雪の国の皇女
ヘンリラット大陸には5つの国がある。
「恵みの国」 ビロード王国
「知識の国」 スターチス帝国
「竜の国」 リザード帝国
「雪の国」 ノースポール帝国
「人間の国」 カルミア教国
“恵みの国”は豊穣と光の女神の祝福が。
“知識の国”は知恵の神の祝福が。
“竜の国”は竜神の祝福が。
“雪の国”は氷神の祝福が満ちている。
私はその中でも、“雪の国”ノースポール帝国の第1皇女として生まれた。
ノースポール帝国は国中に雪が積もる寒い地域であり、季節を問わず雪が降る。
これは、氷神・アミエルの祝福の証拠である。アミエルは氷や雪、冬を創りだす女神であり、私たち皇族に強く祝福を与える存在のため、国のあらゆる場所で崇められている。
氷神アミエルの祝福により、ノースポールの皇族にのみ氷魔法を授かることができている。
因みに、一般人は通常、一種の魔法を使用することができ、一般の魔法属性は火、水、雷、土、風の基本五属性である。
また、このヘンリラット大陸にある四ヶ国の王族皇族は、光、闇、古、氷の属性をそれぞれ授かっている。
私も例に漏れず氷魔法を授かっている。
また、皇族として日々勉学や魔法、礼儀作法の習得に勤しんでいた――――
そんな14歳のとある雪が晴れた昼下がり。
私は父・氷帝に呼ばれていた。
玉座までの道のり。貴族らが私をチラチラと見て何か話している。
(ブタどもが…)
思わず心の中でそう呟く。
貴族は本当にくだらないことをする。金儲けや権力闘争、更にはそれらを誇示し、張り合う。皇族の身分でもそう思ってしまう。
そんなことを思っているうちに父上が待つ玉座の扉の前に立っていた。
私は一度ふーと息をつき、侍従に私が到着したことを伝えるよう指示をする。すると侍従は声を張り上げ――――
『第1皇女殿下、セレナ・ラン・ノースポール様がお越しです』
その声とともに扉がギィと音を立てて開く。その部屋の奥に父上が玉座に鎮座していた。
(母上は今日は不在か…)
そう思いながら私はゆっくりと、淑女らしく歩みを進める。私は立ち止まると、頭を下げ、スカートの裾をつまみ五センチほど持ち上げる。
「只今参りました。陛下」
「ああ、よく来た。我が娘、セレナよ」
そう言われ、私は顔を上げる。
「今回呼んだのは他でもない、最近の騒音のことだ」
「近頃騒がれておりますわね」
セレナはわざとらしく口に指を充てて考える仕草をする。
「そうだ。その原因が、突如出没した『雪泣き』のせいだと聞く」
「『雪泣き』…? 滅多に姿を現さない、あの雪泣きですか?」
「ああ、その雪泣きがデガラ山脈に現れたと冒険者たちが騒いでおってな。幾度かハンターを寄越したがその大半が行方不明、または大怪我を負って帰って来るのだ」
氷帝はわざとらしくそのノースポール帝国の皇族特有の真っ白な髪を撫でる。
雪泣きとは、山に住む全高約五メートルの大きめの魔物だ。しかし、雪泣きは怖がりで、人の目につくような行動――身体活動――も、姿も現さない魔物だ。人の目につく行動をしている今の状況はおかしいのだ。雪泣きは、その名の通り、雪が年中降り続けるノースポール帝国をすみかにして暮らし、泣いたときはそれはもう地響きでも起こっているのかと思えるほどひどく大きな泣き声をで泣く大変うるさい魔物である。
「そこでだ。お主に雪泣きの調査又は討伐を命じることにした」
「わたくしが…?」
「お主にとってもこれは“良い機会”だ。危険だが、やる価値はあろう?」
氷帝はニィっとどこか挑戦的な表情を浮かべている。
私は一度考えてみることにした。
(確かに、自分の力を確かめたり、皇女として成果を挙げることにもなる“良い機会”だ。討伐に危険を感じれば、調査という体で一度避難してもいい……。けど……)
「お断りします」
「ほう? 理由を聞いてもいいか?」
「雪泣き討伐のためのハンターは陛下が雇ったと言いましたね?けれど、討伐は成しえなかった。しかし、私が行けば雪泣きは討伐可能だと思われている。何故か」
