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79 火龍

「俺はカリュウだ。よろしくな!」


 天を衝くように逆立てた真っ赤な髪はレインを思わせる。赤銅色の肌、金色の瞳、細身の体躯。武器は何も手にしていない。


「アロと申します。カリュウさん、よろしくお願いします」

「最初にこれだけは覚えとけ。『全ては火より生まれ、火に還る』」

「全ては火より生まれ、火に還る。はい、覚えました」


 カリュウさんは腕組みをしながら満足そうに頷いた。


「うん、素直でいいぜ! あとな、水龍は細けぇ、風龍は適当、土龍は根暗だ。覚えとけ!」

「あ、はい」


 悪口じゃねーか。


「あの、ところで……」

「あん?」

「龍神様の眷属の皆さんは、人型なんですか?」

「んな訳ねーだろ! 人化してんだよ! 力が十分の一になるからな!」


 ……だったら地上でも力を振るえるのでは?


「人化出来るのは幽界だけだ。お前の為にわざわざ人化してやってんだからな!」

「……それは、ありがとうございます」

「おう! 分かればいいんだ!」


 龍のままだと力が強過ぎて、教わる事も適わないという事か。


「先に言っとくが、俺は細けぇ事が苦手だ! だから見て覚えろ!」


 ええぇ……。頑固な職人さんかな?


「最初は詠唱してやるからな。じゃあ行くぜ、森羅万象の(ことわり)から生まれる火よ、我が身に宿り我が意思と成れ。『豪炎(ごうえん)』」


 次の瞬間、カリュウさんの全身が炎に包まれ、その炎の塊が俺に向かって飛んできた。咄嗟に転移で避ける。


「ちょ、ちょ、ちょっと! 意味が分からないんですけど!?」


 カリュウさんが立っていた場所から俺が居た場所まで、地面が抉れて焼け焦げていた。俺の居た場所にはちょっとしたクレーターが出来ている。


「あん? 今のは火の龍魔法、初歩の初歩だぜ?」


 初歩の初歩? 十分の一に抑えられてこの威力? いやその前に――


「カリュウさん自身が炎に変化したように見えたんですけど!?」

「見えたんじゃねぇ、俺が炎そのものになったんだよ」


 なんですと?


「あの、それって人の身で使えるんですかね?」

「あ? 使えんじゃねーの? クトゥルスの旦那がお(めぇ)連れて来たんだし」


 いや、自分自身が炎になるって色々と超越しちゃってますよね?

 出鱈目? 龍魔法って出鱈目なの?


「ん? もしかしてお(めぇ)、火になれねぇの?」

「普通なれませんよっ!」

「そっからかー」


 カリュウさんが「あちゃー」って感じで額に手を当てて空を仰いだ。それから腕組みをしてウンウン唸りながら円を描くように歩いている。やがて「ポン!」と左の掌に右手を打ち付けた。


「うん、難しい事は分からねー!」

「っ!?」

「とにかく数を見ろ! そして感じろ! ガンガン行くぜ、『豪炎』!」

「うおっ!?」


 カリュウさんが炎の塊になって飛んでくる、俺はそれを避ける。飛んでくる、避ける、飛んでくる、避ける。それを延々と繰り返した。


「どうだ、分かったか?」

「分かりませんっ!」

「うーん……俺、教えんの苦手なんだよなぁ……」


 何でこの人がトップバッターなんだろう。ちょっと頭が痛くなってきた。


「まぁいいか。十年も見てりゃそのうち分かるだろ! 『豪え――』」

「待ってください!」


 十年も待てるか!。


「カリュウさんがどのように炎に変化しているのか、その感覚を教えていただきたいのですが」

「どうって……こう、むぅーって力込めて、バァーって解放する感じ?」

「な、なるほど?」


 全く分からん。


「アロ、そもそもの話、魔法って何だ?」

「……魔力を使ってイメージを具現化する事、です」

「おっ? 分かってんじゃねーか。なら、お(めぇ)が火になれねぇのは何でだ?」

「……イメージが出来てない、またはイメージを具現化する方法か過程が間違っている?」

「俺はこう思ってるぜ。お(めぇ)は自分自身で、自分が火になれる訳ないって決めつけてる」


 ……確かに。カリュウさんの言う通りかも知れない。

 前世で千年近く引き篭もって魔法を研究した。数多くの新しい魔法を生み出し、その十倍以上の魔法が失敗したと思っている。それらは既存の魔法を基にしていて、それはつまり俺が「知っている」魔法をベースにしたという事だ。


 カリュウさんの「豪炎」は知らない魔法だ。炎を放つ、というのはイメージ出来るが、自分が炎になって飛んでいくなんてこれまで考えた事すらない。


「つまり……俺の常識や思い込みが邪魔している、と?」

「さぁどうだろうな? あくまで俺がそう思っただけだ」


 俺はカリュウさんの事を誤解していたかも知れない。勢いだけの脳筋かと思った。何でこの人が最初に教えるんだろうと疑問を抱いた。もっと教えるのに適した人がいるんじゃないかって。

 そうじゃない。この人は俺が気付いていなかった事に気付かせてくれた。俺の常識をぶち破ってくれる人だ。


「じゃあ、俺自身が火になれると思えるには……どうすれば良いんでしょうか?」

「それは知らん! 続けるぞ!」


 ……やっぱ脳筋かな?





