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5/12

適合者 ー Ⅰ


「ねえシン。今どこに向かってるの?」


「そのうち分かるよ」


 飛行機が墜落してから一夜明け、私たちは現在、どこかの地を歩いている。

 ちらほらと人の姿も見え始め、整備された道とその先にある建物の影に、ここが人の住む場所だということは分かっていた。


「それにしても、一晩で森を抜けられてラッキーだったね。けっこう広そうな森だったし、もっとかかると思ってたよ」


「そう? 僕たちなら半日あれば、どんな場所でも抜けられると思うけど」


「え!? それはさすがに無理なんじゃ……」


 いくら身体が軽く感じると言っても、私はただの人間だ。

 おそらく、今回は予想より森が小さかっただけだろう。


「フード、取れかけてるよ。永遠(とわ)の容姿は目立つからね。きちんと被っておいて」


「うん、分かった。ありがとう」


 風で浮かび上がったフードを、シンの手が戻してくれる。

 私からすれば、シンの方がよっぽど目立つ見た目をしているのだが、どうやら普通の人には、シンが望まない限り姿が見えることはないらしい。


 思えば、すれ違う人たちは私の方をチラリと見たあと、そのまま視線を()らしていく。

 こんな美人が隣を歩いていても、誰一人として視線を向けてくる者はいなかった。


「なんか複雑……」


「なにが?」


 思ったことが、口から()れていたようだ。

 不思議そうにこちらを見るシンに、慌てて手を振る。


「えっと、ほら。シンの方が私よりずっと綺麗(きれい)なのに、そんなこと言うからちょっと気になって……」


 恥ずかしさから、だんだんと言葉が尻すぼみになっていく。

 湯気でも出そうな顔で(うつむ)く私を、シンがじっと見ているのが分かった。


 フードがあって良かった。

 ここに来てフードのありがたさを再認識していると、シンが「ふーん」と可笑(おか)しそうに呟くのが聞こえた。


「僕からしたら、永遠の方が綺麗だと思うけど。空みたいに透き通った目も、光を反射する銀の髪も、僕とは正反対のものだから」


「……シンってたまに、詩人みたいなこと言うよね……」


「え、そうかな?」


 きょとんとした顔でこちらを見てくるシンに、そんな意識は全くなかったのだろう。

 また少しずれてきた私のフードに気がつくと、自然な仕草で直してくれる。


 ダボついた服は、明らかにサイズが合っていない。

 とは言え、たまたま見つけた小屋で、何とか着れそうな服が調達できただけでも幸運だったのかもしれない。


 すれ違う人の数が増えてくるにつれて、自然と口数も少なくなっていく。

 左右を建物に挟まれた道を進んでいると、突然シンの足がぴたりと止まった。


 直後、ざわりとした感覚が身体に走る。


 視線を上げると、少女が一人、道を(ふさ)ぐように立っているのが見えた。

 まだ小学生ほどにも見える少女は、やけに落ち着いた様子で(たたず)んでいる。


 道を行き交う人たちが、迷惑そうな顔で少女を避けながら通り過ぎていく中、少女はただじっとこちらを見つめてくるばかりだ。


 いや、正確には──シンの方を。


「あの子……シンのことが見えてるの?」


「同類と言うには不出来だけど、見えてはいるだろうね。こっちから向かう手間も省けたし、処理するなら早い方が良さそうだ」


 (ひど)く冷たい目で少女を見るシンの声は、視線と同じように冷え切っている。


「原因とおぼしき存在を確認しました」


「え……?」


 少女の口から、まるでロボットのように平坦な声が聞こえた。

 それと同時に、少女の近くにいた人の胴体が真っ二つに分かれていく。


 ベシャリという音を立てて、二つになった身体が地面に崩れ落ちるのが見えた。


「シン……」


「大丈夫。永遠には僕がついてるから」


 震える手を、シンの手が包んでくる。

 いつのまにか、少女の両手には小太刀が握られていた。

