89 アロの剣
ドリュウさんが俺の剣を作り始めて半年が経過した。その間俺は、高さ二十メートル、幅五十メートルの壁を作れるようになっていた。厚みも五メートルあり、試しに「灼熱線」を撃ってみたがかなり魔力を込めないと貫通しなかった。
「岩礫」は人間大の物を同時に百本、恐ろしい速度で撃ち出せるようになったし、「岩棘」は直径十センチ、長さ五メートル、鋼鉄くらいの強度のものを二百メートルの範囲で無数に出せるようになった。「泥沼」に至っては自分でも呆れるくらいの広さで展開でき、足を取る程度の深さではなく人間くらいならそのまま呑みこむくらいの深さになった。
十日に一度くらいのペースでドリュウさんが俺の魔法を見てくれるが、「ん、順調」としか言わないので本当に順調なのか分からない。
ついでと言っては何だが、火・水・風の龍魔法も合わせて訓練した。火と水を組み合わせた魔法も作れたし、水と風は掌握範囲を半径四百メートルまで拡大出来た。
「アロは頑張り屋さんなのです!」
ヤミちゃんはずっと一緒に居て、俺を陰ながら見守ってくれている。ヤミちゃんの闇魔法は人に教える事が出来ないらしい。俺も無理して教えてもらおうとは思わなかった。
この半年の間に、クトゥルス様が三回来てくれた。その度に仲間の様子を教えてくれる。ミエラは二か月に一度は必ず龍神の神殿に来てくれた。パルや他の仲間も交代で訪れてくれていた。
幽界に来てからもうすぐ一年と十か月になる。俺はもうすぐ十四歳だし、ミエラもそうだ。パルは九歳かぁ。大きくなっただろうなぁ。ミエラも大人っぽくなったのかな。早く皆に会いたい。
「コリンはもうそろそろ龍光魔法を習得するぞ」
クトゥルス様が満足そうに教えてくれた。コリンが龍神の試練を受けたと聞いて最初はびっくりした。龍光魔法だけと言っても、その習得は困難を極める筈だ。それでも途中で挫ける事無く、習得が目前であると聞いて自分の事以上に嬉しかった。
「あの、クトゥルス様」
「ん? どうした」
「つかぬ事をお聞きしますが……性別を変える魔法とかってありますか?」
「…………アロ、女に……なりたいのか?」
「ち、違います! 俺じゃありませんっ!」
「……済まぬな、お主の気持ちを知ろうともせず」
「だから違うってば!」
神様なんだから、俺じゃないって分かってるでしょうに。
「うむ、あるにはあるが……」
「あるんですか!?」
「対象にかなりの負担を強いる。下手すると命を落とすものだ」
「な、なるほど」
体を作り変える訳だから、それもそうだよな。
「もし本当に知りたいなら、ヤミから聞くが良い」
「ヤミちゃんに!?」
「うむ。ヤミ、アロが望んだら教えてやれ」
「承知したのです!」
こういったやり取りがあり、ヤミちゃんは「性別転換魔法」だけは俺に教えても良い事になった……なったのだが、まだ聞いてはいない。
俺が女になる訳じゃないけど、何と言うか、踏ん切りがつかないんだよね。コリンの口から直接聞いた事がないし、本当に女性になりたいのか、もしなりたいとして俺がそれに関わって良いのか……あと、最大の理由はコリンの命に関わるかも知れないという事。大切な仲間だから絶対に失敗は許されない。その責任の重大さに、ちょっと慄いているのだ。尻込みしているとも言う。
ドリュウさんが打ってくれている剣が完成したら、四属性の修行は終わる。そしたらヤミちゃんともお別れになるだろう。また会えるかも知れないし、ヤミちゃんだけじゃなくてお世話になった皆に会いたいけど……会えなくなる事を考えて、それまでに「性別転換魔法」を教えて貰うか決めなくちゃならないよね。
今日も龍土魔法の自主トレをしていたら、工房からドリュウさんが顔を出した。
「アロ、最後の仕上げ。来て」
「あ、はい」
工房に足を踏み入れると、台の上に一振りの剣が置いてあった。工房の中は暗い筈なのに、自ら光を発しているようだ。
「ん、我ながら会心の出来」
ドリュウさんから渡された剣をまじまじと見つめる。
「剣の銘は『フルンティング』」
「フルンティング」は、アダマンタイトの剣芯をミスリルとオリハルコンの合金で包んだ両刃のロングソードだった。剣身に顔を使づけると、内部に精緻な魔法陣がびっしりと浮かんでいるように見える。
「昔打ったレーヴァテインやグングニルに比べても良い出来」
「えっ!?」
「え?」
レインに渡したレーヴァテイン、アビーさんに渡したグングニルは、両方ともドリュウさんが作った物だったのか!