私はそこで溜息をつく。
「それは恐らく、雪泣きの弱点が私たちの持つ氷魔法と関係があると考えたのではないでしょうか」
氷帝は蒼い目を細め、私を見据える。
「そして、兄上たちを差し置きわたくしに討伐を任せるのは…………畏れ多くも、わたしを皇位継承争いに巻き込もうとしているのではないか、と思った次第でございます」
氷帝は一瞬間を置き、目を閉じると―――
「ハハハッ―――」
「……」
それをきっかけに、氷帝はケラケラ笑い出す。一頻り笑ったであろう氷帝は、先程まで品定めの如く見つめていた瞳が、家族を見つめるいつもの温厚な瞳に戻っていた。私はそこでまた溜息をつく。
「冗談は程々にしてくださいな。私は皇位継承争いには加わらないと、何年も前からずっと申し上げているはずです」
「いやぁ、悪かった セレナ。ついお前を試したくなってな」
「はぁ…また母上に怒られますよ」
「そのときはそのときだ」
ハハハとまた豪快に笑う。
「さて、用がお済みなら私はもう部屋に帰りますわよ」
「待ってくれ」
踵を返したところで引き留められた。
振り返ると、そこには真剣な顔をした父上がいた。
「雪泣き出没は本当だ。しかし、お前の兄たちも公務や学業で忙しいだろう」
ノースポール帝国の現氷帝には子どもはセレナ含め三人いる。
一番上の兄とその二つ下の兄、そして私だ。
一番上の兄上は現在、“恵みの国”ビロード王国に遠征中である。何でも、貿易のことで会議があるのだと言っていた。もう一人の兄上は、留学中とのこと。
「今民衆は泣き声で困っている。だが、討伐にいけるのはセレナしかおらんのだ。私はまだ仕事が残っている。お前の母もな」
父上は困った、というように項垂れる。
(間違ってはないんだろうけど、なあ…)
雪泣きを倒し、貴族から注目を浴びると、皇位継承権争いに参加したと思われかねない。
(…そうだ。この方法なら…!)
「父上。雪泣き討伐、引き受けます」
「おぉ! 引き受けてくれるか!」
蒼い目がキラキラと光って見える。
「ただし、この雪泣き討伐の成果は、連れて行く者の成果としてくださるのでしたら、ね?」
私はにっこり笑う。
父上はくぅ、と顔を歪ませた。
「……………………まあよい。こちらも切羽詰まっておるしな」
私はグッと親指を立てたい気持ちを心の中に留めておいた。
「準備はこちらで手配しよう。何かあればその者に申しつけるように」
父上は私の後ろに立つメイドに目配せする。
「かしこまりました。父上」
「……話は以上だ、下がれ」
私は小さくお辞儀をすると、出口に向かって歩き出す。扉の前に差し掛かったとき「全く…誰に似たんだか」という呟きが聞こえたような気がするが気のせいだろう。そうして、私は部屋に戻る回廊を歩き出した。
部屋に戻ると、さっそく雪泣き討伐のための準備を進める。主に剣や軽装、食料や魔法石など。必要最低限のものしか入れないように用意させた。
魔法石はいわば魔力制御装置のようなものだ。身につけることで、適切な魔力を使って魔法を放つことができる。魔力の多い人や魔法を放つときに魔力を想定以上消費してしまう人がよく使っている。ちなみに私の魔法石は耳につけるものである。数年前に魔法暴走を起こしてからはつけるようにと父上や母上に言われている。
準備をさせている間、私は一緒についてきてもらう人を探す。誰だとしても私はその人を守れる自信はあるが、なるべく強い人のほうがいい。その方が、雪泣きを倒したと信じてくれるだろうから。
そう思い、騎士団の訓練場へと足を向けた。騎士団に着くと、汗の匂いと熱気を感じた。カキン!という剣と剣がぶつかり合う音。筋トレをする騎士見習いたち。騎士それぞれに指示を出している騎士団長。
私は訓練場の端のほうに行き、しばらく訓練を眺めることにした。すると、こちらに気がついた騎士団長が指示をやめ、こちらに向かってくるのが見えた。
