52 この気持ち *良平*
結城さんとは小さな相談事のメッセージを受け取り返事をしている。それが思いのほか楽しい。会社では顔を見ても素知らぬふりをするので、だんだんと変な視線を感じたり噂を耳にすることもなくなってきた。
*
そんな中、出勤するとビルの前で秋野さんから声をかけられた。
「お、おはようございます。樫井さん。……少し、いいですか?」
こんな人の多い出勤時にと、少しムッとしてしまったがビルのエントランスホールの端の観葉植物の影になるような場所で話を聞くことにした。
「あの、まだまだお忙しいとは思うんですけど……。」
俯いて次の句が出てこない。
「悪いんだけど、早く出社して仕事の準備をしたいんだ。」
「あ、そうですよね、すみません。これを……。」
差し出されたのは名刺ぐらいのサイズの封筒だった。
「私の……。」
「受け取れない。」
秋野さんははっと顔を上げた。
「俺、他に好きな人がいるから、受け取れない。……じゃあ。」
俺はそう言って踵を返し、エレベーターホールへと向かった。態度を曖昧にするから気を持たせてしまう。『今は無理』だとか『いずれ機会があれば』なんて言葉は好きな人以外に安易に使ってはいけないんだ。
エレベーターの扉が開き人々の混雑が解消された後の空間に、結城さんの姿があった。彼女の周りだけほのかに明るく、くっきりと見えるような気がする。
エレベーターに乗り損ね、ムッと唇を尖らせるようにへの字にした横顔はすごく可愛い。思わず声をかけてしまった。
「おはよう、結城さん。」
慌てたようにキョロキョロしている。もしかしてさっきの場面を見られたかもしれない。
「……おはようございます。」
やっと声が聞けた。
「なんか久しぶりだね、二十五階にいく時もあるけど時間がないし。」
「忙しそうですもんね。」
*
出社すると鈴野が俺の席のパーティションに項垂れるように立っていた。
「どうした?」
「……樫井さん……。」
「暗い。」
鈴野が魂が抜けるようなため息をついた。
「振られました……。」
「……え?」
「あっ、今ちょっと笑いましたよね? 笑ったでしょう?」
「あーもう、うるさい。笑ってない。」
「いいですよ、わかってましたもん。だからいいですよ……。」
鈴野はぶつぶつ言いながら去って行った。




