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82 水龍

「ありがとうございましたぁ!」

「おう、よくやったな! 次は水龍か…………まぁ、頑張れよ」


 龍炎魔法、ようやくカリュウさんのお墨付きを得られた。ここまで半年も掛かっちゃったよね……。龍魔法について色々と気付きを与えてくれたカリュウさんには本当に感謝している。

 してるんだけど……水龍か、の後の間は何? すっごい気になるんだけど。


 翌朝、寝起きしている建物から外に出てみると女性が立っていた。


「はじめまして、アロさん。スイリュウと申します」

「はじめまして、アロと申します。よろしくお願いします」


 身長百七十センチくらい、ディーネのような空色の髪は肩の長さ。肌は透き通るように白く、金色の瞳は冷たい雰囲気を放っている。

 二十代半ばくらいに見える美人さんだが、厳しい教師という感じ。メガネが似合いそう。


「アロさん、初めにこれだけは言っておきます。『全ての命は水より生まれ、水に還る』」

「全ての命は水より生まれ、水に還る。はい、覚えました」


 このくだり、カリュウさんともやったな。


「火龍のバカからお墨付きを得たという事は、龍炎魔法については理解したと思います」

「あ、はい」


 サラッと悪口言った。


「龍水魔法は龍炎魔法のように単純ではありません」

「はい」


 龍炎魔法、難しかったです……あれより難しいんでしょうか。


「水の魔法と言ったら、アロさんはどのような物を思い浮かべますか?」

水球(ウォーターボール)水槍(アクアランス)水刃(アクアブレイド)などでしょうか?」

「ふむふむ、予想通りです」


 メガネ掛けてたらクイッってする所だよね。掛けてないけど。


「ということは、龍水魔法はそういった魔法とは違う、ということですね?」

「察しが良くて助かります。では実例を見せましょう」


 そう言ってスイリュウさんが右手をひらりと振ると目の前に五体の魔獣が現れた。


「「「「「グルゥゥゥゥゥ……」」」」」


 ペオリオス・コング、タイラントベア、ブラックオクトボア、アイアンサーペント、ヒュージワイバーン。小さいもので四メートル、大きいもので二十メートルを超える。そいつらが、俺の姿を認めると口から涎を垂らして唸り始めた。


 ……ここにはスイリュウさんもいるよ?


 俺は咄嗟に龍炎魔法を放とうとした。


「森羅万象の(ことわり)から生まれる――」

「『膨張(エクスパンション)』」


 俺の魔法を遮ってスイリュウさんが何かを唱えた。すると、今にも飛び掛かって来そうな魔獣達がまるで気絶したかのようにその場に頽れた。


「龍水魔法とは、水に干渉する魔法です」

「はい……」


 …………えっ? さっきの魔法の説明なし? スイリュウさんは、今の説明で全て分かっただろう、とちょっと満足そうである。

 俺が理解していない雰囲気を察したのか、改めて説明してくれた。


「……今のは、魔獣の脳に含まれる水分に干渉し、膨張させて脳を破壊しました」

「なっ!?」


 こわっ!? 滅茶苦茶こわっ!?


「まぁ生物にしか使えませんが」

「恐ろしい魔法ですね……」


 カリュウさんの龍炎魔法も凄い威力だけど、目で見えるから避ける事が出来る。でも今のは全く見えなかった。見えなければ避けられない。スイリュウさんの気持ち一つで、俺の脳みそも「ポン!」ってやられちゃうって事でしょ? 恐ろしい。


 怖がっている俺を見てスイリュウさんがドヤ顔になった。


「今の魔法はほんの一例です。結界で簡単に防がれますし」

「そ、そうなんですね」


 ずっと結界張っとこうかな……。


「地上の水魔法の常識は捨てて下さい。『水に干渉する』というのがどういう事か、その可能性については分かったと思います」

「はい、物凄く分かりました」


 人体の六十パーセントは水分って言うし、それを自由に操れるとしたら対人戦では最強だよね。怖すぎて使う気になれないけど。


「そう言えば、この魔獣達はどこに居たんですか?」

「ああ、それは空気中の水分を使い光の屈折を利用して隠蔽していたのです。こんな風に」


 言い終わるとスイリュウさんの姿が消えた。


「私の後ろの景色を透過しているのです。良く見たら違和感があるでしょう?」


 スイリュウさんが居た場所から声は聞こえる。目を凝らして見ても違和感はない……が、魔力を極薄く纏っているように感じる。


「因みに音を消す事も出来ます」


 途端に俺の周囲が無音になった。さっきまでは風が草を揺らす音、小さな虫や動物が草の間を動き回る音がしていたのだな、と改めて気付く。なるほど、音も消していたから魔獣達の気配が分からなかったんだね。


