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81 その頃ミエラ達は

 アロがカッコイイ龍炎魔法の開発から脱して実践向けの開発に勤しんでいる頃、ミエラ達は咢の森に来ていた。同行者はアビー、レイン、サリウス、コリンの四人である。


 アロが龍神の試練を受けて早五か月以上。ミエラはひと月に一回の頻度でサリウスと一緒に龍神の神殿に赴いている。龍巫女でサリウスの姪であるメイビスが、アロの様子を教えてくれるのだ。会えないと分かっていても、アロが元気で頑張っている事を確認するのはミエラにはとても大切だった。


 マルフ村近くの森でハンザに保護されて以来、ずっと一緒に居たアロ。近くに居るのが当たり前でいつも存在を感じて安心する事が出来た。これほど長く離れたのは勿論初めてだ。それはアロにとっても同じなのだが、ミエラは寂しくて仕方なかった。


 いつ帰って来るのだろう? 私の事、忘れていないだろうか? このままどこか遠くへ行ってしまったりしないだろうか?


「ミエラ殿! そっちへ行ったでござる!」

「あっ」


 後方の樹上に陣取っていたミエラは、瞬時に頭を切り替えてミストルテインを構える。自分の魔力だけを使って魔力矢を生成し、巨大な猪の魔獣、ブラックオクトボアに向けて放った。矢は一瞬で魔獣の眉間に吸い込まれる。八本の足をもつれさせて横倒しになり、勢いそのままにしばらく地面を滑って止まった。


 アビーとレインは前方で、それぞれ別のタイラントベアと相対している。四メートルの巨体に加え、背中からも二本の腕が生えた青っぽい熊の魔獣だ。

 異常に発達した爪は短剣並みの切れ味と強度を誇り、背中の腕は死角から想定外の軌道で攻撃してくる。大木を軽々とへし折る膂力に人を遥かに上回る素速さ。ゴールド・ランク冒険者が五人以上のパーティを組んで臨む事を推奨されている魔獣だ。


 そんなタイラントベアを、アビーとレインは武器に慣れる為の()()()にしていた。


 残像が見える程の爪撃をグングニルで弾く。レーヴァテインで往なす。強力過ぎる武器なので模擬戦では使えない。貴重な実戦経験をなるべく長引かせるために、二人ともタイラントベアを出来るだけ傷つけないように戦っている。


 ここは、かつてアロと二人で訪れた時にワイバーンと遭遇した所より、更に森の深層に分け入った場所だ。


 コリンとサリウスは後衛として後ろの警戒に当たっている。タイラントベア二体の気配に、それより弱い魔獣はあまり近付いて来ないが、先程のブラックオクトボアのように空気を読まずに突撃してくる奴も居る。そんな相手はサリウスの魔法とミエラの弓で交互に倒している。コリンは本当に危なくなった時に神聖魔法で障壁を張ったり、治癒を施したりする役目だが今のところ全く出番がなかった。


 無尽蔵の体力を持っていそうなタイラントベアだったが、さすがに三十分も打ち合っていると動きが悪くなる。これ以上は訓練にならないと感じたアビーとレインは、ほぼ同時に眼前のタイラントベアを倒した。


「まあまあでござったな!」

「いい汗かけたぜ!」


 アビーがアロから預かった魔法袋に二体のタイラントベアを収容する。アビーとレインの二人が居るから、森の進行速度が異常に速い。ミエラは華奢に見えて結構鍛えられているが、サリウスとコリンは付いていくだけでぶっ倒れそうである。


「今日はもう少しだけ奥に行ってから帰ろうぜ」

「分かったでござる!」

「いいわよ!」


 アビーと木の上から飛び降りたミエラはレインの提案に答えるが、サリウスとコリンは既にうんざりしていた。森に入って三時間。という事は、帰りもそれくらいかかるのだ。単に森の中を歩くだけでも疲れるのに、周囲を警戒しなければならない。その上、元気な三人は歩くのではなく走るのだ。


「……サリウスさん、この人達ってほんとに人間ですか……?」

「わ、(わらわ)はそう思っておったが……違うかもしれんのじゃ」


 ミエラ達は週に五回程度、この咢の森とワイバーンの狩場で鍛錬に励んでいるが、サリウスとコリンは初めて同行した。そして、もう二度と同行したくないと思っている。


 レインが先行して十分程経った頃、突然足を止めた。


「警戒!」


 レインの一言で緊張が走る。タイラントベアが出た時でもこれほど真剣な顔をしていなかった。アビーとレインは目と耳に全神経を集中させ、ミエラは手近な木に登って太い枝の上でしゃがんだ。コリンはいつでも障壁を展開できるよう意識を研ぎ澄まし、サリウスは魔力を練り上げている。


 鳥の鳴き声や小動物の気配が消えた。と同時に木々が折れる音が届き、それが恐ろしい勢いで近付いて来た。

 次の瞬間、十メートル以上ある樹冠の上に、刺々しい爬虫類の顔がいくつも現れた。


「「「「キシャアアアアー!」」」」

「ヒュドラだ! こいつは……頭が二十はあるぞ!」

「武装制限解除! ミエラ殿は無属性で頼むでござる!」

「「応!」」


 多頭蛇(ヒュドラ)と呼ばれる魔獣は頭の数で脅威度が変わる。その数は二つから、記録にある最も多い数で百を超えていたとある。ただし、頭が十以上ある個体は全て「災害級」として扱われる厄介な魔獣だ。

