91 お帰り
SIDE:アロ
「アロ、よくぞ龍雷魔法を習得したな。見事だ」
「ありがとうございます!」
「さて、これで試練は終わったが……改めて言う。真の敵と相対する迄は出来るだけ龍魔法を使うな。特に龍雷魔法は隠しておけ」
「手の内を晒すなって事ですね」
俺の返事にクトゥルス様は満足そうに頷いた。
「その腕輪は持ってゆけ」
「弱体化の腕輪」は持って帰って良いそうだ。戦う時は忘れずに外さないとね。
「クトゥルス様、試練を授けていただいてありがとうございました。」
「うむ」
「あの……カリュウさん、スイリュウさん、フウリュウさん、ドリュウさん。それにヤミちゃんに……大変お世話になりました、とお伝えください」
「うむ」
これでもう二度と幽界に来る事もないだろう。最後に誰かと会えるかな、と思ったけどクトゥルス様以外は誰も居なかった。足元に金色の転移魔法陣が浮き上がる。
「何かあれば神殿に来るが良い」
「はい!」
魔法陣に足を踏み入れる。
「あと、ヤミをよ――」
え? 最後にクトゥルス様が何か言っていたような気がする……。ま、いっか。転移先は薄暗い祭壇の上。龍神の神殿である。
「おおっ!? アロ、帰って来たんだ!」
「メイビスちゃん、久しぶり! おっきくなったねー」
祭壇から降りて龍巫女のメイビスちゃんに挨拶をしていると、お腹の辺りに何か柔らかいものがポスっと当たった。
「アロ、お疲れ様なのです」
「え……ヤ、ヤミちゃん!? なんで!?」
「付いて来ちゃったのです!」
「来ちゃったって……いや嬉しいけども」
勝手に来ちゃったのかな? 後でクトゥルス様に怒られたりしない?
「こっちに来て大丈夫なの?」
「クトゥルス様に言ってきたから大丈夫なのですよ!」
じゃあいっか。……あれ、龍神様の眷属龍は幽界しか人化出来ないんじゃなかったっけ? それをヤミちゃんに尋ねると、ヤミちゃんは龍の姿に戻れないから地上でもずっとこのままらしい。つまり見た目七~八歳の可愛らしい女の子である。妹が増えた。
……妹と言えば、パルはどうしてるかなぁ。
「よし! 家に帰ろう。ヤミちゃん、一緒に行こうか」
「はい、なのです!」
メイビスちゃんに挨拶し、ヤミちゃんと手を繋いで王都の屋敷に転移した。懐かしい……二年経ったと思えない程、何も変わっていない。それがどうにも嬉しかった。裏庭から表の玄関に回って扉に手を掛けると、内側から勢いよく開いた。
「アロ兄ぃ!」
二年前より重みと鋭さを増したパルのフライング・アタックが腹に炸裂した。
「パル! おっきくなったね!」
「アロ兄ぃ、アロ兄ぃ、アロ兄ぃ!」
パルがぐりぐりと頭を腹に押し付ける。
「アロ様!」
「「主さま!」」
グノエラ、ディーネ、シルも飛び込んで来た。押し倒されないよう必死で足を踏ん張る。彼女達の歓迎のさまを、ヤミちゃんが後ろから見てちょっと引いていた。
「みんな、この子はヤミちゃん。試練の間にお世話に――」
「アロ兄ぃ、聞いて! ミエラ姉たちの帰りがおそいの! 何かあったかもしれないの!」
「――ミエラ達はどこ?」
「東の、国境の北に行ってるはず」
「分かった、ちょっと行ってくる」
俺は山越え警戒地点に向けて転移した。
SIDE:ミエラ
邪神の眷属、ケタニングが「強化魔人」と呼んだ十体の魔人は、彼が言う通り眷属に等しい力を持っているようだった。
奴らは両腕を交差すると体の前面を守る障壁を展開出来るようだ。障壁の強度は「絶対防御」に匹敵する。ただし、障壁を展開している間はその場から動けなくなる。
「アビーさん、威力『10』で射ってもいい?」
付近に町や村はない。この辺りなら多少地形が変わっても然程問題にならないだろう。
「ミエラ殿、頼むでござる」
「分かった。サリウス、魔法で後退させてくれる?」
「了解なのじゃ」
「アビー、ミエラが射ったら左右から回り込むぞ」
「承知でござる。コリン殿は二人を守って欲しいでござる」
「分かりました!」
コリンを中心に構えているミエラ達に、強化魔人が全方位から迫る。
「『爆風刃』!」
十体のうち八体がサリウスの魔法で数十メートル後退したが、二体は高く跳躍して魔法を避け、そのままこちらに向かって来た。
「上は任せて下さい!『神聖盾』!」
コリンが飛んで来る強化魔人の前に「神聖盾」を展開して跳ね返す。その時にはミエラが前方に離れた一体に向けて無属性・威力「10」の矢を放っていた。同時にアビーとレインが矢を追って飛び出す。
――ズゥゥウウウン!
