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ネームド ー Ⅰ


 ティラに案内されながら、施設の中を見て回る。

 立派な施設だ。

 見れば見るほど、深海にこんな場所があったのかと驚かされる。


「ああ、この施設のこと? 海底からゲートを繋いでるの。初めて来たならびっくりするわよね」


「ゲート?」


「異空間を作り出す装置のことよ。あたしたちみたいなのが近づくと、起動する仕組みになってるの。中は別の空間になってるから、人間がどれだけ調べようと見つけることはできないわ」


 どうやら、あの黒い扉はゲートという認識で合っていたらしい。

 しかも、この施設は深海にあるのではなく、ゲートを通った先にある異空間……とやらに作られているようだ。


「永遠はこの場所をどう思う?」


「え? 不思議な感じはするけど、良い場所だなって思うよ」


 唐突な質問に戸惑うも、正直な気持ちを口にした。

 どこか不安そうな様子のティラだったが、私の言葉を聞くなり表情を明るくしている。


「なら良かった。ここから先は居住エリアなんだけど、それぞれ決まった場所があるから教えておくわね」


 会議室から始まり、談話室や訓練場を見てきたが、どこも天井が高く広々とした空間だった。

 居住エリアと呼ばれた場所には大きな扉が建っており、海底で見たゲートとよく似た形をしている。


「手前から奥に向けて、円卓の席順で所有してるの。あたしは南西の位置だから、入ってすぐの所よ」


 ティラが扉に手を当てると、緑色の紋様が走っていく。

 淡く光る紋様は、私が扉に触れた時とは違う模様をしていた。


「ティラは緑なんだね」


「そうよ。色は決まってるけど、形は好きに変えられるの」


 そう話したティラは、手を紋様に変化させると、私に向けて見せてくれる。

 まるで、そこだけが独立した生き物のようだった。


 手を元の形に戻すと、ティラは「ついてきて」と言いながら扉を擦り抜けていく。

 扉なのに開くわけではないんだな……。

 なんて思いながら後を追った。


「わあ……」


 通り抜けた先で目にしたのは、木々が溢れ、植物園を彷彿とさせるほど自然の豊かな空間だった。


 中央には噴水があり、空には無数の綿毛が浮かんでいる。

 たんぽぽのようにふわふわとした綿毛は、明るい日差しを浴びながら自由に漂っているようだ。


 不意に、その内の一つが目の前に落ちてきた。

 思わず手のひらで受け止めるも、わたあめほどのサイズをした綿毛は、手の上で小さく震え出している。


「も、もしかしてこれ……生きてる?」


「この場所の生き物にはどれも意思があるのよ。あたしたちの世界と近い環境にしているから、当然と言えば当然ね」


 誇らしげな顔で語るティラと綿毛を見比べる。

 どうしたらいいか分からず眺めていると、突然綿毛が動きを止め、ぶわりと膨らんだ。


 瞬間、爆発したかのような勢いで綿毛が吹き飛んでいく。

 ふわふわの部分は綺麗になくなり、手の上には茶色くてつるりとした物だけが残っている。


「は……禿げちゃった……」


 呆然と立ち尽くす私を見て、ティラがおかしそうに吹き出す音が聞こえた。


「ちょっと、永遠ってば! はっ、はげたって……あはは!」


 ひとしきり笑ったティラは、私の手に残った禿げを摘むと、何処かへ投げ捨てている。


「心配しなくても、またすぐに生えるわよ」


 笑いが治まらないのか、ティラの口元は緩んだままだ。

 たまにくすくすと声を上げながら近くの扉まで行くと、こっちだと言うように手招いている。


 入口よりも一回り小さい扉には、緑の宝石が埋め込まれていた。

 壁は石造りになっており、円形状に辿っていくと他にも扉が見えてくる。


「円卓の順番なら、こっちはビルさんのになるのかな?」


「そうよ。というか、なんでビルはさん付けなの?」


「目上の人にはさんを付けなさいって、お母さんに言われてて……」


 年上への礼儀は、特に気をつけなければならない。

 母が何度も私に言い聞かせてきたことだ。


 ティラは気さくだし、見た目も私とあまり変わらないからか、自然に話すことができた。

 だがビルは明らかに年上で、大人と同じ外見をしている。


「目上? ならシンの方が立場は上よ。シンのこともさん付けで呼ぶのかしら」


「えっ、いや……そうじゃないけど」


「まあいいわ。他と違う方が、特別って感じがするもの。あたしのことはそのままティラって呼んでね」


 分かったと頷くと、ティラは嬉しそうな表情で手をぱちりと合わせた。


「じゃあ次ね! これはセイの扉で、こっちのはフェル。そしてここがギルの扉よ」


 扉にはそれぞれ違った色の宝石が埋め込まれている。

 ビルが紫、セイは白、フェルが黒で、ギルは黄色だ。

 ティラ曰く、扉は持ち主か契約者しか開くことが出来ないようになっているらしい。


 ティラの案内で一周してみたが、肩をつついてくる蔦や、噴水から飛び出してくる水飛沫など、短い間になかなか濃い体験をした。


 元の場所に戻ってきたことで一息つくも、ふと肝心の扉は案内されていないことに気がついた。

 そういえば、ここが円卓の席順になっているのなら、私が座っていた位置はちょうど入口部分に当たるはずだ。


 しかし、先ほど通ってきた扉以外、これといって目ぼしいものは見当たらない。


「ねえティラ、シンの扉はどこにあるの?」


「ああ、シンのは少し特殊な位置にあるのよ。あたしたちと違って──」


 馴染みのある気配に視線を上げる。

 私の反応を見たティラが、瞬時に口を噤むのが見えた。


「シン! もう用事は終わったの?」


「うん。大した話でもなかったからね」


 入口の扉から現れたシンは、微笑んだまま私の髪に触れてくる。


「濡れてるね。水でもかけられたの?」


 辺りが静寂に包まれた。

 葉音一つしない空間に、ひりひりとした緊張が増していくのを感じる。


「んー、でも楽しかったよ」


「そう」


 にこりと笑いかけると、シンはそれ以上何も言わず、優しく髪をすいてくれた。

 緩んだ空気に安心したのか、近くの綿毛が一斉に落下していく。


 眉間に皺を寄せていたティラが、大きくため息をついた音が聞こえた。


 

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