 猛毒と酸、個体によっては炎や氷のブレスも吐く。その上全ての頭を潰さなければ再生する特性を持っている。


「ミエラ! 真ん中辺りを頼む!」

「分かった!」

「俺が左に行く! アビーは右を!」

「了解でござるよ!」


 災害級の魔獣に嬉々として突撃するレインとアビー。彼らが到達する前に、ミエラの矢が三つの頭を吹き飛ばす。コリンは神聖障壁を張り、サリウスと共に後方で待機する。サリウスはその間に極大魔法の準備を始めた。


 魔力を流して炎を纏わせたレーヴァテインが二つの首を同時に刎ねる。穂先から雷を迸らせ、グングニルが三つの頭を続けざまに貫いて炭に変える。その間にもミストルテインの矢がヒュドラの頭を爆散させていく。


 猛毒と酸が降り注ぎ時折炎のブレスも降って来るが、レインとアビーは意に介さず次々と頭を潰していく。しかし全部で二十三ある頭は、失った傍から再生して埒が明かない。


「退がるのじゃ!」


 サリウスの声に、レインとアビーが大きく後ろに跳躍した。コリンも障壁を解除する。


「『爆風刃(ウェントゥス)』!」


 サリウスの前に三つの魔法陣が横並びに描かれ、直後に風の刃が発射された。周囲の木々を真っ二つに斬り裂きながら進み、ヒュドラに到達する。それは首の根本付近に直撃し、全ての首が胴体から離れた。


 ドサドサと首が地面に倒れる。レイン、アビー、ミエラの三人は警戒を緩めずにヒュドラを見守る。しばらくして、レインがふぅ、と息を吐いた。


「サリウス、さすがだな!」

「いい魔法でござった!」

「やるわね!」


 三人から褒められてオロオロするサリウスの脇をすり抜け、コリンがレインとアビーに近寄る。


「『解毒(デトックス)』、『治癒(ヒール)』!」


 毒と酸、炎まで浴びた二人に神聖魔法で解毒と治癒を施す。コリンの魔法を信頼しているから、二人はヒュドラに専念出来たとも言える。


「助かったぜ、コリン」

「かたじけない」


 大物との遭遇で十分満足したので、一行はベイトンの街へ向かった。





「あら、ミエラちゃん! 久しぶり!」


 約一年ぶりに訪れたベイトンの冒険者ギルドでは、受付のノエルから声を掛けられた。


「ノエルさん、久しぶり」

「ミエラちゃん、ますます可愛くなったねぇ」

「そ、そんなことない」


 ミエラは顔を赤くして照れた。


「フフフ。今日はアロ君と一緒じゃないの?」

「アロは……今遠くに行ってます」

「そうなんだ……それで今日はどうしたの?」

「えっと、咢の森にヒュドラがいたので報告に」

「な、なんですって!?」


 ノエルが大きな声を出したので、ギルドに居た冒険者達が何事かと注目した。


「あ、でも倒して来ました」

「ちょっとギルマス呼んで……今何て言った?」

「倒しました、みんなで」

「はあー!?」


 災害級の魔獣が居たともなれば、他の冒険者の安全の為にもギルドへ報告する義務がある。その為、ミエラ達は態々ベイトンのギルドまでやって来たのだ。


 ノエルは慌ててギルマスのヴィンセント・ランドルフを呼びに行き、ミエラ達は彼と共に併設された解体場へ移動した。


「おや、ミエラじゃないか! 元気だったか?」

「ガストンさん、久しぶり。元気だよ」


 解体場の責任者、ガストンと気安く挨拶を交わす。


「そりゃ良かった。で、今日は何を持って来たんだ?」

「色んな魔獣とヒュドラ」

「へ?」

「取り敢えず全部出すね」


 ミエラとアビーが魔法袋から今日の成果を出す。


「こりゃ……とんでもねぇな」


 山のように積まれた魔獣の骸を見て、ギルマスのヴィンセントが呆れたように呟いた。


「おい、これはヒュドラか!?」

「うん」


 ガストンは凶悪な顔をした首を両腕で抱えてミエラに尋ねた。


「これ何本あるんだ……」

「二十三本だったよ」

「二十三……」


 ヴィンセントはミエラと一緒に居る者達を見る。アビーの事は良く知っている。見た目からは想像もつかない実力者だ。だが、それ以外はミエラ、可愛らしい女の子、スタイルの良い女性、ぶすっとした男……男はかなりの実力者に見えるが、それ以外はとてもヒュドラを倒せるようには見えない。それも災害級のヒュドラを。


「私達、もう帰らないといけないから、明細を受け取るのは次来た時でいい?」


 状況に頭が追い付かないヴィンセントは、ミエラの声に「ハッ!?」と正気を取り戻した。


「お、おう。素材の買取金は先にギルドの口座に入れとく。アロのでいいか?」

「うん、それでお願い。ヴィンセントさん、ガストンさん、またね」


 もう日も暮れたが、ミエラ達は咢の森近くに設置した転移魔法陣に移動する。王都の屋敷に帰らないと皆心配するのだ。

 四人と一緒に歩いているのに、ミエラはやはり寂しい気持ちになる。月が顔を出し、星が煌めき始めた夜空を眺めながら、アロも同じ空を見ているのかな、と思いを馳せるのだった。

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