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「じゃあとりあえず飲み物と……、今日はコースじゃないので、とりあえず一人一つずつ好きな料理を決めようか。その後自己紹介ね。」
遠くで畠中さんの仕切る声が聞こえる。
ピザだバーニャカウダだキッシュだ子羊のグリルだと楽しそうな声も聞こえる。
でも私はそれどころじゃなかった。必死でメニューに目を走らせる。
「結城は?」
ふぇ?
「結城はなにがいい?」
急いでメニューに目を落とし、適当に料理を指差す。
「う、ああ、はいっ。赤っワインと、このハチノスのトマト煮込みで!」
「……ハチノス?」
「はいっ。トリッパ!」
音葉が横で小さく囁く。
「もっと可愛いものから頼みなさいよ。」
え、開いたページの真ん中に載っていたから……可愛い、可愛くないがわからない。
そして自己紹介からの飲み物がやってきてからの乾杯。
目を合わせたくない『ゴキィッ』の名前は樫井良平さん。二十八才で中部支社から三年ぶりに本社に戻ってきたらしい。
目を合わせたくなくても無意識に視線が行く。もしかしてあの夢の人かと思うと恐怖心なのかなんなのかよくわからない感情が起こる。
席が離れていてよかったと心から思った。
「結城さん、話すのは久しぶりですよねえ?」
急に名前を呼ばれてはっと顔を上げた。真ん中に座っている少し顔が濃い男性、声のでかい篠原さん。
「そ、そうでしたか?」
「前の飲み会以来ですよ。二十五階に行っても緊張して話しかけにくくて、いつも畠中さんの方に行っちゃうんですよ。」
「はあ。」
「どーゆー意味だ、篠原。」
「おい、俺は先輩だぞ。でも結城さんがまさかフルボトルをずっと目の前に置いているような人とは思いませんでした。」
「……。」
なにげに失礼な篠原さんは全体を見回して明るい笑顔を振りまく。
「みなさん、さすがに受付の方なのでお綺麗な方ばかりですよね〜。」
「やだー、そんなことないですよぉ。」
……うん、なんかムカつく。私は一人静かに飲んでいるので皆さんで盛り上がってください。
グラスにワインを注いでいると、音葉が可哀想な子を見るような目で見てきた。
料理が運ばれてきて、あちらこちらで楽しそうに会話が始まった。どうやら男性の一番人気は樫井さんらしい。
焦茶色で緩くくせのある髪の毛と優しげな目元。顔が小さくて笑うと目尻が少し下がる。それでいて男らしい整った顔をしている。入ってきた時はすらりと一番背が高かったようにも見えた。これは確かにモテそうだ。