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暗い森。黒い木々。夢の中だ。いつもの夢の中だとわかる。
私を追いかけてくる黒い影はだんだんと人の形を明確にしていき、その焦茶で柔らかく波打ったくせのある髪の毛と、茶色く光る目が見えた。
そしてまたその手を両手の親指をクロスするように伸ばしてくる。
低い男の声で一言。
『…………誕生日、おめでとう』
ゴキィッ。
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「ちょっとぉ、顔色悪いわよ、蓮花。」
ビルの二階に入っているカフェで、二十階の受付で同期の音葉とランチをしていても食欲がなく、目の前のパスタも減らない。
「大丈夫? 今日は隊長主導の飲み会なんだよ。」
「……毎日悪夢を見るのよ。」
「そりゃ大変。」
音葉はローストチキンのクロワッサンサンドをわしわし食べている。小さくて可愛いのに食べっぷりが気持ちいい。リスみたいだな。
「どんな夢?」
「んー、追いかけられる夢。」
「ふうん。」
なんとなく殺される夢とは言いたくない。
『誕生日、おめでとう』からのゴキィッ。……あれは首の骨が折れた音……とか?
え、私、誕生日に殺されるの? 予知夢? え? まだ二十五なんですけど?
どこがおめでとう?
「まあまあ、飲み会に行ったら気分も晴れるし、飲んだら熟睡して夢も見なくなるわよ。……パスタ食べないの?」
「……音葉、食べる?」
「やたっ。」
音葉はささっと空になったサンドイッチの皿とパスタの皿を入れ替えた。
「今晩飲み会なのに、そんな食べる?」
「大丈夫よ。」
ああ、飲み会で少食なふりをするのですね、理解しました。
「蓮花がいないとがっかりされるから頑張って出なさいよ。」
「そんなわけないよ。音葉もいるし、受付みんなレベル高いし。」
「蓮花はもう、それ嫌味のレベルだからね? まあそういう自分じゃ気づいてないところがいいんだろうけど。いいかげんすみっこの席で手酌で飲み続けるのはやめなさいね。」
「いいじゃん。自分のペースで飲みたいのよ。」
「蓮花は見た目に反して中身がおっさんなのよねえ。もったいない。」
おっさん……。
「蓮花、彼氏いない歴何年?」
「んー、大学卒業と同時に別れたから三年かな。」
「未練あるの?」
「全然。」
色々あったんだよ。その『色々』は思い出したくもないけど。
「じゃあ飲み会がんばろう!」
「音葉こそ、彼氏は大丈夫なの?」
「あはは、いい男いたら乗り換えちゃおうかな。」
「……。」
いつのまにかパスタのお皿も綺麗になっていた。「くふっ」と可愛くゲップしてるけど、そんな小さな体のどこに入っているんだろう。