97 通りすがりの冒険者
メアリさん達の受け入れはとんとん拍子で決まった。ホッジス王国で出国制限が行われている事はリューエル王国まで伝わっておらず、ホッジスに潜伏しているリューエルの間諜に伝えられる事になった。
「しかし第三王女までとは……亡命、という事になるな」
「本人が望めば、でしょうが」
陛下――おじい様とニコラスさんは頭が痛そうだったが、難しい事は偉い人に任せておくのが一番だ。
「アロ、エミリア王女の行方は分かりそうなのか?」
「うーん……何とも言えません。兎に角探してみます」
「うむ。お主には無理ばかり言って済まんな」
「いえ、お気になさらず」
脱出希望者をこっちに連れて来た後、一時的に滞在してもらう屋敷もニコラスさんが手配してくれた。今後の生活については各自で頑張ってもらうしかない。
「取り敢えず俺は第三王女を探しに行きます」
「頼んだ」
メアリさんとの約束までまだ二日あるので、その間に探してみよう……あまり気乗りしないけど。屋敷に戻り、事情を良く分かっているミエラと話をする。
「あの馬車は、ホッジス王国からベルナント共和国の方に向かってたわよね?」
「そうだね。無事なら、例の宮殿かその先に進んでる筈」
「そう言えば、アナスタシアさん、だっけ? 迎えに行くって言ってなかった?」
「ハッ!?」
言った。確かにそんな事を言ったよ。龍神の試練が終わったら迎えに行くつもりだったけどすっかり忘れてた。アナスタシア、ホムンクルスの癖に何か気持ちが重いんだよな……。シュタインの肖像画や彫像が所狭しと並んだ部屋を思い出し、背中を嫌な汗が伝った。
「第三王女も大事だけど、アナスタシアの方が怖い。先にそっちに行こう」
「フフッ。アロがそんな事言うなんて珍しいね」
「そう?」
「うん。誰かを怖いだなんて」
「だって怖いんだもん」
自分が作ったホムンクルスなのになぁ。やっぱりモデルにした人が悪かったかな? 未だに苦手意識があるんだよね。あの侍女頭にはいっつも怒られてたからなぁ。
「後回しにすればするほど良くない気がする。早速行こう」
「いいよ!」
空から探す可能性を考えて、またピルルにも付き合ってもらう事にした。二人と一羽でアナスタシアの宮殿近くに転移する。
「相変わらず賑わってるね」
「本当だ……うおっ!?」
人の多さと道の両側に並んだ露店に目を奪われていると、人波を掻き分けるようにしてこちらに迫って来る青い髪が見えた。
「マスター・アロが前回この場を去ってから、二年二十一日十九時間三十八分が経過しました」
「ごめんなさい」
冷静に怒られた。ミエラは俯いて肩を震わせている。
「約二十六時間前にマスター・アロは近くに居ました。何故こちらに来なかったのですか?」
「それはその、あの、えっと……そう! 仕事があったんだよ」
忘れてたなんて言えねぇ。
「マスター・アロの後を追い掛けたのですが、途中で保護対象を見付けた為ここに戻りました。エミリア・フォン・ホッジス他二名です。お会いしますか?」
「ここに居るの!?」
「はい。ここに来るまでに二度襲撃され、護衛が見付かるまでは動くべきではないと説得しました」
「アナスタシア、よくやった!」
探す手間が省けた。偉いぞ、アナスタシア! 俺は思わず彼女の頭を撫でた。
「ママママスターがよよよ喜んで下さるのが従僕の喜びです」
アナスタシアがバグった。
「あれ、調子悪い?」
「問題ありません」
直った。何なんだよ、一体?
「そう言えば、ここを出る準備は終わってるの?」
「はい。一年十か月六日十一時間十六分前に終わっています」
「いや、ほんとゴメンて」
聞かなきゃ良かった。
「マスター・シュタインとマスター・アロの肖像画、並びに彫像は全て魔法袋に収納済みです」
いや、それ持ってくの!? ……まあ置いて行かれても居た堪れないけどさ。ミエラは背中を向けて壁をバンバン叩いていた。彼女には、俺が見た恐怖の光景について教えてある。
アナスタシアの後に続き宮殿の中に作られた居住区画に入った。この場所もオーグ魔法具店が大昔に作ってくれたらしい。地下にあって、地上の喧噪が嘘のように静かだ。まるで地下牢の雰囲気である。
「いや待って! ここ地下牢じゃん!? 説得したって言ったよね!?」
「……物理的に説得しました」
それ説得したって言わないからね? しかし何で地下牢が必要だったんだろう……いやいい。聞きたくない。きっと、宮殿にお宝目的でやって来る狼藉者を物理的に説得したんだろう。
鉄格子が並んだ石の廊下を進むと、突き当りに大き目の牢があった。中に見覚えのある三人と見知らぬ男が一人、青い顔をして座っていた。俺と目が合ったエミリアが立ち上がり、指を突き付けて大声を上げる。
「やっぱりあなたの差し金なのですね! 私を殺せと命じたのは誰ですの!?」
「エミリア・フォン・ホッジス第三王女で間違いないですか?」
「白々しい! どうせ殺すのでしょう、さっさとおやりなさいな!」
こじれてる。こじれまくってるよね、これ。
