百年生きているせいか戦いにも興味がなくて、人間風に言うと『隠遁生活』とやらを送っていると聞く。その暇つぶしとして薬作りを熱心にやっているって話だ」
「はあ……」
充は間の抜けた返事をする。
妖怪にも色々いるのがなんとなく分かったが、隠遁生活をする者がいるとは思わなかった。
「だが人間と取引しているのは葵堂だけだろうな」
「どうして?」
「理由は知らないが、修も時子も気に入られているんだろうよ」
茜が冗談めかして言う一方で、充はどんよりとした顔をする。
「そうなんだ……」
「なんだ、嫌そうだな?」
妖怪に好かれている両親というのは、複雑な気持ちだ。これまで家族以外の周囲の大人たちに教えられてきたのは、「妖怪や鬼は危険だから近づかないようにすること」に限る。妖怪たちは人間と違う種族の生き物。そのためお互いが干渉しないように一線を引くことを大切にしてきた。
人間に好かれている者に好かれているであればいいのだが、忌み恐れられている者に好かれているのはさすがに嬉しくはない。しかし、目の前にいる茜も半分鬼なので、はっきり言うのは憚られた。
「いや、別に……」
充は茜から目を逸らし、話題を沙羅に戻した。
「それより、沙羅はその鎮静薬を飲み続ければ、この状態が治るのか?」
このまま沙羅を寝かせていて、その半妖の血の効力は消えるのか、と。それを茜に問うと彼女は大きなため息をついた。
「このままだと銀星の血に負けて死ぬだろう」




