96 鍵を握る人物
SIDE:アロ
大きな街なのに何だか寂れた感じだ。
入街は思ったより簡単だった。俺が居ない間に、ミエラもゴールド・ランクに昇格していて、二人で金色の冒険者タグを見せると特に何も調べられずに街に入る事が出来た。
「ミエラもゴールドになってたんだ! 教えてくれれば良かったのに!」
「アビーさんやレインと一緒に魔獣を狩ってたら上がったの。あんまり実感がないから言うの忘れちゃった」
そんな会話をしつつ「コリウス」の街に入った。何だかコリンみたいな名の街だな、と思ったが勿論一切関係はない。
大きな街だと、リューエル王国の場合は大抵門の近くに露店や商店が並び、行き交う人や馬車も多くて賑わっていた。だがコリウスは閑散としている。商店はあるのだが人が少なく、露店の類は見当たらない。こことは別に人が集まるような場所があるのかな。
「人が少ないね」
「うん……取り敢えず冒険者ギルドに行ってみようか」
「そうね」
歩いている人は俯き加減で足早なので話し掛け辛い。もう一度門兵の所に戻り、ギルドの場所を聞いた。街の西側にあるらしい。大通りを真っ直ぐ北に向かい、門兵が教えてくれた通りに大きな四つ角を西に曲がる。三十分程歩いたが、見かけた人は数えられるくらいだ。
お昼も近いのでどこかで食事でも、と思ったのだが店の多くが閉まっている。日用品を売っている店がいくつか開いていたが、お客はほとんど居ないようだった。
「こんなに人が少ないと不安になってくる」
「だよね。天気も良いのに……疫病でも流行ってるなら門兵が教えるだろうし」
ミエラはハーフエルフでかなり可愛いからいつもなら注目を集めるのだが、ここではそんな事もない。
西に歩いて四十分くらい、防壁が近付いた頃にようやく冒険者ギルドの看板を見付けた。大きな街の割に小ぢんまりした建物だ。木製の扉は閉まっているが、引っ張ると開いた。他の商店と同じように、ギルドも閉店してたらどうしようかと思ってた。
冒険者は少ない時間帯だが、中に四人組らしい冒険者が居た。彼らは左端の飲食スペースで昼間から酒を飲んでいる。入って来た俺達に視線を向けたが、ただ好奇の目を向けただけで直ぐに仲間内の談笑に戻った。
受付カウンターには三十代と思しき女性が一人だけ、所在無さげに座っている。
「こんにちは。ギルドマスターは居ますか?」
冒険者タグをカウンターに置きながら問い掛けた。
「……アポはありますか?」
タグを一瞥した女性が不審者を見る目を向けてくる。ミエラも横からそっとタグを置いた。
「生憎アポはないんですが、もしお時間があれば少し話を聞かせて頂きたいと思いまして」
精一杯の笑顔を振りまき良い人アピールをしてみた。ミエラも頑張って笑顔を作ってくれている。それが功を奏したのか、受付の女性が嫌々ながら動いてくれた。
「はぁ……聞いてきますからちょっとお待ちください。タグをお預かりします」
女性は俺達のタグを手に、のたのたと二階に上がって行った。
冒険者ギルドは基本的に国から独立した組織だ。魔物や魔獣の討伐は、対人戦を前提としている騎士や兵士では荷が重い場合があり、国から討伐依頼を受ける事も良くある。国がギルド運営に余計な口出しをした結果、その国からギルドが撤退して魔獣によって滅ぼされたなんて事も過去にはあったらしい。
とは言え完全に国と無関係ではいられない。持ちつ持たれつというのが実情である。
冒険者ギルドには国内外の様々な情報が集まりやすい。各地の冒険者が情報を持ち寄るからだ。国もそういう情報を当てにするから、ギルドと敵対するのは悪手なのだ。
少し待っていると先ほどの女性がやや慌てたような感じで降りてきた。
「ギ、ギルドマスターが会うそうです。どうぞこちらへ!」
二階に上がって突き当りがギルドマスターの執務室だった。案内され入室する。
「アロ・グランウルフ・アルマーってのはどっちだい?」
真っ白になった紙を後ろで一つに縛った女性がいきなり話し掛けてきた。六十代、いや七十は超えていそうだ。それにしては矍鑠としていて声に張りがある。
「アロは俺です」
「ほう……まあ座んな」
示されたソファにミエラと並んで腰掛けた。
「あたしはここのギルドマスターをやってる、メアリ・キャンターってもんだ」
「はじめまして、メアリさん。俺はアロです」
「ミエラです」
受付の女性がお茶を出してくれて退室していった。
「アロ……お前さん、グランウルフってのは」
「じいちゃんです。あ、本当のじいちゃんじゃなくて育ての親ですけど。ルフトハンザ・グランウルフです」
「やっぱりそうかい……ハンザの奴、まだくたばってなかったか」
メアリさんはそう言ってくつくつと笑った。
「じいちゃんと知り合いですか?」
「あー、昔パーティを組ませてもらったよ」
「じゃあベイトンのヴィンセントさんとも?」
「おお! ヴィンセントもまだ生きとるのか!」
ベイトンの冒険者ギルドマスター、ヴィンセント・ランドルフさんはじいちゃんのパーティで盾役を務めていたと聞いた。
「全くしぶとい奴らさね。あたしも人の事は言えないけどさ」
あっはっは、とメアリさんが相好を崩して笑った。
