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94 情けは人の為ならず

 ホッジス王国に入国する為の転移先は、俺とミエラ、ピルルで探す事にした。まずホムンクルスのアナスタシアが管理している宮殿(パレス)付近に転移し、そこから人目に付かない所に徒歩で移動する事にした。


「そう言えば、ベルナント共和国で行きたい所があるって言ってなかった?」


 歩いている途中でミエラから聞かれる。


「ああ、うん。まぁ全部終わってからでいいかな」

「そうなの?」

「うん」

「ぴるっ!」


 俺の肩に乗っているピルルが、ご機嫌な声で返事した。ミエラと顔を合わせて笑ってしまった。


 今日は抜けるような青い空が広がっている。相変わらず人出の多かった宮殿(パレス)を背にして北へ伸びる街道を進む。街道は馬車や人が行き交って賑やかだ。ホッジス王国の国境までは、ここから馬車で丸一日くらいかかるらしい。ミエラと二人きり(ピルルも居るけど)で、のんびり三日くらい歩いて国境まで行くのも魅力的だが、そういう訳にもいくまい。


 二時間くらい歩いて、ようやく街道の左側にちょっとした林が見えてきた。


「あの林に入ってピルルに乗せてもらおう」

「うん」


 林に分け入ってピルルが大きくなれる場所を探すが、木が密集していてなかなか見付からない。ちょっとうんざりしてきた頃、人の気配を感じた。一人二人ではない。十人以上は居そうだ。ミエラも気付き、俺に目で合図してくる。唇の前に人差し指を立て、声を出さないよう伝えた。


 気配を消して近付くと、何やらボロボロの装備を身に着けた集団だった。遠目に見た感じ、髪と髭が伸び放題で薄汚れている。パッと見、野盗の類にしか見えない。

 しかし、剣や槍が随分ちゃんとした物である事に違和感がある。穿った見方をすれば野盗に偽装した武装集団って所だ。


 彼らが本物の野盗にしろ、偽装した何者かにしろ、何かを襲う為にここに集まっているのだろう。

 正直知ったこっちゃないと思うが、見てしまったからには放っておくのも寝覚めが悪い。


 ミエラに合図して取り敢えずその場から離れると、丁度そこに少し開けた場所を見付けた。


「ピルルに乗って、上空から見張ろうと思うんだけど良いかな?」

「良いと思う。放っておいたせいで誰かが怪我したらイヤだもの」


 ミエラの同意も得られたのでビッグサイズになったピルルに二人で跨り、そっと飛び立って素早く高度を上げた。上空をゆっくり旋回して、街道をミエラが、林の武装集団を俺が見ていた。三十分経っても何も起こらないので、考え過ぎかなと思い始めた頃――。


「アロ! 馬車と護衛が北から来るわ!」


 ミエラが耳元で叫んだ。慌てて林に注意を向けると、例の集団が動き出すのが見えた。これまでも商人らしき馬車が何台か通っていたのに奴らに動きはなかった。という事は、初めから今やって来た馬車を狙っていたのだろう。


 少し高度を下げてもらい、「風集音(ギャザノーツ)」の魔法で武装集団の声を拾う。


「五人前に出ろ。五人は後ろ、残り五人は身を潜めておけ」


 リーダーらしき男が指示を出すのが聞こえた。他の者は一切の無駄口を叩かない。やはりただの野盗ではない。

 北からやって来る馬車は二頭立てで、御者の他に騎乗した者が六人いる。上からでは良く見えないが鎧は着けていないのが分かる。武装集団のうち五人が大回りして馬車の後方へ移動し、前方に別の五人が躍り出ようとしていた。残りの五人は街道脇の草むらに伏している。


「ピルル! 急降下だ!」

「ビルッ!」


 ピルルが垂直に近い角度で降下し、瞬く間に馬車の上、十メートルの位置で滞空した。魔法袋から普通の弓矢を出してミエラに渡し、俺はピルルの背中から飛び降りながら、馬上の護衛に槍を突き出そうとする偽野盗に「麻痺電撃(スタンボルト)」を放った。


「ぐぎぃ」


 そいつが痺れて倒れるのを横目に見ながら「身体強化(ブースト)」と「加速(アクセラ)」を掛けて他の四人の後ろに回り込み、それぞれ弱めの「麻痺電撃(スタンボルト)」をお見舞いする。

 馬車の後ろから襲おうとしていた奴らはミエラが矢を放って足止めしていた。草むらに隠れている奴らへ忘れずに「麻痺電撃(スタンボルト)」を放って後方に移動。足止めされていた奴らを同様に無力化した。


「き、貴様、何者だっ!?」


 偽野盗十五人全員を無力化してようやく、馬上の男から誰何される。草むらの向こうにピルルが舞い降り、ミエラも降り立った。馬車の護衛達はピルルに驚いているようだ。


「あー、気にしないで下さい。通りすがりの冒険者です」


 適当に答え、冒険者なら誰でも必ず持っているロープを魔法袋から取り出し、偽野盗達を縛り上げる。ミエラも進んで手伝ってくれた。草むらの男達はピルルが大きな鉤爪の付いた足を乗せていて、時折「ぐぇ」と苦し気な声が聞こえる。


 さて捕縛したのはいいけど、こいつらどうしよう? 面倒だからここに放置でいい?


