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白い影はだんだんと人の形を明確にしていき、今朝の夢ではさらさらとした背中までの黒い髪の毛をたなびかせ、こちらに振り向いた目は大きくてこぼれ落ちそうなほど見開いている。
そしてその細い首に両手の親指をクロスするように伸ばしていく。
俺は一言。
『…………誕生日、おめでとう』
ゴキィッ。
***
「顔色悪いぞ、樫井。」
ミーティングが終わり昼休みに入った頃、そのままミーティング室で机に両肘をつき額に手をあてていると、先輩に肩を叩かれた。
「体調が悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。」
今朝の夢。『誕生日、おめでとう』からのゴキィッ。……あれは首の骨が折れた音……とか?
え、俺、その人の誕生日になんかするの? 予知夢? え? 犯罪者になるの?
どこがおめでとう?
机に手をついてゆっくりと立ち上がりファイルとタブレットを持つ。
「今夜、受付と飲み会だろ? いいなー、俺も行きたかったよ。」
俺は結局、篠原によって知らないうちに『参加』になっていた。
「来ないんですか?」
「明日、娘の誕生日で動物園に連れていくんだよ。朝早いからさ。それにそれ、合コンだろ? 殺されるわ。」
「それは行かなくて当然ですね。」
「樫井、今彼女いないんだろ? 受付、可愛い子ばっかりだぞ。」
「んー、まあ。異動してきたばかりでまだまだ考えられないですけどね。」
「クールだねえ、もったいない。」
「今は仕事で手一杯ですよ。」
「まあ、プロジェクトが軌道に乗るまではなぁ。で、昼飯どこに行く?」
「近場でいいですよ。」
ミーティング室からデスクに戻り、スマホと財布だけを持ってエレベーターで下に降りた。
*
親睦会という合コンの店には少し遅れて着いた。
イタリアン居酒屋で、内装も小洒落ていて女性が好きそうな店だ。
半個室にはすでに女性たちが座っていた。
「遅くなってすみません。」
「いえいえ、どうぞ。」
最後に入ると、ガタッと誰かが立ち上がる音がした。
一番奥のその人はみんなの視線を浴びて、そしてまたストンと座る。
「ちょっと蓮花、どうしたの?」
「い、いい、いや、なんでもない……。」
あのさらさらと長い髪の毛は……、あのこぼれ落ちそうなほど見開いているあの目は……。
いやでも。夢の中のあの人は西欧人でこの人は日本人。
引き攣った顔でまた一度こちらを見る。なんでそんな顔で見るんだ。俺のこと知っているのか。
そしてわいわいと皆が席につき、メニューを回している間も声をかけようかと思いながら席が遠いので諦める。
いや、初対面だよな?初めて見るよな? ゴキィッじゃ……。
飲み物と料理を選んでいると、彼女はハチノスのなんとかを選び、隣の子から突っ込まれていた。
自己紹介で、彼女が結城蓮花だと知る。どおりで鈴野がちゃっかりと前に座っているわけだ。