 その後カリュウさんは百回以上「豪炎」で俺に向かって飛んで来た。全部避けた訳だが。しかしあの威力の魔法をほぼ連続で百回以上って、どんな魔力量してるんだろう。


「よっしゃ、今日はこれぐらいでいいな!」


 物凄くやり切った感じで言われた。今日の俺はひたすら飛んで来る炎を避けるだけで、その魔法について手掛かりすら得られなかった。カリュウさんが随分すっきりしてる一方で俺の心は沈んでいた。


「ありがとうございました」

「おう! また明日な!」


 この「幽界」は不思議空間で、カリュウさんの魔法でズタズタになった地面は少し時間が経つと元に戻っている。

 ここから元の世界に帰る術もないので、二つあった建物の方へ行ってみた。大きい方にはキッチンとベッドが二つ、トイレがあり、小さい方は建物丸ごと風呂だった。キッチンには食材も置いてある。セルフサービスだが、至れり尽くせりといった感じだ。


「……カリュウさん? 何でいるんです?」

「いや、アロが飯作ってくれるって旦那が言ってたから」

「……大したものは作れませんよ?」

「人間の食い物は美味いって聞いた」


 まぁお世話になってるし、今後もお世話になるから食事くらい作るのは構わない。


「……ここで寝るんですか?」

「バカ言うな。龍に戻るから、ここじゃ(せめ)ぇよ」

「あ、寝る時は龍に戻るんですね」

「この姿は窮屈だからな!」


 よかったー! ベッド二つあるからここで寝るのかと思ったよ。プライベートな時間って大事だよね。


 ここに置いてある調味料は塩のみ。こんな事もあろうかと、魔法袋に各種調味料を山ほど入れて持って来た。食材も入ってるけどそっちは大丈夫そうだ。少なくとも今の所は。

 お湯を沸かしている間に、豚肉っぽい肉を切り分けて塩・胡椒、いくつかの香草を擦り込む。それは一旦置いておき、スープに入れる肉と野菜を用意し、別でサラダも作る。パンは柔らかい白パンが用意されていた。

 お湯が湧いたら具材を投入し、俺特製のスープの素を入れる。ワイバーンの骨から取った出汁とシヨーユ、塩、香草をまとめて乾燥させたものだ。具材に火が通ったら味を見ながら塩を追加する。


 スープを火からおろし、フライパンを熱する。脂身を入れて溶かし、先程味付けした肉を焼いていく。その間、サラダやパンを盛り付け、スープを深皿によそう。最後に焼けた肉を皿に乗せて完成。


「お待たせしました」

「おう!」


 カリュウさんは、見た目のワイルドさとは裏腹にフォークとナイフを器用に使って食べ始める。


「な、なんじゃこりゃ!?」

「あ、お口に合いませんでしたか?」

「いや! とんでもなく美味(うめ)ぇ!」

「そ、それは良かったです」


 龍の皆さんって普段どんなもの食べてるんだろう……そもそも眷属って食事が必要なのだろうか。

 いや、グノエラ、ディーネ、シルの三人も魔力さえあれば食事は不要だが、いつも楽しそうに食べてるもんな。カリュウさんも同じような感じなのかも知れない。


「いやー美味かったぜ! ありがとな、アロ!」


 そう言ってカリュウさんは出て行った。どこかで龍に戻って眠るのだろう。


 食事の片付けをしてから風呂に入る。キッチンもそうだったが、今まで見た事のない魔法具で水を出したりお湯を出したり出来る。見た所魔晶石が動力源のようだが、魔力の流れが普通の魔法具と違うように感じた。


「ふぅ~~~」


 地上とは別の世界という話だったが、この「幽界」の空にも星が瞬いている。建物の上部に明り取りの窓があって、そこから夜空が見えた。


 龍魔法を習得するには、まず自分の常識を壊す必要がある。だが、前世と今世で染みついた常識を、どうやって壊せば良いのだろう?

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!!

そのお心遣いが作者のやる気に火を灯してくれるのです。

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