 被さっていたシンの手が形を失い、シュルシュルと身体の中に入ってくるのが分かる。


 それに合わせるように、少女の視線が私の方へとずらされた。

 身の(たけ)に合わない小太刀(こだち)を両手に持ち、それぞれの手で容易(たやす)く振り回す少女。


 普通なら考えられない状況だが、あんな経験をした後だからだろうか。

 これが現実だということを、私は嫌というほど理解している。


 緊張が走る空気の中、先に口を開いたのは少女の方だった。


「現在より、対象の捕獲へと移ります」


 平坦な声で言葉を発した少女は、その直後、地面を蹴りこちらへ急接近してきた。

 咄嗟(とっさ)に下がった私の足元に、小太刀が深々と突き刺さっていく。


 避けられたのを確認すると、少女はすぐさま小太刀を引き抜き、再び私の方に向かって勢いよく振り上げた。


「ねえシン! 捕獲って聞こえたけど、これはどう考えても殺す気だよね!?」


「まさか。こいつごときが永遠を殺せるわけないよ」


 少女の振りは、当たれば私の体を分断してしまうほどの威力を持っている。

 捕獲じゃなくて、殺害。


 このままでは死んでしまうと声を上げる私に、相手を(あざける)ような様子を見せていたシンは、打って変わって優しい声で(なだ)めてくる。


「出来損ないの攻撃なんかで永遠が傷つくことはないけど、せっかく手に入れた服を無駄にされたら困るからね」


 腕の紋様が(ほど)け、何かを形作っていくのが見えた。

 手にするりと入り込んできたそれは、飛行機で握った時と同じ、刀身の鋭く光る刀だった。


 大きさで言えば、少女の持っている小太刀とそれほど変わりはない。

 けれど、刀の(まと)う雰囲気は、少女のものとは明らかに違う異質さを放っていた。


 少女の攻撃を受け止めいなすと、後退した少女は左右の建物を足蹴に駆け(のぼ)り、上から小太刀を振り下ろしてくる。


 周囲に金属が触れ合うような、甲高(かんだか)い音が鳴り響く。

 あれほど重さがありそうに見えた攻撃を、いとも容易く受け流している現状に、私は驚きの声を()らしていた。


「何とかなってる……」


「当然の結果だね。ほら永遠、次が来るよ」


 シンの声に応えるよう、近づいた気配に合わせて刀を斜めに振るう。


 あまり力を込めたつもりはなかったのだが、少女の持っていた小太刀の一つが手を離れ、そのまま遠くに吹き飛んでいくのが見えた。


 残ったもう片方の小太刀を手に、少女は一度距離を取るように退(しりぞ)いている。

 その背後には、この騒ぎで出てきた住民らしき人たちと、血溜まりに伏した死体の近くで泣く子どもの姿があった。


 もしこのまま戦い続ければ、さらなる被害者が出てもおかしくない状況だ。

 刀を握る手に、じわじわと力が(こも)っていく。


「ねえシン。場所を移せたりしないかな?」


「どうして?」


「どうしてって……。ここは周りに人もいるし、巻き込んだら大変でしょ?」


 不思議そうに聞き返してきたシンは、何が問題なのかと言いたげな様子だ。


 これ以上、巻き込まれて死ぬ人が増えるのは避けたい。

 そんな思いで伝えた言葉だったが、それに対しシンから返ってきたのは思いもよらない答えだった。


「理解できないな。人間が何人死のうが、僕たちにとっては関係のないことだ。あいつらに、永遠が気にするような価値はないよ」


「なに、言って……」


 まるで人間を、人間とさえ思っていないかのような言葉に絶句する。


「私だって人間なんだよ……?」


 少し震えた声が、傷ついた心を表しているようで。

 今抱えているこの感情が悲しみなのか、それとも別の何かなのかは、自分でも判断がつけられなかった。


 けれど、そんな私の気持ちに気づくことはなく、シンはさらなる爆弾を落としてきた。


「永遠はもう、人間ではないよ」


 

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