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88 土龍

 フウリュウさんと別れた翌朝。外に出てみると、十歳くらいに見える女の子が立っていた。朝日が当たる髪は赤茶色で艶々しているが、凄く眠そうな目をしている。眠いのかな?


「…………」

「あ、アロと申します。よろしくお願いします」

「……ドリュウ」


 ……そのまま一分くらい黙って向き合っていた。


「えーっと、『全ては土へ還る』みたいな言葉はないのでしょうか?」

「……無い」


 無いんだ。じゃあいっか。


「……アロの土魔法、見せて」

「はい、分かりました」


 拳大の鋭い礫を放つ「岩礫(ロックバレット)」、高さ三メートル幅十メートルの「土壁(アースウォール)」、地面から鋭く突き出す「岩棘(ロックスパイク)」、半径二十メートルを緩い泥にして足を取る「泥沼(クアグマイア)」。

 ドリュウさんはずっと眠そうな目で見ていた……見てたよね? 寝てない?


「……特に教えること、無い」

「え“っ」

「今のをクトゥルス様に魔力を捧げて使って」

「あ、はい」

「そしたらこんくらい出来るようになる」


 ズォッと重々しい音がして、五十メートル先に()()生え()()。高さは……よく分からない。ここら一帯が日陰になるくらいだ。幅は……五百メートルはあるだろうか。山と言ったが、これは壁だ。笑ってしまうくらい巨大な壁だった。


「すごい……」

「……実際、実戦ではこんなに要らない。十分の一でもいい」


 ドリュウさんが少しドヤ顔になった気がするが、恐らく気のせいだろう。


「これを練習してて。私はやる事がある」

「やる事?」

「ん。アロの剣を打つ」

「えっ!? 俺の剣ですか!? ドリュウさんが打ってくれるんですか?」


 四つ目の属性、龍土魔法を教えてもらうものだと思っていたのが、まさかの「自習」。そして剣を打ってくれるとは予想外だ。


「ん。クトゥルス様から言われた」

「そうなんですね……」


 返事をすると、ドリュウさんが俺の体をペタペタ触り始める。


「えっと?」

「筋肉の付き方を見てる」

「あ、なるほど」


 触る前に言って欲しい。


「アロ、剣振ってるとこ見せて」

「あ、はい」


 言われるまま、魔法袋からロングソードを取り出した。……剣を握るのは久し振りだ。幽界に来てから剣は触ってなかったからなぁ。

 感覚を思い出すように、ゆっくりと素振りを始める。この一年ちょっとで背も伸びたのでバランスが変わったみたいだ。剣の動きを体に馴染ませるように最初は意識して、次第に無心になって剣を振った。


 気が付くと随分長い時間剣を振っていたらしい。全身汗びっしょりになっていた。ドリュウさんはいつの間にか居なくなっていた。代わりに風呂の建物の隣に見慣れない石造りの小屋が建っていた。何アレ?


 その新しい建物に向かおうとすると、寝起きしている家からヤミちゃんがトテトテと駆け寄ってきた。


「アロ、汗かいたらお風呂に入るのです!」

「あ、はい」


 ヤミちゃんはあれ以来家に居て食事や寝起きを共にしており、何かと世話を焼いてくれるようになった。世話好きの妹みたいな感じだ。料理担当は俺だけどね。

 ヤミちゃんに背中を押されて風呂に行き、汗を流してさっぱりした。タオルや着替えも用意してくれていて頭が上がらない。


「ちゃんと水分も摂るのです」

「ありがとう、ヤミちゃん」


 適度に冷えた水の入ったコップを差し出された。至れり尽くせりである。


「ドリュウちゃんの所に行くのです?」

「あー、剣を振るのに夢中になっちゃって……いつの間にか居なくなってたから謝った方が良いかなって思って」

「いってらっしゃい、なのです」

「はい、いってきます」


 いってくる、という程の距離ではない。風呂を挟んで隣だ。しかしいつの間に出来たんだろう、この建物。


「ドリュウさん、居ますか……?」


 入口から遠慮がちに声を掛けると、木製の扉がガバッと開いた。


「いい所に来た。入って」


 腕を掴まれグイグイ引っ張られる。見た目十歳くらいの少女なのに物凄い力だ。


「さっきはすみません、夢中になってしま――」

「気にしてない。それよりこの二本だったらどっちが振りやすい?」

「え、もう出来たんですか!?」

「違う。いいから振ってみて」


 机の上に置かれた二本の剣は一見して同じ物。それをドリュウさんが押し付けて来るので、再び外に出て順番に振ってみる。長さは一メートル程でどちらも凄く軽い。柄の長さは二十センチくらいあるから両手で握れるが、片手でも軽々振り回せる。