ミエラの矢を受けた強化魔人は大きく吹き飛ばされ、両腕が消し飛んだ。アビーとレインはそこに追撃しようとしたが距離が離れすぎた為、別の一体に狙いを付ける。左右からグングニルとレーヴァテインが振るわれるが、そこに二体の敵が割り込み、攻撃を逸らされた。
「むう、連携までするのか!?」
「レイン、下がるでござる!」
強化魔人は強さを増したアビーとレインでも分が悪い。二対三では尚更である。両腕を剣のように変化させて激烈に繰り出される斬撃をギリギリで往なし、コリン達の所へ下がろうとする二人だが、そこへ更に二体が加わって来た。
一体はミエラが無属性・威力「3」で退け、もう一体はサリウスが「風刃」で行く手を阻んだ。仲間が近くに居ると大威力の攻撃を放てない。
アビーとレインは致命傷だけは避けているものの敵の攻撃が掠って傷が増えていた。余り血を流し過ぎると不味い。
「なかなか手応えのある敵でござるなっ!」
「ああ! だがアロに比べりゃあ――」
「「なんてことないっ!!」」
レインが気勢を上げてレーヴァテインを横薙ぎに払い、アビーは目の前の敵に「氷結」を放って刺突を繰り出した。少し距離が開くと矢と魔法の援護が入り、その隙に二人はコリンの所へ戻る。
戻った二人にコリンが「治癒」を掛けた。強化魔人達は変わらず少し距離を開けて全方位を囲み、攻撃のタイミングを窺っているようだ。
「決め手に欠けるな」
「一体ずつ倒すしかないでござる」
「どうやって一体ずつ引き離すか――」
レインとアビーが作戦を練ろうとした時、強化魔人達が大きく口を開いて、そこに明るい紫の光が集まり出した。
「『神の盾』!」
周囲から紫の燐光が迸りミエラ達に襲い掛かるのと、コリンが「神の盾」を展開したのはほぼ同時だった。ドーム状に五人を覆った障壁に燐光が当たり真っ白に弾ける。轟音と振動が間断なく続き、やがて光が収まると障壁の外は土埃で見えなくなっていた。
やがて土埃が晴れると、障壁の部分を残して周囲三十メートル程がクレーター状に陥没していた。
「やばかったな」
「コリン殿、助かったでござる」
「こんな隠し玉も持ってたのね」
防御、近接攻撃に加えて遠隔攻撃も持っていて、更に十体で連携して攻撃してくる強敵。上空に浮かぶ邪神の眷属は今の所何もして来ないが、存在するだけで威圧感があった。
「妾達は遊ばれているようじゃ」
「データがどうのと言ってましたもんね」
「全く厄介な――」
レインが溜息と共に愚痴を零そうとした時、強化魔人の後ろを影が走った。四体の首が一瞬で刎ねられてその場に崩れ落ちる。残った強化魔人が動く影に向かって一斉に飛び掛かった。光の線が幾筋も走り、残り六体がバラバラになって積み重なった。
「なっ!?」
次の瞬間、上空のケタニングが驚きの声を漏らし、地面に叩き落とされる。この数秒間に起きた出来事が信じられず、ミエラ達は口をあんぐり開けてポカンとしてしまった。
「やっぱ『絶対防御』は硬いなぁ。みんな、久しぶり!」
地面に這いつくばるケタニングの横に、アロが降り立った。
「アロ!?」
「アロ殿!」
「アロかよ!?」
「アロきゅん!!」
「アロ君!」
アロが五人に向かって笑顔を向けながら、使っていた剣を魔法袋に入れて別の剣を取り出した。それはドリュウが打った「フルンティング」である。
アロは十体の強化魔人を普通のロングソードで斬り裂いたのだ。二年間の試練の間に更に鍛え上げた魔力操作は、自身のみならず武器さえ強化するに至っていた。
「待たせてごめんね……それで、お前誰?」
「我は……ケタニング。イゴールナク様の眷属にして――」
アロは鞘から抜いた「フルンティング」を振るい、立ち上がったケタニングを「絶対防御」ごと袈裟懸けに斬り裂いた。
「なんだ、と……?」
「誰だろうと、仲間を襲った奴は容赦しない」
じゃあ何で聞いたんだ? と仲間達は少し思った。ケタニングは肩から脇腹にかけて斜めに両断され、その場に崩れ落ちた。
「アロ!」
ミエラが駆け寄ってアロに抱き着く。
「ミエラ! 会いたかった」
「私も! ……アロ、背が伸びたね?」
以前はあまり差が無かったのに、ミエラの顔は丁度アロの胸の辺りにあった。中性的で可愛いとも言えたアロの顔は、少し引き締まって男らしさが増している。空色の瞳がアロを見上げ、初めて見る角度にアロはドキッとした。
一方のミエラは、少しだけ身長が伸び、体の線に女性らしさが備わった。現に体を押し付けられているアロは、前はそれほど感じなかった膨らみにドギマギしている。
「……お帰り、アロ」
「ただいま、ミエラ」
他の仲間も近付いて来て「お帰り!」と声を掛け、アロの帰還を心から喜んだのだった。