「あの……こいつらを引き渡せる場所、どこにありますかね?」

「貴様の力を借りなくとも、野盗風情など我々だけで処理出来たのだ!」


 話が嚙み合わないなぁ。


「余計な事してすみません。じゃあ後はお任せしますね」


 踵を返して歩き出した途端、護衛の一人が馬車の扉を開いて中の人物に剣を突き立てようとした。隠れていた偽野盗のタイミングが良過ぎたから、こちら側に裏切り者がいるだろうと思っていたら案の定だ。


「ぐぇっ」


 その男にも「麻痺電撃(スタンボルト)」を見舞った。俺の戦闘を見てなかったのかな? ()()()なかったのか。


「なっ!? ギブソン、貴様何を!?」


 ギブソンというのが裏切り者の名らしい。それにしてもこの護衛の人達、大丈夫? 襲撃の直後なのに警戒を全くしていないんだけど。他にも裏切り者が居るかも知れないとは考えないのだろうか。


 ……それとも、全員グルか?


 その考えが頭を過ったその時、護衛の残り五人のうち、俺に話し掛けてきた男を除く四人が一斉に動き出した。一人がミエラに、一人が馬車に向かい、俺には二人が迫る。一人残っている護衛は無視する事に決めたようだ。御者はいつの間にか逃げている。


 だが、彼等が俺とミエラに襲い掛かるには遅すぎた。俺達が偽野盗を縛っている時にでも動けば違ったかも知れないけど、疑いを持たれた後では奇襲にならないからね。「身体強化(ブースト)」と「加速(アクセラ)」を倍掛けして、こっちに迫る二人の顎を掌底で撃ち抜き、馬車に取り付こうとしていた男の脇腹を蹴り飛ばし、ミエラの所まで来るともう一人は既に蹲っていた。両方の太腿に矢が刺さっている。さすがミエラ、近接でも弓で無力化したらしい。


 唯一残った男に尋ねる。


「あんたもこいつらの仲間?」

「ち、違う! こいつらは護衛に雇った冒険者だ。私はエミリア様の護衛兼侍従だ!」


 護衛としてはちっとも役に立ってなかったけどね。


 馬車の中を無暗に覗き込むような真似はしない。これ以上の面倒事はお断りである。俺達は楽しい家族旅行……じゃなくてホッジス王国を探る為の下準備に来ているのだ。


「じゃ、これで」


 シュタっと右手を挙げて馬車(面倒事)から離れようとした。


「待ちなさい! 貴方の腕を見込んで雇ってあげますわ!」


 ミエラと肩を並べ、ピルルの所に行く。さっきの林が丁度良かったなぁ。あそこまで行ってまた飛んでもらおうかな。


「ちょっと!」


 いや、もう大きい姿だから態々隠れる事もないか。ここから飛び立てば良いや。


「ちょっと! 待ちなさいって言ってるのが聞こえないの!?」

「アロ……女の子が何か言ってるけど」

「あー、ああいうのは無視無視。関わると碌な事無いから」


 無視してピルルによじ登ろうとしたら腕を掴まれた。


「あなた、不敬ですよ!? エミリア様が話し掛けているのです!」


 さっきまでと別の声……腕を掴む手を辿って見ると、侍女らしき服装の女性だった。その向こうで仁王立ちして怒っていらっしゃる茶髪の少女がエミリア様とやらだろう。怒りで赤く染まり、元は綺麗だと思われるお顔が台無しである。


「そういうの間に合ってますんで!」


 侍女を通り越してエミリア様とやらに向かって言った。


 きっと貴族子女なのだろう。横柄な言動を見るに高位の貴族、ひょっとしたら王族かも知れない。先ほどの護衛兼侍従にしろ侍女にしろ、危ない所を助けてもらった者の態度ではない。そのような臣下を嗜めない上位者とは、それ以上に礼儀を弁えない人間だろう。話すだけで気分が悪いし時間の無駄である。


 こんな人達なら助けに入るんじゃなかったなぁ。情けは人の為ならずって言うから無駄ではないと思いたいけどね。


 飛び立とうとする俺の足に侍女がしつこく縋りつくので、少し威圧を込めて睨むと彼女は手を離してその場にへたり込んだ。


「ピルル、行こう!」


 地上でぎゃーぎゃー騒ぐ声が聞こえたが、そちらの方は見ずに北へ向かった。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

執筆意欲がドバドバと溢れ出します!!

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