「これはこれは。第1皇女殿下ではありませんか。こちらには何用で?」
「ごきげんよう、騎士団長。今日は見学に来たの」
そう言って、にこにこ笑う。
騎士団長は「そうですか。ごゆっくりどうぞ」というと部下のところに戻っていった。ちなみに騎士団長は日焼けした色黒の肌と茶髪茶目を持ったイケオジタイプである。裏では貴族令嬢にモテてるとかないとか。しかしながら、強くたくましい騎士団長は騎士団の仕事で忙しいため、誘うわけにもいかない。副団長は現在一番上の兄上の護衛を任されている。
(騎士団は何かと忙しそうだしな)
このあと皇都の巡回もあるだろうし、と考え騎士団を諦め踵を返したとき、後ろに衝撃が走った。ドサッと音を立て、誰かがぶつかって尻もちをついたようだ。素早く後ろを振り向くと、赤髪金目の少年がやはり尻もちをつき、「イチチ……」と腰を擦っていた。
「大丈夫? けがしてない?」
少年に手を差し伸べる。
「はい……すみません。大丈夫で…えぇ!? 皇女さま!? 申し訳ありません!! 僕の前方不注意で……!」
なかなか愉快な少年だ。私を見て般若でも見たような顔をして。
「そう。それならよかったわ」
そう言って微笑む。
手を取り立ち上がった少年は土埃を払い、私に向きなおる。
「失礼いたしました。皇女殿下」
「いいえ、大丈夫よ」
見たところ私と年が近いように見える。それなのに騎士団の訓練場にいるのは何故だろうか。
セレナはふっと笑うと面白そうだと思わずにはいられなかった―――
目を逸らしているのは先ほどの少年である。
対面で話しているはずなのに目が合わない。皇女に対して失礼ではなかろうか。
ここは騎士団のための食堂である。食堂には、まだ食事をする時間でもないため、人の数がまばらである。ただ、来たときより人が増えているような気はするが。
「そんなに震えなくても…取って食いやしないわよ」
「…………」
私ははぁと溜息をつくと、仕方なく話を進める。
「あなたをここに連れて来たのは提案をしたかったからよ」
「……?」
少年はよくわからないという顔をする。
「あなたはデガラ山脈に生息する雪泣きの存在は知っている?」
質問をするとこくりと頷いてくれる。
話を聞く気はあるようだ。
「私はその雪泣きの討伐をすることになったのよ。でも、私は雪泣きがここまで暴れているのには理由があると思うの」
父から雪泣きの話を聞いて考えていたことだ。
私は話を続ける。
「しかも、雪泣きを倒しちゃうと貴族達に騒がれてしまうっていうのも私は困るのよ」
私はそこで一度深呼吸をする。
「――だから、あなたが雪泣きを討伐したことにしたいのよ」
少年の真っ赤な目が見開かれる。
どうやら先程までの緊張感はどこかへ行ってしまったようだった。
「…………僕が?」
「今私の目の前にはあなたしかいないけど?」
少年は心底安心したという気持ちと困惑しているという気持ちが入り混じった顔をする。
「……僕で…いいの?」
騎士団長の方がいいんじゃないかとでも言いたそうな顔をしている。
「私が巻き込む形になって申し訳ないけど、それでもいいなら、ね?」
私は少年の方をじっと見て言った。
「……わかりました」
そう言うと、イスから立ち上がり、私の目の前にあるテーブルの横に来ると跪いた。
「――よろしくお願い致します! 皇女殿下」
少年はセレナの手の甲にチュッとリップ音をさせる。
セレナはクスリと笑うと、
「よろしく頼むわ」
こうしてセレナはいい駒、もとい、仲間を手に入れたのだった――――。
セレナは少年に一週間後の朝出発できるよう準備しなさいと言うと、少年は「おばちゃ~~~ん! 保存食一年分ちょーだい!!」と機嫌良く行くのでそれを止めたのは言うまでもない。
少年には二週間半で充分だ、一年もかからないと叱るとわかってくれたのか深く頷き、また食堂の従業員、少年の言う、食堂のおばちゃんのところへとまた行ってしまった。
(大丈夫よね…?)
