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83 龍水魔法の真髄

 早くも三か月が経った。


 その間、色々と出来るようにはなった。生み出した水に色を付ける。植物の育成を促進する成分を添加する。毒性を付与する。

 空気中の水分に自分の姿を投影して鏡像を作ったり、グノエラとディーネがやったように水像の分身体も作れるようになった。


 戦術の幅は広がったと思うが、こういうのは全部小手先の魔法だろう。あ、水素爆発も試してみたよ。あれは周辺の被害が大き過ぎて使い物にならないと思う。


 時々クトゥルス様がやって来て、神殿に来たミエラの様子を教えてくれる。もう九か月も経ったから、忘れてしまわれそうで心配だ。クトゥルス様はそんな気持ちを理解してミエラの事を伝えてくれるのだろう。


「アロも色々出来るようになりましたから、今日は一つ龍水魔法を見せましょう」


 助かります。そういうの待ってました。


「お願いします。正直、ちょっと行き詰っていたので」


 俺の言葉に、スイリュウさんは小首を傾げる。


「アロの龍水魔法は面白いですよ?」

「でも攻撃力はないですよね」

「……? 攻撃力が欲しいのですか?」

「え?」

「え?」


 もしかして、ずっとすれ違ってたのか?


「……邪神や眷属を倒す為に龍魔法を学んでいますので」

「それならそうと早く言えば良かったのに」

「……すみません」

「いえ、気が付かなかった私にも落ち度があります。申し訳ありません」


 なるほど。スイリュウさんは龍水魔法の「可能性」について教えてくれてたんだもんな。ちゃんと「倒したい敵がいる」って伝えなきゃ駄目だったんだな。


「純粋な攻撃力という意味では、龍水魔法はあまり役に立ちません」

「えっ? そうなんですか?」


 そうは思えないけど。最初に魔獣達の頭チョンパを見たし。


「弱い敵ならそれなりに有効ですが、相手が神ともなればどうしても補助的にしか使う場面がないでしょう」


 少し悲し気な顔をしたスイリュウさんが、「例えば」と言いながら右手を振る。すると少し離れた所にヒュージワイバーンが現れた。あの、これっていつの間に用意してるんですか?


「森羅万象の(ことわり)から生まれる水よ、我が求めに応じてその動きを止め凍てつけ。『極氷(きょくひょう)』」


 その瞬間、こちらに飛び掛かろうとした姿勢のままでヒュージワイバーンが固まった。表面は凍っていないので、まるで時間が止まったかのようだ。


「これは内側だけ凍らせたのです。このように動きを止めて――」

「すごいっ! すごいですよ、スイリュウさんっ!」


 俺が手放しで褒めると、スイリュウさんは「ぅぅ……」と言いながら顔を真っ赤にして俯いた。


 体長十五メートルの巨体を瞬時に凍らせる威力もさることながら、今の「極氷」はヒュージワイバーンの()で発現した。外から冷気を当てたのではない。直接内側で魔法が発現したのだ。言い方を変えると体内の水分に直接干渉していた。魔力の流れを観察していたが、スイリュウさんからヒュージワイバーンへ流れる魔力は見えなかった。


「離れた場所の水分に直接魔力を転送した?」

「アロさん、さすがです。イメージとしてはそれに近いです」


 照れから復活したスイリュウさんが説明してくれる。


「龍水魔法は水に干渉する魔法だと言いました。言葉を変えると、自分の掌握範囲にある水分に直接魔力を乗せる事が出来るのです」


 説明してもらったけど余計分からない。


「……簡単に言うと、半径一キロに存在する水分は、全て私の意のままです。これが龍水魔法なのです」

「……」


 あまりの驚愕に声が出なかった。


 龍水魔法とは個別の現象を指す魔法ではなかった。頭チョンパや氷漬け、姿や声を消したりする現象はあくまで結果でしかなく、それらを実現する「水への干渉」そのものが龍水魔法だったのだ。俺がやっている事が小手先に感じられるのも道理である。


「……つまり、龍水魔法の鍛錬は、その掌握範囲を広げる事ですか?」

「その通りです。アロは今……半径十メートルくらいですね」


 スイリュウさんは、意識せずとも半径一キロメートルを掌握しているらしい。龍水魔法として意識すると、その半径は五キロに及ぶと言う。……今の俺の五百倍だよ。

 ただし龍の姿に戻っても、その範囲はあまり変わらない。どうやら魔力量とは関係ないみたいだ。

 スイリュウさんの掌握を防ぐには、範囲に入る前から結界で自分を覆わなければならないそうだ。要するに範囲に入ってから結界を張っても意味がないって事だね。


 邪神の眷属が使う「絶対防御(アポリトスアミナ)」、あれは常時発動ではない。邪神も恐らく同じだと思う。


「……十メートルか」

「最低でも百メートルは欲しいですよね?」

「いえ二百……いや三百は必要です」


 皆を確実に守りながら、邪神とその眷属に対峙するならそれくらい必要だと思う。


「では今日から掌握範囲を広げる事に全力を注ぎましょう」

「はいっ!」


 掌握範囲を広げるのは物凄く地味な訓練だった。草の上に胡坐をかいて目を閉じる。クトゥルス様に魔力を捧げ、代わりにクトゥルス様の力を借り受ける。それを体外に押し出して薄く広げていく。薄く薄く、どこまでも広げていくイメージ……。


