29 こじれる
今日最初の来客を応接室へ通した後、名刺をデータ化しようとしていると。
「うーむ。」
「どうしたの?」
「名刺スキャナーの調子が悪くて。壊れたんですかね。」
一旦電源を切ってケーブルを抜き差しして。
「やっぱりダメですね。予備あったかな。」
かがんでカウンター内の棚を見てみるが、予備はなさそう。総務に電話をすると在庫があるようなので、同じフロアだし取りに行くことにした。
すると、ちょうど鈴野くんがいくつか箱の載った台車を推しながらエントランスに入ってきた。
「鈴野さん、どちらへ?」
「あ、総務のパソコンの入れ替えです。」
「ああ、そうでしたね。総務に連絡しますね。あ、結城も総務に行くのよね?」
「あ、じゃあ一緒に行きましょう。」
一緒に行くと言っても総務は入ってすぐのところにある。
受付横の入り口からカードをかざして中に入るとオープンスペースがあり、コーヒーマシンやウォーターサーバーが置いてあってちょっとした打ち合わせや休憩ができるようになっている。
その向こうのパーティションで囲まれた区域が総務部だ。
「あの、結城さん。」
「はい?」
「えと、メッセージアプリ交換してもらってもいいですか……?」
今言う?
でもなんでそんなにオドオドしているのか。しかし元カレのトラウマにより、あまり個人携帯は教えたくない。
でも樫井さんには番号バレたんだよね。元カレと別れてから三年経つし、スマホは契約し直したしメッセージアプリ以外のSNSは鍵かけた上に休眠状態だし。
「……そうですね。いいですよ。」
「うわ、やった。じゃあ終業後に。」
ものすごくいい笑顔で喜ばれたので少したじろいでしまった。
*
「鈴野くん、えらくゴキゲンだったわね。結城、なんかした?」
「なんかって……メッセージアプリのID交換する約束をしただけですよ。」
「それだよー。てか鈴野くんは仕事中になにをしているんだか。」
畠中さんが大きなため息をついたが、私は鈴野くんが嬉々として繋げて行った名刺スキャナーの動きを確認してほっとしていた。
「でも珍しいね、結城が男性とID交換するなんて。あ、あれか。鈴野くんのことは男として見ていないってことか。」
そう、なのかな? 樫井さんは……教えてくれたから返事をしただけで深い意味はない……よ、ね?