不安に思いつつも自分も出発の準備をしなくてはならないので一度部屋に戻ることにする。
部屋に戻るとベッド脇に置いてある布にくるまれた棒を手にとる。それは私が持ちやすいように設計されたものだった。
(久しぶりだ…これを持つの…)
私は寝る前にそれの手入れをしてベッドに横になったのだった。
一週間後――
セレナは少年と事前に決めていた集合場所に行くと、そこに少年がいた。
少年は私の存在を確認すると言う。
「ちゃんと食料は二週間半分準備したよ! 皇女殿下!」
少年はどこか自慢気だ。
私は荷物を一応確認する。食料、調理器具、回復薬、それに弓と矢など、色々入っていた。
「…弓使いなのね」
「僕に弓を使わせると百発百中なんだよ?」
自慢気な顔に、自慢気な声で少年は言う。
「期待しているわね」
少年の顔がパッと明るくなる。
一通り荷物の確認を終えると、ちょうど馬車を引いてくれる馬を従者が連れてきてくれていた。少年は目を輝かせてその馬を見ていた。
…少年。
「そういえば名乗ってなかったわね。私はこのノースポール帝国の皇女、セレナ・ラン・ノースポールよ。あなたは?」
私がそう言うと、ハッとしたようにこちらを向く。……小型犬のように見えてきた。
「申し遅れました。私はルイク・バトラーと申します。今回の旅路、よろしくお願いします」
少年もとい、ルイクは胸に手を当てお辞儀をする。
(バトラー伯爵家…?)
バトラー家は伯爵の家系で特に武術に秀でていると聞く。その昔、とある交戦が起こったときに貢献して、成り上がった貴族だったはずだ。そこから堅実に位を上げ、代々皇家に仕えてきた忠実な家門だと皇女教育で習った。しかし、今の当主に子供なんていたのだろうか。
「何考えてるの?」
私がうーんと考え込んでいると、ルイクが私の顔を覗き込んできた。
「わっ!?」
私はそれに驚く。淑女としての礼儀を忘れていたようだ。
「こちらこそよろしくね、ルイク。……あと、その砕けた口調、私だけにしておいた方がいいと思うわ。不敬罪で罰せられるかもしれないからね」
そう言うと、ルイクは目をパチパチさせたあと、ニッコリ笑う。
「そっか。ありがと! それじゃあ準備ができたみたいだし…」
「出発しよっか」
そうして、私たちは馬車に乗り込んで出発したのだった。
デガラ山脈には予定通り五日で到着した。
目の前には荘厳な雪山がそびえ立っている。そんな雪山に角でも生やしたかのように鋭い木々には動物たちが上り降りしている。
「ん~~~~、長かったーーーー」
馬車を降りたルイクはググーッと背伸びをする。私もルイクに続いて馬車を降りる。
「それにしても、綺麗だねぇ、ここは」
ルイクはデガラ山脈の雪原景色を見て言った。
「そうだね。このデガラ山脈は雪精が多いから余計そう見えるのかも」
雪精はノースポール帝国を住み処にする精霊であり、女神アミエルの僕である。そのせいか、ノースポール帝国で水または氷の属性魔法を使うと能力がいくらか向上するという。
「雪泣きはどこだろうね?」
ルイクはキョロキョロと辺りを見回している。
「なるべく洞窟の中を探して行こう。あと、雪泣きの泣き声に気をつけて。もう近くにいるはずだから泣いたら最悪、耳が使い物にならなくなるかもしれないからね」
