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95 エミリア・フォン・ホッジス

 ピルルに飛んでもらったら、あっという間にホッジス王国の国境上空に到着した。幅百メートル以上ある川が北東から南西に向けて流れていて、それが国境になるようだ。大きな橋が架かっていて、こちら側とあちら側に役人のような男達が立っている。両岸には大きな建造物があり、ベルナント共和国とホッジス王国の両国とも入出国に目を光らせているように見えた。


 家族や仲間全員とここを通るのは何だか面倒臭い、と言うかトラブルが起こる予感がひしひしとする。特にレインとか。

 いっそのこと俺とミエラが先に入国して、ホッジス王国内に皆を転移させた方が良さそうだなぁ。


 いや、良く考えたら生真面目に入国する必要もないか。国境の様子を見れば、入出国すると記録が残るだろう。別に悪事を働くつもりはないけど、母様や義父様の名前が残るのは何となく抵抗がある。これは多分、さっき遭遇したエミリアとかいう貴族だか王族だかのせいに違いない。


 このままホッジス王国内に空から入って、適当な街がないか見てみよう。


「ピルル! 一旦西に向かおう!」

「ビルルゥ!」


 大河に沿うように西に向かいながら高度を上げる。見咎められる心配がなくなってから大河の北側に侵入した。


「ピルル、大きな街が見えたら教えて!」

「ビルッ!」


 ホッジス王国は、国土で言えばリューエル王国の十分の一以下の小国だ。王都を除けば大きな街は南北に二つしかないと聞いている。いきなり王都に行くのではなく、取り敢えず街に行って雰囲気を見てみたい。しばらく飛んでいるとピルルから合図された。


「ビル!」


 石の防壁に囲まれた大きな街が見えた。東西に長い楕円形になっている。

 ちょっと考えていた事があるからここで試してみよう。


「ピルル、地上に転移するから、小さくなって後から来れるかい!?」

「ビルッ!? ……ビルルゥ!」

「ミエラ、地上に転移するからしっかり掴まってくれる!?」

「えっ!? わ、分かった!」


 ピルルが大きくて目立つから降り立つ場所を見付けるのが難儀だと思っていた。俺が先に地上に転移して、ピルルには小さな姿になってから降りて来て貰えれば場所をそれほど選ばないと考えたのである。

 地上がはっきり見えるくらいまで高度を下げて貰った。ミエラは俺の腰に手を回し、ぴったりと密着してくれている。背中が大変幸せだ。無理矢理意識を地上に向け、良さそうな場所を探す……見付けた。


「『短距離転移ミクロス・メタスタシー』!」


 街道から少しだけ外れた場所に背の高い木が四~五本立っている場所。その陰にミエラと一緒に転移した。


「わっ!?」


 いきなり足が地面に着いたから、ミエラがびっくりしたようだ。


「ミエラ、大丈夫?」

「う、うん!」

「もう手を離していいよ」

「あ」


 まだ俺の腰に回していた手を慌てて解く。……ちくしょう、言わなきゃ良かったかな?


「ぴるるーーー!」


 それから直ぐに肩乗りサイズになったピルルが降りて来た。以前、王城爆破未遂で荒野に転移した時、ピルルには俺の居場所が分かったと聞かされた。まだ理由は分からないけど、本当に居場所が分かるなら空中から地上に転移しても問題なく俺の所に来てくれると思っていたのだ。


「おお、やったね、ピルル! 成功した!」

「ぴるるぅ!」


 肩に乗ったピルルが頭を擦り付けてくるので、優しく撫でてあげた。


 街に入るにも衛兵等が居る門を通らなくてはならない。魔法袋から適当な背負い袋を取り出し、適当な物を突っ込んで膨らませる。他国の冒険者が手ぶらで来たらおかしいから、一応旅でもしているように装った。もうここから防壁が見えている。歩いて三十分もかからないだろう。


「行ってみようか」

「うん!」

「ぴるぅ!」





SIDE:エミリア・フォン・ホッジス


 ホッジス王国第三王女のエミリア・フォン・ホッジスは、嘘みたいに大きな鳥に跨って飛び去るアロとミエラを呆然と見送った。へたり込んでいる侍女のベアトリス、馬に乗ったまま口をあんぐり開けている護衛兼侍従のトマスに怒りの眼差しを向ける。


「いつまで呆けているのですかっ! 行きますわよ!」


 騒ぎに乗じてどこかに逃げていた御者が、何食わぬ顔で戻り御者台に座った。エミリアは大きな溜息を吐いて馬車に乗り込む。

 

 全く、どいつもこいつも役立たずばかりで何も思い通りに進まない。三年と少し前に()が現れてから、ずっとこんな調子ですわ。


 エミリア一行は、ベルナント共和国に嫁いでいった元第二王女を訪ねる予定だった。王や王妃、王太子のおかしな言動で国内が混乱している。王族派貴族の離反も目に余り、このまま放置していれば内乱が起こる可能性もある。


 およそ三年前に突如現れた魔法使いは「アドラ」と名乗り、少年のような見た目に反してその実力は規格外だった。彼を国王が気に入り宮廷魔法使いとして召し抱えたのだが、それから徐々に国王達がおかしくなっていった。