「アナスタシア?」
「もう一度説得してみましょう、物理で」
「やめなさい」
腕捲りするアナスタシアを止めた。どうするか考えを巡らせていると、ミエラが口を開いた。
「エミリアさん、私達、メアリさんから頼まれたの」
「メアリ?」
「コリウスのギルドマスター。国外脱出の手助け。もう準備が進んでるよ」
「だ、騙されませんわよ!」
「騙さないよ。アロ、メアリさんを連れて来たら?」
「おお! それは良い考えだ」
俺はコリウスのギルドマスター室に転移した。
「おわっ!? なんだい、アロ! びっくりさせるんじゃないよ!」
「すみません、ちょっと付き合って下さい」
「なっ!?」
メアリさんの腕を取って地下牢に転移。
「ここはどこだい……エミリア王女?」
「え、メアリなの?」
「何でエミリア王女を牢に閉じ込めてるんだい!? さっさとお出ししな!」
「アナスタシア、開けてあげて」
「承知しました、マスター・アロ」
鉄格子を開けると、エミリアを押し退けるようにして見知らぬ男が飛び出して来た。どこに隠し持っていたのか、手に短剣を持ちメアリさんに向かっている。
さっとメアリさんの前に出て男の手首を握り、そのまま壁に放り投げた。しかし、そいつは壁に着地した。壁を蹴ったのではない。そのまま壁に張り付いたのだ。
よく見たら、足ではなく手で張り付いている。そして一瞬で艶の無い真っ黒な姿に変化した。
「こいつ! あの時の強化魔人だわ!」
試練を終えて戻った時にミエラ達を襲っていた奴と同じか。
「アロ、こいつは相手にしてはなら――」
メアリさんが何か言っていたが、俺は素早く「弱体化の腕輪」を外して「身体強化」と「加速」を即座に掛け、そいつの上に跳んだ。上から回し蹴りを放つと、宮殿の床にクレーターが出来る。
「ん……んん!? 今のは何の魔法だい!?」
「蹴りました」
「蹴った……?」
「はい」
メアリさんが助けを求めるようにミエラとアナスタシアを交互に見るが、二人ともドヤ顔で答えた。ピルルはいつの間にかミエラの肩に止まっていた。その間に強化魔人が立ち上がる。
「なんで……その男は御者だったのに……」
つまり、いつでもエミリア達を殺せたのか。殺せたのにそうしなかったという事は、泳がせていたって事だな。エミリアが誰に助けを求めるのか確かめ、その相手もついでに殺す心算だったのか。
魔法袋からロングソードを引き抜いた。強化魔人は俺を敵と認識したようだ。両手の先が剣のように鋭く変化した。距離を一瞬で詰めてすれ違い様に首を刎ねる。
しかし……この件に邪神の眷属が関わっているのだろうか?
「なんて出鱈目な強さなんだい……全盛期のハンザを凌ぐ剣士だね、あんたは」
「いや、俺魔法使いなんです」
「はぁ?」
ミエラとアナスタシアのドヤ顔が一層酷くなった。メアリさんは混乱している。散々転移してるんだから、魔法使いだって分かってると思ったんだけど。
「メアリさん、エミリア王女はこのままリューエルの王城に連れて行った方が良いですよね?」
「え? ああ、そうさね。エミリア王女、どうだい?」
「わ、私は……どうしたら良いのでしょう?」
御者だと思っていた男があんなのに変化して暴れたら驚くよね。いや、暴れたのは俺の方か。
「エミリア王女はどこに向かっていたのですか?」
「ベルナント共和国の姉を頼ろうと思っていたのです」
「お姉様はそれをご存じで?」
「いえ、知りません」
ふむふむ。だったら行先が変わっても不都合はないな。
「リューエル王国の王城で保護しますが、それで良いですか?」
「王城? あなた、何者ですの?」
「……通りすがりの冒険者ですよ」
牢の中には腰を抜かして動けない男女が居る。二人も連れて行かねばならないだろう。
先にメアリさんを送り、ミエラ、ピルル、アナスタシア、エミリア王女と男女を連れて王都の屋敷裏に転移した。
「ここは……?」
「義父様の屋敷です。もうリューエル王国の王都ですよ」
屋敷には母様が居たので、事情を話したらすぐに城へ使いを出してくれた。
「転移って凄いのですね」
「ああ、便利ですよね」
「……ここは安全なのですか?」
「あー、王都では、王城の次に安全ですよ」
実際は多分、王城よりも安全だ。じいちゃん、アビーさん、レイン、グノエラ、ディーネ、シル、サリウス、コリン、ヤミちゃんが居る。更にパルが居て、癒しも万全。そこにアナスタシアも加わった。この面子を突破出来るならどこに居ても安全ではない。
「マスター・アロ、ゴーレムを庭に解放してよろしいですか?」
「解放?」
「付いて来たいと言ったゴーレム十体を魔法袋に入れています」
宮殿を守っていた多脚型ゴーレムが十体いるらしい。番犬代わりに庭に放つという事かな? この屋敷、要塞化してない? 大丈夫?
「義父様と母様と相談するから、ちょっと待ってくれる?」
「承諾しました」
王城からの返事を待つ間、アナスタシアを皆に紹介した。エミリア王女と二人の男女は借りて来た猫のように大人しくなっていた。