80 大きな気付き
「幽界」に来て早くも一か月半が経った。龍魔法を習得する気配が微塵もない俺に対し、カリュウさんは苛立つ事もなく、来る日も来る日も「豪炎」で突撃してくれている。しかし俺の方は相当な焦りを募らせていた。避けるのは上手くなったけども。
「なぁアロ」
「はい」
「お前、なんでずっと避けてんの?」
「え?」
当たったら死にそうだからですよ。
「もうそろそろイケるだろ。こう、真正面から、ズバッと受け止めてみろや」
「いやいや、無理ですよ!」
「大丈夫だって。障壁張れるよな?」
「魔法障壁」では防げない予感をひしひしと感じている。カリュウさんが突っ込んでくる速さを考えると多重展開する時間も足りない。
「『魔法障壁』では防げないと思います」
「ん? 『神聖盾』使えるだろ?」
「アス……何ですか?」
「あれ? もしかして知らねぇの? こういうやつ」
カリュウさんの前に金色に光る魔法陣が現れた。体を覆って余りある程大きい。魔法陣が消えると、巨大なラウンドシールドのような、薄く金色に光る「壁」が出現する。
今見た魔法陣の記述には見覚えがある。神殿の祭壇で見た転移の魔法陣、それにコリンが使う神聖魔法の障壁……部分的にだが一致しているように見えた。
それにしても、カリュウさんが魔法使う時に「魔法陣」を見たのは初めてだね。
今見たカリュウさんの魔法陣を思い出しながらイメージを紡ぐ。その時突然脳裏にあの言葉が蘇った。
『神聖魔法の祈りは我に捧げよ』
『神聖魔法は、自分の魔力を神に捧げる事で発現する魔法なんだ』
クトゥルス様から言われた言葉。
コリンから言われた言葉。
先ほどの「神聖盾」を思い描きながら、クトゥルス様に俺の魔力を捧げるようイメージする。自分の中からごそっと魔力が抜けると同時に何か温かいものが体に満ちるのを感じた。
次の瞬間目の前に金色の魔法陣が現れ、俺を中心に半径十メートルをすっぽり覆う光のドームが展開された。
「おいおい! そりゃ『神聖砦』じゃねーか!?」
ん? 「神聖盾」じゃないの? 確かに形が違うのは一目で分かる。カリュウさんのは自分の前面を守る盾だった。自分を守る事を強くイメージしたらこういう風になったんだけど、マズかったかな?
「間違いましたかね……」
「いや、障壁の上位だ。かなり魔力を捧げたろう?」
あの魔力が抜けた感覚が「捧げた」という事か。
「そうですね……そうだと思います」
「龍魔法ってのは捧げる魔力量で威力が変わるからなぁ」
「なるほ……ど?」
ん? 今神聖魔法の話してるんじゃないの? 俺は展開した「神聖砦」とやらを一旦解除した。
「カリュウさん、ちょっと待って下さい……さっき見せていただいた『神聖盾』と今の『神聖砦』って神聖魔法じゃないんですか?」
「あ? 神聖魔法ってのは龍魔法の一部だろ?」
「いや、俺達の世界では『龍魔法』というのが存在しないんですけど」
「なんだと!?」
もしかして俺とカリュウさん、大きな思い違いをしながら一か月半も過ごしたんじゃ?
「カリュウさん、ひょっとして龍魔法もクトゥルス様に魔力を捧げる事で発現したりします?」
「そんなの常識だろ?」
当然ながら初耳である。
「……あと、『豪炎』の魔法陣を見せてもらう事って出来ますか?」
「ん? 魔法陣が見たいのか?」
「……はい。それを見ないと始まらないと言いますか、意味が分からないと言いますか」
「何だよ、もっと早く言えよ!」
「……すみません」
龍魔法は魔法陣が出現しない魔法だと思い込んでいた。だが、さっき「神聖盾」を使う時にカリュウさんは魔法陣を出現させた。
魔法陣とは、魔法のイメージを均一化して失敗を無くす為のものだ。絶対に失敗しないという自信があれば、魔法陣は要らない。カリュウさんにとって「豪炎」はそういう魔法なのだ。
余談だが、悪魔が行使する魔法には魔法陣がない。あれは単に見えないのか、魔法とは異なる力なのか、未だに分かっていない。悪魔の例があるから龍魔法には魔法陣がないと思い込んでいた。
カリュウさんが今日、「豪炎」を「正面から受ける」っていう話を切り出してくれなかったら……いつまで経っても龍魔法について理解出来なかったかも知れないな。
「アロ、魔法陣を出すぜ?」
「はい!」
「森羅万象の理から生まれる火よ、我が身に宿り我が意思と成れ。『豪炎』!」
空中に出現した、金の光に赤が混じる魔法陣を目に焼き付ける。
「『神聖盾』!」
カリュウさんに見せてもらった「盾」を強くイメージし、クトゥルス様に魔力を捧げる。金の魔法陣の後に丸くて巨大な光の盾が出現した。
――ズゴォォオオオーン!