 北のチェラーシク連邦国とは以前から小競り合いがあったが、友好の為に第二王女を嫁がせたベルナント共和国にまでちょっかいを掛け始めた。

 小国なので国軍の兵力は大したものではない。それが南北に分断されただけでなく、今度はリューエル王国の領土を切り取るなどと大言壮語をぶち上げた。これには王城勤めの文官や武官が全力で反対したが、国王と王太子が強硬に推し進めようとした。


 平時でさえ、リューエルのような大国を敵に回せばホッジスは滅びかねない。上手く行っても属国に成り下がるだろう。


 エミリアは匿名を使って冒険者ギルドにアドラの人物調査を依頼した。彼が魔法を使って国王達を操っているのではと疑っていたからだ。しかし調査の結果は芳しくなかった。

 そして二年前、リューエル王国の王城で爆破未遂事件が起こった。ファンザール帝国とリューエル王国の間で戦争を起こし、背後から攻め込もうと誰かが謀ったのだとエミリアはピンと来た。その誰かが自分の父や兄でない事を願ったが、状況から一番疑わしいのが他でもない国王と王太子だった。


 このままホッジス国内に留まっても自分には何も出来ない。頼れる者も居ない。思い悩んだ末に、ベルナント共和国の姉を頼ろうと決断した。


 実は、ついさっきこの世界で最も頼りになる男と遭遇したのだが、王族の末っ子で甘やかされた上に誰も咎める者が居ない環境のせいで、エミリアは「感謝の気持ち」を素直に伝える事が出来なかった。彼女としては最大限の称賛の言葉が「貴方の腕を見込んで雇ってあげる」だったのだ。そこまで彼女の気持ちを汲んでやれと言うのは、アロには酷な話だろう。


「エ、エミリア様……この者達は如何いたしましょう?」


 トマスが困り顔でエミリアに尋ねる。勿論、襲撃者をどうするか聞いているのだ。そんな事まで私が決めないといけないの? とエミリアは嘆息した。


「はぁ……縛られていない者は縛り上げて、そのまま放っておきなさいな」


 トマスとベアトリスが不慣れな手つきで襲撃者達を縛り上げる。全員意識がない事が幸いして何とか出来た。御者は自分の仕事ではないと言わんばかりに御者台でぼーっとしている。


 雇った冒険者が裏切ったのだから、他にも襲って来る者が居るかも知れない。国政に関わらない第三王女だからと放っておかれたが、国外に逃げるのは許し難いと考える人物が居るのだ。


「ここで襲われたらどうしようもないですわ……腕の立つ冒険者でも通り掛からないものでしょうか……」


 最大のチャンスを逃し、そう都合の良い事が続く筈もない。ないのだが、エミリアの目に南からテクテク歩いて来る女性の姿が映った。青い髪をして、スラリとした長身の女性は歩く姿にも品があった。


「こんな所を一人で歩いているなんて……冒険者かしら」


 エミリアの目には、街道脇の草むらに隠れて進む多脚型ゴーレムの姿は見えなかった。ゴーレムは女性を囲むように四体潜んでおり、全周囲を警戒している。

 やがて馬車の近くまでやって来た女性がトマスと何やら話を始めた。トマスが身振り手振りを交えて何やら興奮気味に捲し立てている。


「……ベアトリス、ちょっと様子を見て来てくれるかしら」

「……かしこまりました」


 馬車に乗り込んで来た侍女を確認に行かせる。青髪の女性と話し始めたベアトリスが、トマスと同じように身振り手振りを交えて、最後に空を見上げて北を指差した。


「一体何の話をしているの?」


 訳が分からずイライラしてきた所に、ベアトリスが戻って来た。


「エミリア様! あの女性は、さっきの冒険者と知り合いみたいです!」

「だったら何なのです?」

「あ……次の街まで護衛をお願いしたら、快く引き受けてくれました。何でも、ゴーレムを使役しているそうです」

「まあ、そうですか。では一声掛けておきましょう」


 ベアトリスが馬車まで青髪の女性を連れて来る。


「あなたを護衛として雇いますわ」

「それには及びません。私はマスター・アロの従僕ですから。街までの安全は保証しましょう」


 一切表情を変えずにアナスタシアが答えた。


 何故アナスタシアがここまで来たのか? それは勿論、アロの魔力を感知したからである。用事が終わったら迎えに来ると言って、もう二年以上経つ。挨拶回りや引継ぎはとっくに終わり、アロの肖像画や彫像作りもひと段落して、いつ迎えに来ても良いように準備していた。

 近くにアロの魔力を感知したが、すぐに離れて行った。まさか自分の事を忘れている訳ではあるまい。マスターの身に何かあったのかも知れない。マスターを支援するのは従僕として当然の事である。という事で、アナスタシアは四体のゴーレムを引き連れてテクテク歩いて来たのだった。


 宮殿(パレス)の守護を任されたアナスタシアの戦闘力は折り紙付きだ。これでしばらくはエミリアも安全であろう。ただしアナスタシアの事を綺麗さっぱり忘れているアロの身は心配である。

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