「で? あんたらは遥々リューエルから何しにやって来たんだい?」
途端に眼光が鋭くなる。ここで答えを間違えるとメアリさんを味方には出来ないだろう。
「王城爆破未遂の件を調べる為に来ました」
隠し立てせず正直に答えた。
「ほう……何であんたらが?」
「爆破を防いだのは俺なんです」
「なんだって!?」
「まぁ、それだけじゃないんですけど、陛下から頼まれまして」
母様が元第三王女で自分が私生児である事を説明する。王城爆破を防いだ後、この二年間でホッジス王国に辿り着き、そこから先の捜査が進んでいない事も話した。
「そうかい……理解したよ。あたしらが掴んでる情報を教えるのはやぶさかじゃないが、その代わりにあんたらに頼みたい事がある」
「何でしょう?」
「あたしはこの国を出ようと思ってる。もうこの国は駄目だよ。同じように国を出たがってる人間達を、安全に国外に出す手伝いを頼みたい」
「いいですよ」
「難しい事は分かってる。今この国は出国制限を……何だって?」
「手伝います。簡単ですし」
「は?」
まぁ俺は転移が使えるからね。ただ、単に出国するだけではなくて受け入れ先の事も考えなくちゃいけないだろう。
「リューエル王国なら受け入れについても話が出来ると思います」
「そんな安請け合いして良いのかい?」
「出国自体はすぐにでも出来ますよ。ただ、移住先とかそういうのはちゃんと陛下に話をした方が良いかなって」
メアリさんの情報はかなり重要だと俺の勘が告げている。これは一度リューエル王国の王都に戻って、陛下やニコラスさんに話を聞いてもらった方が良さそうだ。
ただ、俺があまりに簡単に言うものだから、メアリさんにはいまいち信用してもらえていない感じがする。
「メアリさん、今から少し時間ありますか?」
「ん? まあ一時間くらいなら」
「じゃあ、ついでにじいちゃんに会ってもらいましょうか」
「はあ?」
ミエラを見ると、頷いて答えてくれた。肩に乗ったピルルも何だか嬉しそうに揺れている。
「転移します」
「え……転移? どこに?」
「リューエル王国の王都、俺の義父様の屋敷です」
「リ、リューエル王国の王都だって!? いったいどれだけ離れてると――」
「行きますね。『長距離転移』!」
ミエラと左手を繋ぎ、メアリさんの手を右手で取って有無を言わさず転移した。いつもの屋敷の裏である。
「はっ!?」
「着きましたよ」
ミエラが早速玄関の方に走って行った。俺はメアリさんとゆっくり歩いて行く。
「本当にリューエル王国の王都なのかい!?」
「ええ。でも一瞬だから実感ないですよね……どこか分かりやすい場所があったかなぁ」
玄関先でそんな事を話していると、屋敷の中からミエラとじいちゃんが出て来た。
「なっ!? 本当にメアリか?」
「あ、あんたはハンザかい!?」
「……老けたな」
「お互い様だよっ! ああ、このデリカシーの無さ、間違いなくハンザだよ」
二人は玄関先で抱き合った。二人の間に何があったのかは知らないが、この様子を見れば少なくとも仲は良かったのだろう。
「じいちゃん、ヴィンセントさんも連れて来ようか?」
「おお、そうじゃな!」
「いや、待っておくれ。ちゃんと国を出て、落ち着いてからにしようじゃないか」
「国を出て? メアリ、お前どこにいるんじゃ?」
「ホッジスだよ! あんたの孫に無理やり連れて来られたんだ」
「いや無理やりって……」
ポリポリと頭を掻く。まあ説明不足だったのは否めない。メアリさんが俺の方を向いて告げた。
「アロ、国を出るのが簡単なのは十分分かったよ。あたしはどうすれば良いんだい?」
リビングに案内してメアリさんに腰を落ち着けてもらった。思ったより早く帰って来た俺を見てパルとヤミちゃんが飛び付いてくる。
「えーと、取り敢えずホッジスから出たい人は何人くらい居ますか?」
「二十人くらいだ。ただ一人厄介なのが居てね」
「厄介?」
「良い娘だから助けてやりたいんだが……エミリア・フォン・ホッジス、第三王女さ」
「エミリア……」
物凄く聞き覚えのある名前だな。
「今どこに居るか分からないんだよ。どうやら国を出たらしいんだが」
「はあ」
二度と会わないと思っていたが、そうもいかないらしい。あそこで放置したの、不味かったかな?
「……ちょっと王城に行って相談してきます。あ、その前にメアリさんを送りますね」
「あ、ああ。頼んだよ。ハンザ、今度ゆっくり話そうじゃないか」
「そうじゃな。アロに任せておけば大丈夫じゃ」
「あんたがそう言うならそうなんだろうさ」
ミエラとピルルは置いて、メアリさんとコリウスにあるギルドの執務室に転移した。
「はぁ……何だか夢でも見てた気分だよ」
「ね? 国外に出るだけなら簡単だったでしょ?」
「ああ、もう! あんたが規格外って事はよく分かったよ!」
またメアリさんはくつくつと笑った。メアリさんには、国外に出たい人に話をしてもらい、その間に俺は受け入れ先の相談をする。三日後にもう一度ここに来て擦り合わせする事に決めて、メアリさんと別れた。
王都に戻った俺は、おじい様に会う機会を作って貰えるよう、王城に使いを出したのだった。