……散々魔改造しちゃったよ。どうしよう……。
俺はドリュウさんの前に正座して頭を床に擦りつけた。
「ドリュウさん、すみません! レーヴァテインとグングニル、改造してしまいました!」
「……別にいいけど?」
「へ?」
「持ち主が使いやすいように作り変えるのは当たり前。気にしない」
私が作ったものを勝手に弄りやがって、と怒られるのを覚悟したが、ドリュウさんはそういうタイプではなかったようだ。良かったー。
「で、最後の仕上げというのは?」
「ん。これにアロの魔力を流して欲しい」
「普通の魔力で良いんですか? クトゥルス様から授かる力じゃなく」
「普通のでいい」
「分かりました」
「フルンティング」の柄を握って軽く魔力を流すと剣身の魔法陣から淡い金色の光が溢れだす。魔法陣は俺が見た事のないものだ。
「ん、成功」
「これは……どんな効果があるんですか?」
「防御を切り裂く。『絶対防御』なら切り裂ける……筈」
「おぉ!」
それが本当なら凄い。フフン、とドリュウさんが無い胸を張った。
「後は鞘を作れば完成。明日には出来る」
「遂に完成するんですね! 本当にありがとうございます」
「ん。今日はご馳走作って」
「分かりました!」
いよいよか……。剣の完成は嬉しいけど、いよいよ「性別転換魔法」をどうするか決めないとならない。けど、実はもう心は決まっている。使うかどうかは別にして、魔法自体は教えてもらおうと思う。後でやっぱり教えて貰えば良かったって後悔したくないからね。
家に戻ってヤミちゃんに声を掛けた。
「ヤミちゃん、ちょっと良いかな?」
「どうしたのです?」
「例の『性別転換魔法』、教えてもらえるかな」
「そう言うと思って、もう用意したのですよ」
「用意?」
「はいなのです!」
そう言って、ヤミちゃんは一枚の紙を広げた。魔法陣が描かれている。
「こっちからクトゥルス様から授かった力を流して、性別を変えたい人はこっちに手を当てるのです」
「それだけで良いの?」
「簡単にしたのですよ」
ヤミちゃん曰く、クトゥルス様が言っていた「命の危険」は、魂が性別変更を本当に望んでいない時、稀に起こるそうだ。逆に魂と肉体が同じ性別になるような変更なら命の危険は殆どないらしい。
ただし、肉体改変に伴う激痛はどうしても発生する。あまりの痛みに気を失う程なので、安全な場所で横になって行うのが望ましいようだ。
「アロなら、本当に必要な人に使うと思うのです。それに、その人はきっと大切な人なのです。だから失敗しないように魔法陣を描いたのですよ」
「ヤミちゃん……本当にありがとう!」
初めて会った時の人見知りが嘘のように、ヤミちゃんは饒舌だった。ヤミちゃんの気遣いと俺への信頼が嬉しくて、思わず抱きしめてしまった。
「ひゃう!? ア、アロ!?」
「あ、ごめん!」
「いえ、いいのです……アロはお兄ちゃんみたいで、嬉しいのです」
体を離そうとしたら、ヤミちゃんがぎゅーっと抱きついてきた。
「実は俺も、ヤミちゃんのこと妹みたいに思ってるんだ」
「えへへ……」
あー可愛い。このまま連れて帰っちゃ駄目かな。
その晩はドリュウさんの為、そして明日でお別れになるであろうヤミちゃんの為にご馳走を作った。と言っても、魔法袋に入れておいたワイバーンのお肉を使っただけだが。シュミット料理長が作ってくれた煮込みを思い出しながら、少しでも近付けるよう頑張ってみた。それと定番のステーキ。魔法袋の中は時間が経過しないから、こういう時に助かる。
ワイバーンは竜種だからある意味共食いではと少し心配したが、ドリュウさんに言わせるとワイバーンは羽の生えたトカゲだそうで、食べるのに支障はないとの事だった。
「ん……トカゲの癖に美味しい。ほっぺ落ちそう」
「ほんっとに美味しいのです!!」
ドリュウさんは相変わらず無表情で、ヤミちゃんは満面の笑みで感想を言ってくれた。
食事の後は、ドリュウさんとヤミちゃんに引っ張られ、無理矢理一緒に風呂に入る事になった。
「人間にしてはアロは見所がある。妹になってやってもいい」
「アロはヤミのお兄ちゃんなのですよ?」
「仕方ない。じゃあ姉になってやる」
「わぁ! ドリュウちゃんがお姉ちゃんになったのです!」
きゃいきゃいと幼女二人が騒いでいる。また姉が増えたようだ。風呂から上がって三人で一つのベッドに入った。二人は小さいから狭苦しいという事もない。
ここへ来てもう一年十か月かぁ。
もうすぐ帰れるのは嬉しいけど、ここで出会った皆と会えなくなるのは寂しい。カリュウさんなんか、もう既に一年以上会ってないんだけどね。
四つの属性を習得したら、クトゥルス様が「雷」を教えてくれると言った。あの時は光と闇の属性から気を逸らす為かと思ったが、ヤミちゃんによると「龍雷魔法」はクトゥルス様が一番得意としている魔法で、天変地異クラスの強力なものらしい。
そんな魔法を習得出来るのか分からないが、興味は尽きない。
別れの物悲しさと、新たな魔法への興奮でなかなか寝付けず、気付いたら空が白みかけていた。