34
「良くん!」
退社すると会社の前の街路樹の脇に珠希が立っていて、あの笑顔で手を振ってくる。
「今日ってノー残業デーでしょ。待ってたの。」
そう言って俺の腕に自分の腕を絡めようとしてくる。咄嗟に身をかわすが、同じ時間に出てきた社員たち何人かに見られた。
「良くん、ご飯食べに行こっ。」
「……静かにしろ。」
俺は珠希を置いてさっさと歩き出すが、珠希は「待ってよ、良くん。」と嬉しそうに声を上げながら後を追ってくる。
周囲からの視線を感じる。
いい加減にしてくれ。俺はお前の相手をしている余裕なんかないんだよ。
駅に行くまでの川沿いに緑地帯があり、遊歩道のようになっている。遊歩道に入ると、珠希はとことことついてきた。
振り向いて珠希に対峙した。
「やぁあっと良くんがこっち向いた。」
側から見たら可愛い笑顔なんだろう。だが俺の目からは底知れぬ恐ろしさしか感じない。
「別れると言ったよね? なぜまだ俺に付きまとう?」
「んんー? 付きまとうって? あたしが別れることに了承してないからよ?」
なにを言っているのと微笑む。
「付き合うのも別れるのもお互いが納得しないとぉ。」
「相手は俺じゃなくてもいいだろ? 俺はもうお前に気持ちはないんだから、新しい相手を……。」
緑地帯の向こうから結城さんと畠中さん、もう一人結城さんと同期の受付の子が歩いてきて、驚いた表情でこちらを見ていた。
珠希は俺の視線の先に気がついて、その三人を見た。
そしてぱあっと笑顔を浮かべて俺の腕に縋り付くように抱きついてきた。
「良くん、お知り合い? 紹介して。」
「や、放せっ、誤解されるようなことはやめてくれ!」
俺が珠希の腕を振り解くと「誤解……?」と俺の顔を見あげてきた。
あの時一瞬見た表情の抜け落ちた顔で。
驚きで固まっている三人をゆっくりと振り返って珠希が呟いた。
「ふうん、どの人に誤解されたらヤバいの?」
ゆっくりと三人を見た後、俺の方を見て笑った。
「あはっ、わかっちゃった。」




