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「あっつーいねぇ!」
お昼休み、ビルから出て少し歩いたところのお蕎麦屋さんに来ている。私の前にはざるそばと炊き込みご飯小、畠中さんの前には天ざるそば、音葉の前にはざるそばと親子丼並。
「いただきまーす。」
音葉が親子丼をふうふうしながら呟いた。
「紗里がさあ。」
紗里は私たちの一つ下で、二十階で音葉と並んで受付をしている。
「樫井さんに告白してばっさり断られて、もうずーっと暗くて勘弁してほしい。」
樫井さんの名前でありえないぐらいどきっとする。
「こんな時期に告白なんてバカだねえ。プロジェクトの準備が詰めに入っててそれどころじゃないでしょ。」
「……紗里って樫井さんのことが好きだったの?」
二人が私に注目する。
「うん、ほら、親睦会の時に正面に座ってて、話が盛り上がってさ。脈あるんじゃないかって。あれから樫井さんがエントランス通るたびに見つめてたのよ。」
「……へえ。」
「で、一緒に食事に行きませんかって何度も誘って何度も断られて。とうとうばっさり。」
マジでか。
私と樫井さんの二人でオショクジ行ったのがバレたら怖いことになりそう。
「そういえば、畠中さんは篠原さんとどうなっているんですか。」
ぶはっ。音葉の突然の方向転換に畠中さんがそば吹いた。
「きったな……。」
音葉がバッグからウエットティッシュを取り出して畠中さんに渡す。
「篠原さんは、なんでこんな忙しい時期に畠中さんを口説いているんですかぁ?」
畠中さんはけほけほ言いながらティッシュでテーブルを拭いた。
「今のプロジェクト、開発調査のチームのサブリーダーは樫井さんなんだけど、異動してきたばかりで初めてだから篠原が補助をしているみたいで余裕あるんでしょ。」
ふうんとそばをすする。
「でもいいですよ……。」
赤い木のスプーンで親子丼をすくいながら音葉がしみじみと言う。
「やっぱり、そうやって愛の言葉を囁いてもらえているから、畠中さんキレイなんですよー。」
今度は私がそばを吹きそうになった。愛の言葉て。いつもの音葉なら出てこない言葉だ。
「音葉……?」
「彼氏となんかあった?」
「なーんもないですよ。なさすぎて枯れてますよ。」
*
エレベーターホールでばったりと紗里に会った。なんか気まずい。
「……蓮花。」
「え、なに?」
「樫井さんとご飯行ったでしょ。見た人がいるの。」
「うーん、まあ。」
「ずるい。」
あー、めんどくさい。ずるいってなによ。
「私が誘っても断られたのに、なんで蓮花とは行くの? やっぱり可愛いって得ね。」
「……。」
「あのさあ紗里、なんか勘違いしてない?」
「ちょ、音葉っ。」
音葉がふんと鼻息荒く捲し立てた。
「紗里は誘って断られたの。蓮花は(たぶん)あっちから誘ってきたの。この違いがわかる? 文句あるんなら樫井さんに言いなさいよ。」
紗里がかっと真っ赤になってエレベーターが着く前にトイレの方へ去っていった。
「あーもうっやだやだ。今から紗里と並んで仕事だよ。」
吐き捨てるように言った音葉を、私と畠中さんは宥めるしかなかった。
「音葉、ありがとうね。」
「別に。ああいうのイライラするの。で、樫井さんとご飯に行ったの?」
「え、うん、まあ。」