使い物にならなくなる、と聞いてルイクは急いで両耳を手で塞ぐ。
それを見て私ははぁと溜息をつく。
「……一応、保護魔法はかけとくよ」
そう言って、私はルイクに指先を向け、魔法を発動させる。すると、指先からホワホワと光がルイクへ向かい、耳を包むかのような動きを見せたあと、パッと弾けるように光が消えた。
ルイクが不思議そうに耳を撫でている。
「なんにも変わってないような気がする」
「大きい音から耳を守るものだから、小さい音は聞き取れるんだと思う」
…確かに鼓膜が破れるのは嫌だね。
そう思って、自分にも保護魔法をかけておいた。
「これでよし。それじゃあ雪泣きを探そう」
それから一時間くらい、雪泣きのいそうな洞窟を探し回っていた。ここまでの道のりでも、何度か雪泣きが泣いていたのだから必ずいるはずなのだ。
「…ねえ、雪泣きってどんな姿をしているの?」
今聞くか小僧。
姿形を知らないのにどうやって雪泣きを探せようか。
「雪泣きは…そうだね、絵で描いたほうがわかるんだろうけど普通は恵みの国にある“モチ”という食べ物に似ているのよ。見たことある?」
「あるよ! こう、食むとみよーんって伸びるやつでしょ! 父様がお土産だってもらったもん!」
ルイクはキラキラと目を輝かせてそのときあったことを話す。
「その“モチ”の中でも“キリモチ”っていうのがあってそれを焼くと頭が膨らむの。その形が雪泣きの殻よ。普通は殻に泣き声が籠もるから人里まで聞こえることがないんだけど…………」
私は言葉を詰まらせる。
人里にまで騒音の被害が出ているのなら、もう麓までは来ているのではないだろうか?
「ルイク、麓まで降りるよ」
「え、今!? なんで――――」
んぎゃあああぁぁぁぁあ!
ルイクの言葉を遮るように山の下、麓の方から泣き声が突如聞こえてきた。とっさに耳を塞ぐが頭にキィンと雪泣きの声が響く。雪泣きの声がようやくおさまり耳から手を離す。
「さっきの声って……!」
「雪泣きだね。急ごう」
静かになったあと、第一声を上げたのはルイクだった。
セレナは雪泣きを止めるために山を急いで下っていく。
「う、うん!」
ルイクもセレナのあとに続く。
山の麓まで行くのに二回ほど、雪泣きの泣き声が聞こえた。恐らく、先ほどまで雪泣きの泣き声が聞こえなかったのは雪泣きの睡眠時間だったのかもしれない。
「雪泣きはどこだ…!?」
ルイクはここに来たときのようにキョロキョロと辺りを見回す。そんなことをしていると、グラグラと地面が揺れ始める。いや、地面が、というより足場なのかもしれない。それらの揺れが収まると今度は盛り上がってくる。
ぇえええぇぇぇぇん
うえぇぇぇ~~~~~~
今度は耳を塞がず先ほどいたところから距離をとる。道中、防音魔法をかけておいたのだ。ルイクも同じく距離をとっていた。
下から這い上がってきた雪泣きは体長五メートルは優に超えていた。木だと思っていたものは角で、全身雪に覆われた怪物だった。
迫力に驚いていると、雪泣きが腕を投げるようブゥンと音を出して回す。私達はそれを必死の避ける。するとその腕はそこら辺に生えきっている木にぶつかるとその木を遥か彼方に飛んでいくではないか。私はそれに呆気にとられる。
(あんな力、雪泣きに出せっこないのに…どうして……!?)