「豪炎」と化したカリュウさんが「神聖盾」に激突して凄まじい音が響く。その勢いに障壁ごと大きく後ろへ吹き飛ばされた。初めて真正面から受けた「豪炎」は、単なる炎ではなく巨大な質量を伴っていた。それでも俺は生きてるし、服も焦げてない。
「どうだ、アロ! 何か掴んだか!?」
龍魔法の一端である障壁を使いクトゥルス様の力を感じたこと。魔法陣が見えたこと。そして威力を体感したこと。これらによって、今日まで取っ掛かりさえ掴めていなかった龍魔法が何となく分かってきた。
魔法とは、魔力を使ってイメージを具現化する事象。であれば、龍魔法とは魔力を龍神様に捧げ、その御力を借りてイメージを具現化する事象である筈だ。
「魔力を捧げて……イメージを具現化……」
「アロ、大丈夫か? 頭打った?」
「少し黙っててもらえますか」
「すんません」
今の所俺は龍魔法を殆ど知らない。さっき偶然発現した「神聖砦」は、自分の身を守るというイメージが、捧げた魔力量に応じた龍神様の力で具現化したものだ。「神聖砦」という魔法を使おうと思って使った訳じゃない。それを見たカリュウさんが「神聖砦」と呼んだだけで、それを聞かなかったら俺は別の名で呼んだかも知れない。
……「豪炎」という龍魔法が最初にあって、それをカリュウさんが使っている訳じゃなくて、カリュウさんがイメージした魔法を「豪炎」と呼んでいるのだとしたら?
「……カリュウさん。『豪炎』って誰が名付けたんですか?」
「もちろん俺だ! カッコイイだろ?」
格好良いかは別にして、やはりそうか。
「他にはどんな龍魔法があるんですか?」
「天炎だろ、斬炎、千炎、流炎、それに極炎だ」
「全部カリュウさんが?」
「そうだ! 全部俺が名付けた! 俺が作った魔法だからな!」
カリュウさんのドヤ顔がウザい……。だが俺の考えが当たった。
「もし俺が新たな炎の龍魔法を作ったら?」
「そんときゃ俺が名付けてやるぜ! あ、炎の龍魔法じゃなくて、龍炎魔法な!」
龍炎魔法か……この一か月半避け続けていたのは龍炎魔法「豪炎」。カリュウさんが生み出したオリジナル魔法。
つまりこういう事だ。龍魔法には決まった魔法がない。俺は大きな勘違いをしていた。まずは「豪炎」が使えるようにならなければ、と思い込んでいたのだ。
そうじゃなかった。形に捉われる必要はない。龍魔法は「自由」なんだ。だからカリュウさんは自ら炎と化せるし、イメージだけで最上位の障壁を張れる。
カリュウさんと同じ魔法を使う必要はないのだ。
「カリュウさん……俺、分かった……と思います」
「そうか! だったら飛び切りカッコイイ魔法を作ってみろ!」
「はい! やってみます!」
「おう!」
それから俺はカリュウさんに言われた通り「飛び切りカッコイイ龍炎魔法」を作る事に没頭した。
……二か月経った頃、ようやく間違いに気付いた。カッコイイ魔法を作ってどうする! いやその前にカッコイイ魔法って何だよ!?
それから更に二か月掛けて、実戦向けの強力な龍炎魔法を作り出したのだった。
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執筆の意欲、マシマシです!!