「ん。こっち」


 俺には全然違いが分からなかったんだけど、ドリュウさんはコクコクと頷いて満足そう。


「あの、ドリュウさん? これは?」

「材質を変えて、簡単に見本を作ってみた」


 作ってみた? この短い時間で、二本も? 確かにまだ刃は付いてないが、研げば十分使えそうな剣だ。


「こっちはミスリルとオリハルコン、こっちはミスリルとアダマンタイト」


 それは、前世で世界中を探して集めたレーヴァテインやグングニルに使われている、伝説級の金属だった。それを「見本」で使ってしまうなんて。


「そ、そんな貴重な金属を……」

「問題ない。鉱石を生み出せるから」

「生み……出せる?」

「アロには教えられない。教えたらダメな大人になる」


 伝説級の金属の元になる鉱石をポコポコ生み出せたら……大儲け出来るだろう。働かなくても大金が転がり込んで来たら、そりゃあダメな大人になるだろうなぁ。眠そうな目に一瞬だけ真剣な光を湛えてそんな事を言われ、妙に納得してしまった。


「はい、聞きません」

「ん、いい子」


 ドリュウさんはそれだけ言って、また作業に戻ってしまった。近くに居ても邪魔になりそうなので、先程言われた通り、土魔法の訓練を行う事にする。

 ドリュウさんが作った巨壁は既に無くなっていた。あれの十分の一を作れるようになる事を当面の目標にしよう。





 これまでの三人と同じように、ドリュウさんも夕食を食べに来るだろうと思って三人分の食事を用意したのだが、予想に反してドリュウさんが来ない。もしかして俺、嫌われてるのかな……。


「ドリュウちゃん、多分忘れてるのです」

「忘れてる?」

「ドリュウちゃんは、集中するとそれしか見えなくなるのです。寝食を忘れる、というやつなのです」

「そりゃ大変だ。呼びに行ってくる」

「ヤミも行くのです!」


 とっぷりと日が暮れた外に出て二軒隣に小走りで向かう。木の扉を叩いて呼び掛けてみた。


「ドリュウさん! ご飯一緒にいかがですかー!」

「ドリュウちゃん、アロのご飯はとっても美味しいのですよ!」


 暫く待つが返事はない。ヤミちゃんも困ったような顔をしている。


「ドリュウさん、入りますよ……」


 扉を開けると、床にドリュウさんが倒れていた。


「ドリュウさん!? 大丈夫ですか!?」


 急いで横に膝を突き、体をゆすって声を掛けた。


「ふみゅぅ……むにゃむにゃ……」

「寝てるだけなのです」


 ドリュウさんは床で大の字になって寝てた。そのままにしておく訳にもいかないので、そっと抱きかかえて俺達の家に連れて行った。


「寝かせてた方が良いかな……?」

「食べなくても平気なのです。寝かせておけば良いのですよ?」

「そうだよね」


 余っているベッドの方にドリュウさんを寝かせて上掛けを掛けた。まだ出来立てで温かい食事は、一人分を魔法袋に入れておく。ヤミちゃんと二人で残りの夕食を平らげた。


 順番に風呂に入って、ヤミちゃんはいつものように俺のベッドに潜り込んでくる。そのまま一緒に眠った。


 翌朝。


「んぬあぁぁあああー!?」


 絶叫で目が覚めた。


「あ、ドリュウさん。おはようございます」

「…………おはよ」


 見知らぬ場所で目が覚めて、びっくりしたらしいドリュウさん。すぐに冷静さを取り戻すなんてさすがだね。


 聞けば、昨日は調子に乗って稀少鉱石を沢山生み出した為、魔力枯渇に陥ったらしい。


「おかしい。あれくらいで枯渇するとは」

「あの、人化してるからじゃないですか?」

「…………それだ」


 人化していると能力が十分の一になるってカリュウさんが言ってた。それを忘れていつもの調子で鉱石を生み出してたんだろう。ドリュウさんはちょっと抜けてるのかも知れない。


「ん……起きたのです?」

「…………ヤミ。お前アロと寝てるのか」

「そうなのですよ?」

「そうか」


 相変わらず眠そうな目で、表情も乏しいから何を考えてるか分からない。だけど、昨日の夕食を魔法袋から出したら物凄い勢いで食べ始めた。


「……アロ、今夜もご飯作って欲しい」

「いいですよ。ただし、無理はしないで下さいね?」

「ん。分かった」


 そう言って、ドリュウさんは工房に向かった。工房というのは昨日新たに出現した建物の事だ。ドリュウさんが魔法で作ったらしい。


 取り敢えず、料理は気に入ってもらえたようで良かった。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

今話で30万文字を超えました。これもお読み下さっている読者様のお陰です。

完結まで頑張ります!

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