雪泣きは気弱で元々草食というのもあり、力は木の皮を剥ぐ程度の力しかないはずだ。
ものすごい風圧が襲ってきたことにより、ルイクとともに吹き飛ばされた私は鎖状になっているイヤリングの先についている十字の飾りをもぎ取る。
もぎ取った瞬間、飾りは槍へと変化し武器となった。ルイクは吹き飛ばされたあと、飛び起きて弓で雪泣きの気をひいてくれているようだった。
私はそれを見届けると魔力を槍先に集める。
(雪泣きに何があったのかわからないけど、ここまでの個体は殺すしか…………)
そう考えていると、ふと視界の端に何かが見えた。
(あれは…? そういうことか!)
槍先に集めた魔力は既に魔法に変換されていたが、それらを別の魔法に構築する。
「何してんだ!」
弓で雪泣きと攻防を重ねているルイクはその気配を察したのか、防音魔法をすり抜けた声を荒げているのが聞こえる。
そんな声に反応するかのようにルイクに一瞥くれると、構築が終わった魔法を一気に放つ。
放たれた魔法は見事雪泣きに直撃し、セレナの思惑通り雪泣きは帰っていった。
先ほど放った魔法は帰巣魔法と引き剥がしの魔法であった。
「いきなり引き剥がしの魔法を掛け合わせているから何だと思ったら、そういうことか」
驚くのも無理はない。引き剥がしの魔法は本来、油汚れやカビの除去の使用される、一般生活魔法なのだから。それを雪泣きに対して使おうとしたのだからおかしいと思うだろう。
私もおかしいと思う。
ルイクは無事に雪泣きから引き剥がされた“星獣”をじっと見ている。
このヘンリラット大陸のカルミア教を除いた四カ国の国の長…私のような皇族やビロード王国の王族達は総じて神族、神の一族だと言われている。遥か昔の建国物語に関係があるのだと教わった。私の体に魔力が溢れているのもそれが理由なんだとか。そんな建国物語に出てくる者の中に星獣がいる。星獣は神が神族のために寄越した獣で、運命の糸で結ばれているとも言われる。王の素質がある者の前に現れるというが……。
(やらかした…)
セレナが星獣に出会った。ということは、王の素質があるということだ。つまり…………
(皇位なんて、ほんとにいらないのに)
セレナの皇位継承権が第一位に上り詰めた瞬間であった。
星獣をここに捨て置こうかとも思ったが、こうして存在が確認された以上、私の手元へくるのは確実であった。星獣は自分の主が誰かわかるのだという。しかも、ここに目撃者もいるわけで…………。
「すごい! ほんとに星獣だ! ほら、セレナも見て! この肉球、星の刻印が彫ってあるよ!」
星獣をなんとか馬車に乗せ、帰路についた私とルイクはガタガタと揺れる馬車の中にいた。横たわっている星獣の大きさはだいたい一メートルくらいで、馬車のイスにちょうど乗るくらいであった。それを、ルイクはしゃがんで観察しているのだ。
「真っ白だね~。目の色ってどうなってるんだろ? セレナわかる?」
目をキラキラと輝かせてこちらを振り返ったルイクはそれはそれは天使のような満面の笑みである。しかし、私との温度差がえげつない。
「うーん。わかんないなぁ」
ニッコリ、というよりニッゴリっと笑った私を見ても、それを気にする様子もなく、星獣の観察を続けている。
私は馬を引きながら、城へ帰った後の言い訳・後処理うんぬんを考えていた。
(あと二日……)
帰路についてからもう五日が経過してもなお、興奮冷めやらぬ様子であるため、溜息を我慢している。また、あと二日ほどで城に帰るまでに良き言い訳が思いつくだろうか。そんな店でも、溜息を吐きたくなる。
そんなこんなで到着してしまったノースポール帝国の皇城。足取りは重いが報告はしなければならない。まだ目が覚めていない星獣はとりあえず馬小屋の枯草の上でぐっすり眠っているはずだ。