「空気中の水分に干渉すると、他にもこんな事が出来ます」


 姿を現したスイリュウさんが右手を振ると辺りが靄に包まれた。視界が真っ白になる。靄が急激に消えて気温が下がり、小さな氷の粒がキラキラと陽光を反射する。


「すごい……」

「まぁいずれも子供騙しですね。さて、アロさんならこの力をどのように利用しますか? 生物ではない敵の場合です」


 それはつまり、邪神の眷属や邪神そのもの、という事だよな。


「あの、スイリュウさん。龍水魔法は水そのものを生み出さないのですか?」

「生み出せますよ」


 呼吸をしているかも怪しい相手を水に閉じ込めても仕方ないし……。


「デカい氷塊をぶつける? 高圧に圧縮して穿つ?」

「そういうのも良いですね。ですがそれらは地上の魔法でも出来ると思います」

「……水を分解する事も出来ますか? 水素と酸素に」


 俺の問いに、スイリュウさんは目を丸くした。


「アロさん、良いです! 水に干渉するというのは正にそういう事なのです!」


 何かがスイリュウさんの琴線に触れたみたい。


「アロさんは博識ですね。水が水素と酸素の結合体である事を知っているとは」

「あー、前世でエルフ族から教えてもらったのです」

「気体の水素を酸素と混ぜるとよく燃えます。これを密閉した場所で行うと爆発現象になります」


 そこまで行くと全然「水」魔法と関係ない気がする。


「点火するのに『火』を使うのが癪ですが、なかなかの威力ですよ?」


 水素の発火点は高いからな。確か527℃だったと思う。自然に発火する事はまずない。それなら火を使って点火するのが手軽だろう。


「スイリュウさんは火の魔法も使えるのですか?」

「使えますが、あまり好きではありません」


 おぅ。好き嫌いの問題か。だとすると、水素爆発だけが答えじゃなさそうだ。


「他にもあるんですね?」

「もちろんです。焦らずにゆっくりと答えを出していきましょう」


 あまりゆっくりしたくないんです……早くミエラや他の皆に会いたいので。


 龍炎魔法で分かった事だけど、龍魔法っていうのは自由だ。自由過ぎて決まった形というものがない。カリュウさん、そしてこのスイリュウさんも、誰かの真似をするのではなく俺だけの龍魔法を会得して欲しいようだ。つまり新たな龍水魔法を作り出す事を期待されている。いや、強いられると言った方が適切かな。


 だから、スイリュウさんはあまり魔法を見せてくれない。尋ねたらヒントはくれるだろう。でもあくまで自分で答えを出さなければならないようだ。最初からバンバン「豪炎」を見せてくれたカリュウさんとは違うみたい。


「今日はここまでにしましょう」

「はい。明日もよろしくお願いします!」





「やっぱりスイリュウさんも地上の料理に興味が?」

「はい。人化すると味覚が鋭くなるのです。この機会に料理を味わいたいのは当然だと思いませんか?」

「……思います」


 カリュウさんの時と同じく、初日から料理を振る舞う事になった。


「何ですかこれはっ! 何なのですかこれはっ!!」


 えーと、鶏っぽいお肉の香草焼きとギガントイールの骨から出汁を取ったスープですね。


 冷淡そうなスイリュウさんが、少し頬を上気させながら料理をパクついている。時々目を瞑って天井を仰ぎ、味を噛み締めているようだ。語彙力はとっくに消滅している。不覚にも可愛らしいと思ってしまった。


「地上ではこんなに美味しい物を食べているのですか!?」

「あ、いや、俺の料理なんてプロの料理人に比べたら全然ですよ」

「なっ!?」


 シュミット料理長の料理は絶品だもんなぁ。ああ、早く帰って食べたい。


 ところで、幽界に来てから自分で食材を用意した事がない。魔法袋から出したのは調味料くらい。外で龍魔法の鍛錬を終えて家に戻ると、いつも食材が補充されている。まさかクトゥルス様自ら補充してくれているとは思えないので、まだ会っていない誰かがこっそりやってくれているんだろうと思っている。


「とても美味しかったです」

「お粗末様でした」

「では明日」

「はい、おやすみなさい」


 スイリュウさんの背中を見送り、片付けをして隣の建物に風呂に入りに行く。


「あ“あ”ぁぁぁ……」


 湯に浸かると思わず声が出た。今日は大して体を動かしてないけど疲れていたようだ。主に精神的に。


「人間はそのように声を出すものなのですか?」


 ちゃぷん。大量の湯気の向こうから水音がして、スイリュウさんの声が聞こえた。


「ス、スイリュウさん!? 何で居るんですか!?」

「この『風呂』というものに興味があったのです」

「いや、それは良いんですけど、一緒に入るなんて」

「アロは嫌ですか?」

「い!? 嫌じゃ……ないですけど」


 龍とは言え綺麗な女性の姿。眼ぷ……ゲフンゲフン、目に毒だよね。


「それにしても、ただの水を温めて身を沈めるだけなのに、こうも気持ちが良いのですね。目から龍の鱗です」


 目から落ちるにはデカすぎるでしょ……もしかしてドラゴン・ジョーク?


 ずっと背中を向けているので、スイリュウさんがどんな顔をしているのかは分からなかった。せっかく風呂でリラックスしたかったのに全然出来なかったよ。もし明日からも入るって言ったら、時間をずらしてもらおうと固く誓った。

ブックマークして下さった読者様、誠にありがとうございます!

目から汗が迸ります!!

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