99 爆破未遂の黒幕
登城まで時間があるので、午前中一杯は思う存分パルの相手をした。と言うより、パルに相手してもらったと言うべきか。
俺の部屋に来たパルは本棚から本を取り出して読み始めた。二年前に比べてずっと難しい本だ。俺のベッドに腰掛けて無言で本を読むパルの姿を見ていると、じゃれついてくれない事が寂しくなって、俺の方から突撃してしまった。
「こんにゃろ~!」
「きゃあー!」
脇をくすぐり、足の裏をくすぐり、暴れるパルを撫でまくる。きゃあきゃあ言っていると、ミエラとヤミちゃん、ディーネとシル、グノエラが集まってきて皆できゃあきゃあ言い始めた。俺のベッドの上に何人居るか分からない。ふと気が付くと、サリウスとコリンまで混じっていた。
「ふぅー。パル成分を補給できた」
「なにそれー」
等と言いながらもパルの耳と耳の間を撫でる。耳がピコピコ、尻尾もブンブン揺れるのが癒される。パルと戯れるの大事。
「アロ様、城からお迎えがいらっしゃいました」
「あ、はい」
侍女のマリーさんから声を掛けられた。既に着替えていたのだが、鏡を見ながら身なりを整える。
「じゃ、ちょっとお城行ってくる」
「「「「「「「「いってらっしゃーい」」」」」」」」
迎えの馬車に乗って城へ。義父様は先に登城している。今日の会談は、リューエル王国側がおじい様とニコラスさん、義父様と俺。ホッジス王国側はエミリア第三王女とメアリさんだ。本来なら王国西方を守る第三騎士団や情報部門である第五騎士団から人が来ても良い筈だが、あくまで非公式という事でこの布陣になった。義父様は他の騎士団に情報を伝達する役目である。
今日はニコラスさんではなく、近衛騎士の方がいつもの部屋まで案内してくれた。何回か来ているが、まだ一人でこの部屋まで辿り着く自信はない。
「アロ、来たね」
「アロ殿。昨日はご苦労様でした」
「義父様、ニコラスさん。お待たせしました」
「まだ時間前だから全然大丈夫ですよ」
部屋に入ると義父様とニコラスさんが先に居て打ち合わせを行っていた。ここはおじい様が私的な客をもてなす場所なので、後で別の部屋に移動するらしい。少し待つと別の近衛騎士が呼びに来たので目的の部屋へ移動する。
そこは大きなソファがロの字状に四つ置かれ、真ん中にテーブルが置かれた部屋だった。調度品は最低限で、応接室と言うより内輪の会議室といった感じだ。直ぐにエミリア王女とメアリさんが入って来てお互い目礼した。少し経ってからおじい様と文官が二人入って来たので立ち上がる。
「座ったままで良い」
そう言われるが、全員おじい様が座ってからソファに腰を下ろした。突然エミリア王女が立ち上がり、おじい様に挨拶を始める。
「お初にお目にかかります、ホッジス王国第三王女、エミリア・フォン・ホッジスと申しますわ。此度は国外脱出にお力添え頂いた上、手厚く保護して頂き感謝申し上げます」
「カルダイン・ダリアート・リューエルである。今日は非公式であるから、そう肩肘張らんでも良かろう」
孫を見るような優しい顔で答えるおじい様だが、腹の中では何を考えているか、俺でも分からない。
「さて、それではメアリ・キャンター殿から話を聞かせて頂きましょうか」
この場はニコラスさんが仕切るようだ。
「メアリ・キャンターだ。あたしは平民だから口が悪いのは許しておくれ」
「構わん」
「まず、あんた方が一番気になってる事から。王城爆破を指示したのは、ホッジス王国現国王のコーネリウス・フォン・ホッジス、それに王太子のカナン・フォン・ホッジスの二人だよ」
いきなりの爆弾発言に部屋の中が静まり返る。
「ただし、この二人は傀儡だ。本当の黒幕は『アドラ』と名乗る魔法使いだと思ってる」
それからメアリさんは淡々と状況を説明してくれた。
三年と少し前、ホッジス王国にふらりと現れた「アドラ」という魔法使い。見た目の年齢は十四~十五歳、艶やかな黒髪と細い目が特徴。
「あたしは色んな魔法使いを見てきた。そこのアロも規格外だと思うが、あのアドラってのは正真正銘の化け物だよ」
アドラの出現直後、王都ギデウスが強力な人型魔獣に襲われた。それまで見た事もない真っ黒な魔獣で、顔の前面は丸い球状、目や鼻は認められず、大きく裂けた口に鋭い牙が並んでいた。鋼鉄以上に硬い皮膚を持つ上、障壁まで使って物理・魔法が殆ど効かない。
「そんな奴が、何の前触れもなく百体近く現れたのさ。王都は四分の一が瓦礫の山になり、大勢が死んだ」
その人型魔獣をたった一人で倒したのが、そのアドラだった。
「あたしは直接見た訳じゃない。人から聞いた話だ。何やら黒い球体が無数に現れてその魔獣どもに穴を開けていったらしい」
王都を救った英雄として、アドラは王城に迎えられ瞬く間に筆頭宮廷魔導士になった。それから徐々に国がおかしくなったと言う。エミリア王女が補足する。