「……ぷはっ!」

「体外に力を押し出すより、自分を空気に溶け込ませるイメージが良いかも知れませんよ?」

「な、なるほど?」


 自分の体が周囲と一体になって溶けていく……自分の存在が希薄になり、周囲の一部となって拡散していくイメージ……。


「……ぐはっ!」

「アロさん、その調子です。今のは十二メートルくらいになっていました」


 ……前途多難だな、こりゃ。





 来る日も来る日も龍水魔法の掌握範囲を広げる訓練。ずっと同じ事をしていても効率が悪いという事で、午前中はオリジナルの龍水魔法を試し、午後に範囲を広げるというルーティンを確立した。


 伊達に二歳から魔力操作の訓練を続けていないよ? どれだけ地味な訓練でも、その大切さと結果が分かっていれば続けられる。スイリュウさんの力を見れば自ずと頑張れるってものだ。


 こうして、スイリュウさんと出会って半年が経った頃。


「やりましたね、アロさん! 遂に三百メートル達成ですよ!」

「ありがとうございます! これも全部、スイリュウさんのおかげです!」


 ようやく目標としていた半径三百メートルの範囲を龍水魔法で掌握出来るようになったのだ。


「料理と風呂は名残惜しいですが、私が教えるのはここまでです」

「いつかまたお会い出来たら、もっと美味しい料理をご馳走します」

「フフフ。楽しみにしていますね」

「はい! 今日までありがとうございましたぁ!」


 俺は腰を九十度曲げてスイリュウさんに頭を下げた。カリュウさんとは違う角度から、龍魔法についての大きな気付きを与えてくれた人だったなぁ。二人とも一度も怒ったりせず、進まない歩みを辛抱強く見守ってくれた。二人とも俺の師匠だ。


 顔を上げるとスイリュウさんの姿はなかった。なんだか酷く寂しい。

 幽界に来てもう一年が過ぎた。ミエラと母様とパルと他の皆に会いたい。


 トボトボと家に帰ると、キッチンのテーブルにスイリュウさんが座っていた。


「あれ!?」

「最後に料理を振る舞ってもらっても、罰は当たらないと思いますよ?」

「もちろんです!」


 食材庫を確かめると、またしっかり補充されている。トマトを始めとした野菜とサーモンっぽい魚の大きな半身、バターを取り出す。


 スイリュウさんが気に入ってくれた、俺特製スープの素とトマト、たっぷりの野菜を使ってスープを作る。温野菜のサラダも忘れずに。

 スープがほぼ出来上がったらサーモンっぽい切り身を焼いていく。バターを溶かし、塩胡椒と香草で下味を付けた切り身にじっくり火を通す。皮はパリッと、身はホクホクなるように細心の注意を払った。


 出来上がった料理と、フワフワの白パンを皿に盛って出す。


「スイリュウさん、出来ましたよ!」

「アロさんの料理はいつも美味しそうですね!」


 最初の夜みたいに「美味しい!」と言いながら食べてくれるスイリュウさんを見ていると、寂しさが少し薄れたような気がした。


「スイリュウさん、先にお風呂どうぞ?」

「今日はアロさんと一緒に入りたいです。最初みたいに」

「ぅ……分かりました」


 後片付けを手早く済ませ、スイリュウさんが先に入っている風呂に入った。師匠の言う事だから聞かなきゃならない。断じてやましい気持ちはない。ないったらない。


「アロさん、大きくなりましたね」

「えっ!?」


 思わず股間を隠す。


「この半年で随分身長も伸びました。魔力も増えています」


 あ、そっちですか。そうですよね。


「アロさんの成長を嬉しく思うのは……これはどういう気持ちなのでしょう?」

「母とか姉のような感じでしょうか……?」

「これが……なるほど。では私の事は姉と思ってもらって構いません」

「は、はぁ」

「私もアロさんを弟と思います」


 姉が増えた。


「スイリュウさんは、師匠で(ねえ)様ですね」

「アロさんが望めばいつでも会えます。忘れないで下さいね」

「はいっ!」


 濃い湯気はスイリュウさんが出してくれていたのだろうか。涙が流れる所を隠せたので良かった。

またまたブックマークして下さった読者様、ありがとうございます!

拙い作品ですが、楽しみにして下さる方がいらっしゃるとやる気が溢れ出します!!

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