93 リューエル王国からの依頼
SIDE:アロ
東の警戒地点から屋敷に戻ると、母様と義父様、じいちゃんも出迎えてくれた。「見回り隊」の五人と俺は順番に風呂に入り、服を着替えてリビングに集まる。その頃には、パルや精霊達とヤミちゃんはすっかり打ち解けていた。人見知りどこ行った。
「ぴるるぅ!」
「ピルル! ただいま、元気だった?」
「ぴるっ!」
二年経っても肩に乗れるサイズのピルルが頬に頭を擦り付けてくる。
「改めて、アロ、お帰りなさい!」
「母様、ただいま戻りました」
母様が俺を抱きしめてくれる。母様が小さくなったんじゃなくて俺がでっかくなったんだよな。前と勝手が違うから少し戸惑う。
義父様、じいちゃんとも軽く抱擁した。労いの言葉を掛けてもらい、ちょっと照れ臭い。
「えっと、紹介が遅くなったけど、この子はヤミちゃん。龍神クトゥルス様の眷属だよ」
「はじめまして、ヤミリュウなのです。ヤミと呼んで欲しいのです」
ヤミちゃんがぺこりと頭を下げた。クトゥルス様の眷属だから数万年、もしかしたら数十万年生きている筈だ。この中では文句なく一番年上だが、見た目だけならディーネやシルと変わらない。
「闇龍って事は、失われた闇魔法が使えるの?」
コリンが真っ先に口を開いた。
「うーんと、地上の闇魔法がどんなのか知らないのですよ。ヤミが使うのは『龍闇魔法』と言って特殊なのです」
へぇー、と皆が声を漏らした。
「ボクに『龍光魔法』を教えてくれたコウリュウさんって、ヤミちゃんの――」
「兄なのです。でも今はアロがお兄ちゃんなのです!」
ふんすと鼻を鳴らしてヤミちゃんが俺の太腿にしがみついた。「兄」と「お兄ちゃん」は何がどう違うのか良く分からない。
「パルも! パルもアロ兄ぃの妹!」
反対側からパルが腕に抱き着いた。パルは背が伸びたなあ。
その日はシュミット料理長が張り切って腕を振るってくれた。この二年間は自分で料理していたので、誰かが作ってくれる料理の有難さが身に染みた。味は言うまでもない。
俺自身は自分の変化を実感していないものの、家族と仲間は俺の成長に少し戸惑っているようだ。ミエラによると、この二年で俺の身長は二十五センチくらい伸びたらしい。そう言われてみれば、全く以前と変わっていない筈のアビーさんが益々ちみっこに見えるのは俺の視点が高くなったからなんだね。
身長が伸びたから、やれ服を作らないととか、やれベッドを新調しようとか母様と義父様が張り切っている。
強化魔人の件は義父様から陛下――おじい様に報告してもらう事になった。おじい様も俺が龍神の試練を受けていたのは知っていて、戻って来たら城に連れて来いと言われているらしい。何度も「まだ帰って来んのか」と聞かれたようなので、早めに顔を見せに行った方が良さそうだ。
その夜はミエラとパルに挟まれて眠る事になった。ヤミちゃんの事が少し心配だったけど、与えられた部屋で「一人で寝れるのですよ!」と妙に張り切っていたから大丈夫だろう。二年ぶりのミエラとパルの温もりが心地よくて、すぐに眠りに落ちた。
十日後。仕立てた服が出来上がり、陛下に会う為に登城した。なんと、今日は義父様と母様のどちらも一緒に来ていない。初めて一人で城に入るのでかなり緊張している。
スコットさんの御者でアルマー家の紋章が入った馬車に乗り、壁を抜けて中央区に入った。相変わらずの威容を誇る城の前で宰相補佐官のニコラス・ベンジャールさんが迎えに来てくれていた。こちらも相変わらずのイケメンである。
いやー、ニコラスさんが来てくれて良かった。正直、あの複雑な城内を迷わずに目的地まで辿り着く自信はない。転移して良ければ別だけど。
「やあ、アロ殿。久しぶりだね」
「お久しぶりです、スコットさん」
「随分と背が伸びて、男らしくなったんじゃないかい?」
「そ、そうでしょうか」
「フフ。陛下もお待ちかねだよ。さあ行こうか」
「はい……あっ」
そこで思い出した。城の入り口に偽装を見破る魔法具を導入するよう提案したのは、他ならぬ俺だ。このまま城に踏み入れば、衛兵がわらわらと出て来て大騒ぎになるんじゃ……。俺の出自を既に知っているニコラスさんにその懸念を伝えると、笑って答えてくれた。
「大丈夫。オーグ魔法具店がその辺はちゃんとやってくれているよ」
王城爆破未遂にオーグ魔法具店謹製の「偽装の腕輪」が使われた事に責任を感じ、オーグ魔法具店自身が偽装を見破る魔法具を開発して、国に献上したらしい。更に陛下のリクエストで、俺とサリウスはスルーしてくれるという親切設計である。有難い。