「父と兄は、特にアドラを気に入っていましたわ。いえ、彼に傾倒していったと言った方が正しいでしょう」
南北に三つ並ぶ小国の真ん中であるホッジス王国は、それまで絶妙なバランスで南北の国と付き合っていた。多少の小競り合いはあるものの本格的な戦争にならなかったのは、それまでの外交方針が間違っていなかったからだろう。しかし、アドラが来てから変わった。第二王女を嫁がせて友誼を結んだ筈のベルナント共和国に対し、戦争の準備を始めたのだ。
「アドラという戦力を得たから強気になった、と思われるかも知れません。しかし私はアドラが父と兄を操っていると思うのです」
賢王とは言えないまでも善王だった国王。そして国民を大切に考えていた優しい兄。この二人が、まるで人が変わったように戦争に乗り出した。エミリア王女は、二人が偽物と入れ替わったのではと疑ったらしい。それほどまでに自分の知っている父と兄とは違っていた。
「ファンザール帝国とリューエル王国の間で戦争を起こし、その背後から襲って王国の領土を切り取る。王と王太子は本気でそんな事を言っていたらしいのです。冷静に考えればただの世迷言だと分かる筈なのに」
エミリア王女は膝の上で白くなるまで拳を強く握り締めている。
「あたしはエミリア王女の依頼でアドラって奴について調べた。だが、奴がどっから来たのかすら分からない。ホッジスに来る前、どこで何をしていたのかさっぱり分からないんだよ。まるで突然湧いて出たみたいなのさ」
今聞いた話は、メアリさんとエミリア王女という「ホッジス王国側」の話だ。そのまま鵜呑みにする訳にはいかない。だが、メアリさんとエミリア王女が嘘をついているという明確な証拠もない。
「メアリさん。この前俺が倒したのって……」
「ああ。三年前ギデウスに現れた奴にそっくりだったね。あたしはアドラの戦いは見ちゃいないが、奴らとは直接やり合ったからね」
俺達が強化魔人と呼ぶのは、邪神の眷属がそう呼んだからだ。しかしメアリさんの話が本当なら、邪神の眷属が現れる前から強化魔人が居た事になる。それも大量に。
そしてアドラという魔法使いが使ったという魔法……無数の黒い球体。話を聞いただけで断言は出来ないが、それはまるで「悪魔」が使う魔法にそっくりだ。
それにしても「アドラ」という名前……何となく聞き覚えある気がする。
「アロ……今の話が本当だとして、操られている国王や王太子を正常に戻す方法はあるか?」
「正直に申し上げて、分かりません。魔法が使われたとして、それがどんな魔法か分からないことには……」
「……そうか」
そもそも精神操作系の魔法は使った事がないんだよね……。ヤミちゃんなら分かるかも知れない。
その後、エミリア王女とメアリさんの話を基に、王国としての対応を協議する為おじい様達は退室した。エミリア王女はそのまま城内の別室へ、メアリさんは昨夜連れて行った屋敷に戻るとの事だったので、一緒に帰る事にした。
「全く……あんたは只者じゃないと思ってたけど、王族の関係者かい」
「まぁ、そんな所ですね。アハハー」
メアリさんはおじい様の俺に対する話し方でだいたい予想が付いたみたいだ。そのまま黙ってゆっくり歩く。メアリさんは頭の中で色々と考えているんだろう。
「……やっぱりホッジスはお終いだろうね」
「メアリさんはホッジス王国のご出身なんですか?」
「いや、生まれはリューエルだよ。だが、向こうの方が長いね」
「それは……思い入れがありますね」
「そりゃね。だが、例え操られたにせよ、国のトップがやった事だ。その責任を負うのは当たり前だよ。リューエルから攻め滅ぼされても文句は言えないさね」
色々と諦めたような、それでも肩の荷が下りたような、さっぱりとした声でメアリさんが言った。
「陛下はそんな事しないと思いますよ……ただ、アドラっていう魔法使いは放置出来ません」
「……あいつは危険だよ。あんたでも勝てない」
「メアリさん、俺はメアリさんに転移以外の魔法を見せていませんよ?」
「そう……か。そう言えばそうだね」
「それに、頼りになる仲間も居ますし。強いですよ、俺の仲間」
「あんたがそう言うならそうなんだろう。それでも、無茶するんじゃないよ」
「はい。ありがとうございます」
メアリさんが、俺や仲間の事を心配してくれてるのが分かったので自然とお礼を言った。メアリさんは目を丸くしていたけど。
「フフッ。まぁアロなら何とかしちまうかも知れないねぇ」
その後は他愛もない話をしながらメアリさんを滞在先の屋敷まで送り、自分の屋敷に帰った。
ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!
このお話で99日連続投稿となりました。だからどうだって話ですが……。
これも読んで下さる方がいらっしゃるからこそです。
明日で100日目。気合入れていきます!!