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適合者 ー Ⅲ


 真っ直ぐに突き立てられた包丁は、私の腹部にしっかりと当てられている。

 しかし、その刃は表面で止まり、肉どころか皮膚を裂いてもいない。


「ど、どうして……っ」


 子どもの手がカタカタと震え出す。

 それもそうだろう。

 思い切り突き刺したはずの場所には、何故か()まらない切先があるだけなのだから。


 わずかに破けた服だけが、この状況の異常さを際立たせている。

 からりと音を立てて、包丁が地面に落とされた。


 青ざめた顔で腰を抜かす子どもにちらりと視線を向けると、再び行く先に向かって足を進める。

 同じような化け物。

 似たような武器。


 父親を殺したのが、私だと思っていたのかもしれない。

 それとも、別に()()()()()構わなかったのか。


 今度は、声ひとつ発する者さえいなかった。




 ★ ★ ★ ☆




「うう……。空いた穴から風が入ってきてすーすーする」


 しょんぼりした顔で歩く永遠の頭を撫でながら、シンはフードで乱れた髪を優しく整えている。


「よしよし、可哀想に。少し戻って、さっきの子どもでも捕まえてこようか? あんなのでも身ぐるみを()がせば、今よりマシになると思うよ」


「その後はどうするの?」


「獣の餌にでもすればいい」


 黙って首を横に振る永遠に、シンは「残念」とだけ口にした。


「あのね、シン。さっき言ってた、心臓がどうとか、首がこうとかの話なんだけど……」


「そうだったね。どうせなら、順を追って話そうか」


 隣を歩くシンの雰囲気が変わったことで、永遠は口を噤んでいる。


 荒廃した場所だ。

 人の気配はなく、瓦礫(がれき)廃墟(はいきょ)ばかりが建ち並んでいる。

 その間を進みながら、永遠はシンの言葉に耳を傾けていた。


「生命について研究している機関があってね。その機関は主に人間の長寿化。言わば、不老についての研究をしていた。結果的に、寿命を二倍ほどに伸ばす手段は見つかったらしいけど、完全に老化を止めることは出来なかったようだね」


 真剣な顔で聞く永遠に、シンの目が少し細められる。


「そんな最中、遺跡でとある扉が見つかった。()()()からは決して開くことができない。けれど、()()()からならば自由に開くことの出来る扉。そして、開いた扉の先から出てきたのは、機関が求めてやまない不老不死の存在だった」


「不老不死……。何というか、神様みたいだね」


「言葉にするなら、それが一番近いのかもね。不老不死の他にも色々な力を持っていたから。けれどその存在は、こちら側に来てから少しずつ力が弱まり始めたんだ。老いこそしないものの、だんだんと衰弱していることに気づいた機関は、その存在を捕獲し研究材料にした」


 不穏な空気を感じ、永遠はごくりと固唾を()んだ。

 研究材料が何を意味するのかは分からないが、少なくとも良くないことだけは理解していた。


「研究の末、機関は完全なる不老と、限りなく不死に近い身体を手に入れるためには、その存在を自らの身体に取り込むことが必要だという結論に達した。そこからはずっと、人体実験の繰り返しってわけだ」


「つまり、さっきの女の子や、飛行機にいたあれは……」


「研究によって作られたものだよ。まあ、無理やり混ぜたせいで、適合するどころか変形しちゃったやつもいたけどね」


 侮蔑(ぶべつ)にも近い表情を浮かべたシンに対し、永遠の表情はどこか浮かないものだ。

 そんな永遠を見て、シンは安心させるように声をかけた。


「心配しなくても、永遠がそうなることはないよ。そもそも僕は、あれと比較できるようなものでもないしね」


「シンはどうして、そんなに私を気にかけてくれるの? それに、飛行機で私にだけシンの姿が見えたのは何でなの?」


「永遠が僕の適合者だったから。そして今は、契約者でもある。たとえ適合できる確率が高かったとしても、ただの人間に僕は視えたりしない。あの時──永遠が僕を視つけた瞬間から、永遠は僕の特別になったんだよ」


 思わぬ言葉に照れ臭さを感じ、永遠の頬が薄く色付いていく。

 永遠にとって、同じ年頃の異性から贈られる真っ直ぐな言葉は、経験にないものだった。


 周りにいた男子といえば、まだまだ思春期まっさかり。

 バレンタインの日にチョコレート争奪戦を起こしたり、口癖がリア充爆発しろだったり。


 とにかく、普段から接する大人の男性といえば、学校の先生くらいのものだったのだ。


「まるで、運命みたいに話すんだね」


「運命でも偶然でも、僕たちは今、一緒にいる。その事実が変わらないのであれば、僕はどちらでも構わないよ。ああでも、永遠は運命の方が魅力を感じるようだから、やっぱり運命ってことにしておこうか」


 真面目な顔でそう話すシンに、永遠は思わず笑い声を上げていた。


「なにそれ。たとえ偶然でも、私が運命の方がいいって言ったら、実は運命でしたってことになるの?」


「そうだよ」


「あはは、変なの」


 永遠が笑顔になったことで、和やかな空気が辺りを包む。

 いつの間にか、瓦礫と廃墟ばかりの地を抜け、森の入口らしき場所に着いていた。


 しかし、普通の森とは異なる点がいくつか。

 真っ直ぐ進んだ先に、巨大な壁が建っていたのだ。


「あの壁の先にあるのが、機関が管理する施設の内の一つだよ」


「すごく大きな壁だね……」


 シンの話通りなら、壁の先にあるのは実験施設だろう。

 何とも言えない気持ちで、永遠は壁の方を見つめていた。

 だから、気づかなかった。


 シンがその時、どんな表情をしていたのかなんて。


 

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