「えっと……セレナ。今から行くところって…」
「もちろん、私の父上、現氷帝のところよ」
ルイクは先ほどから何故か動揺している。今から行くところを伝えると、それが大きくなったように思える。
「……セレナだけで行くのはダメなの?」
「始めに話したでしょ。功績をあなたに与えるって。そのためには依頼主である陛下に謁見しなくちゃ」
ルイクが明らかに氷帝に会うことにおびえている。父上と前に何かあったのだろうか。ルイクはしばらく考え込むように顎に手を当て始めた。
セレナは頭を抱えたくなったがもう遅い。事は終わってしまったのだから。
「――――セレナ、あのさ」
「着いたわよ」
ルイクが何かを言いかけたところに私の声が重なる。後で事情を聞くとしよう。でないと父上を待たせてしまう。待たせてしまったらグチグチとどれだけ待っていたのかを語られてしまう。扉を開けてもらえるように扉の前にいる騎士に目配せすると、声高らかに入場を伝える。
「セレナ・ラン・ノースポール皇女殿下のおなりです!」
ギィと音を立てて扉が開く。玉座までシワなくまっすぐと敷かれた真っ赤な絨毯、玉座には父が足を組んで座っている。私はまっすぐ氷帝のところに進むと、段差から二メートルほど離れたところで止まり、片膝をつく。ルイクも私に着いてきて、それを真似する。
「ほう、協力者というのはルイクだったのか」
どうやら父上はルイクのことを知っているようだった。
「陛下、今回の依頼についての報告をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「その前に……ルイクよ。何故髪と瞳が赤いのだ。ここには私らしかおらぬ。元に戻しなさい」
ルイクは苦虫をかみつぶしたような顔をして返事をする。
「…………はい、かしこまりました」
はて? 戻すとはどういうことだろうか。
ルイクは立ち上がり、言葉を発した。
「魔法解除」
唱えると、すっとルイクの髪と瞳の色から赤色が消え、代わりに髪は銀色に、目は青に代わっていく。私はその瞬間を、呆然と変わっていくルイクを見ていると冷や汗が溢れ出してきた。
――銀髪に高貴なる蒼の瞳を持つ者はこの世界を創造したとされる十の神の頂点、創造神エレメンティアの神色、つまりそれを持つルイクは
「――――この国の伴侶…」
「…ごめん、騙してたみたいになって」
ルイクはセレナのほうに向き直ると頭を下げた。
セレナは怒りと恥ずかしさで顔が赤くなる。
キッと父親のほうに視線を向けるとサプライズが成功したというような目をしていた。
「……父上! なぜ神子がいるというのに発表も何もないのです!」
ここには父上とルイクと私しかいないが、一応、このように謁見していることは周知されている。ルイクもいるというのに淑女の気品も忘れ、声を荒げてしまった。
父上は臆することなく答える。
「ビロード王国で数年前に起こった事件を覚えておるか?」
「! それは……」
ビロード王国の悲劇。詳しくはわからないが、ビロードの神子が狙われていたらしい。犯人は直接処刑されたようだが、どうも一人ではないらしく、もしかしたらルイクが殺されていたかもしれない。神子がいないと国が衰退する。それはこのヘンリラット大陸の四カ国の弱点であった。
結局、神獣は保護されることになり、ルイクも私も平和な生活が戻ってきた。変わったことは大きく二つ。一つ目は最近ドタバタと城が騒がしい。私も15歳。学園に通う年齢だ。みなその準備で忙しいのだ。そして!二つ目は――
「セレナ~! 一緒に神獣様見にいこーよ!!」
ルイクがよく絡んでくるようになった。あの日、あのとき城を出る以前と違って周りが騒がしくなった。しかし、悪くないと思うのはやはり運命の相手と過ごしているからだろうか。私は今日もルイクに振り回されている。