ニコラスさんの後に付いて、おっかなびっくり城内に入ったが、衛兵や近衛騎士に取り囲まれる事無くほっとした。そのまま何度も曲がり階段を上って、これまで数回訪れた応接間までやって来た。
「アロ! ようやく戻って来たか!」
「ご無沙汰しております、陛下」
陛下呼びするとあからさまに嫌そうな顔するの、止めた方が良いと思います。おじい様はニコラスさんだけを残してすぐに人払いした。俺とおじい様は向かい合ってソファに座り、ニコラスさんは近くの椅子に腰掛けた。
「無事に帰ってくれて嬉しいぞ。二年間もよく頑張ったな」
「ありがとうございます、おじい様」
ニコラスさんが、この二年間に国内で起きた事をざっくりと教えてくれる。勿論俺に関わりのある事が中心だ。対魔人用魔法具は国境を守る騎士団への配備が完了し、ファンザール帝国とベルナント共和国への輸出が始まっている。他の国とは交渉中らしい。
俺の方は、二年間ずっと魔法漬けだったから特に報告するような事もない。だが、どんな暮らしをしていたのかおじい様が聞きたがったので、幽界での暮らしについて伝えた。
「アロ殿。実は王城爆破未遂の件で相談したい事があります」
話が落ち着いた頃、ニコラスさんが告げた。
「何でしょう?」
「黒幕はホッジス王国に居ると思われます。国が絡んでいるのか、何らかの組織なのか、そこまでは分かっていません」
「ホッジス王国……」
ホッジス王国はリューエル王国の西、ベルナント共和国の北にある小国家だ。「死の大地」を挟んでいる為、近年は国同士の争いは無い。むしろ南のベルナント共和国や北のチェラーシク連邦国と小競り合いがあると聞いている。
爆破未遂犯はファンザール帝国の使者を装っていた。リューエル王国とファンザール帝国の間で戦争が起きたとして、ホッジス王国に何らかの利があると言うのだろうか?
「南北を警戒しつつ帝国との争いの虚を突いて、『死の大地』を超え我が国に侵攻するような軍があるとは思えん。だから国の策略ではないと儂は思っておる」
「確かにそうですよね……となると、何かの組織でしょうか?」
「そこをアロ殿達に探って頂きたいのです」
ベルナント共和国の冒険者ギルドと協力して、リューエル王国の精鋭が長期に渡って捜査を行った。その結果、ホッジス王国までは掴めたが、リューエル王国としてホッジス王国で大っぴらに捜査をする大義名分がない。無理を通せば敵に気取られる恐れもある。
その点、俺達は冒険者だ。国を跨いで活動する冒険者は珍しくない。現にレインは元々ファンザール帝国で活動していた。
「犯人を突き止めて欲しいとは言いません。我々が捜査に乗り出す為の証拠なり、何か大義名分を探し出して欲しいのです」
「出来るだけ協力したいですが、俺だけで決める訳にはいきません。皆と相談してからお返事しても良いでしょうか?」
「勿論じゃ。帰って来たばかりだと言うのに済まんな」
一応持ち帰って皆に相談する事に決めて王城を後にした。
「いいと思うぜ。ホッジス王国は冒険者が少ない割に強ぇ魔獣が多いって聞くしな!」
「おお! 腕が鳴るでござるな!」
その日の夕食の後、リビングにて皆に話を聞いてもらうと、レインとアビーさんが真っ先に賛成した。
いや、魔獣狩りに行く訳じゃないんだけどね。
「ホッジス王国か。久しぶりじゃのぅ」
「え、じいちゃんも行くの?」
「昔、数か月滞在した事がある。案内役が居た方が良いじゃろ? 少し体も鈍ってきたしの」
だから魔獣狩りじゃないんだってば。しかし地理を知っている人が居れば安心ではある。そうなるとパルを置いて行く訳にいかないなぁ。
「皆で旅行なんて楽しみね!」
「ホッジスは初めてだなぁ!」
何故か母様と義父様も行く気満々である。義父様なんか、ビッテル湖に行く時帝国領だからって渋ってなかったっけ? あ、その前に、旅行じゃないです。
ホッジス王国へ王城爆破未遂犯の手掛かりを探しに行く旅は、初めての家族旅行の様相を呈してきた。宿は「シュタイン商会」で押さえる、と母様が張り切っている。一応転移で毎日屋敷に戻って来るつもりだが、ダミーとしての宿泊先もあった方が良いだろう。
まずは少人数で先行して転移先を確定した方が良いな。正規に入国した方が後々問題にならないから、ベルナント共和国北東部、アナスタシアが管理している宮殿を起点に北へ向かい、皆を連れて行くのに良さそうな場所を探そう。
方針を決めたので、翌日からはホッジス王国行きの準備を行う事になった。