78 龍神の試練、開始
それからの俺の行動は早かった。すぐに真の部屋に行き、グングニルと円盤、あとここに置いていた魔法袋を二つ回収して次の目的地を地図に記し、足早に地上へと戻った。
因みに、綿あめが集めきれない魔素はオーグ魔法具店が開発した収集器をいくつも設置して、魔物や魔獣が発生しないように対策しているそうだ。
それはさておき。
「アロ兄ぃーっ!」
「ただいま!」
地上へ戻ると、丁度ミエラとパルが戻ってきた。二人とも少し顔が上気して目がキラキラしている。うんうん、楽しそうで何よりだよね。俺の方は軽くホラーだったけど。
「おかえり!」
二人は色々話したそうだが、俺の隣に居るアナスタシアを見て小首を傾げている。
「えーと、こちらアナスタシアさん。ここの……管理責任者だよ」
「アナスタシアと申します。マスター・アロの従僕でございます」
「「じゅうぼく?」」
アナスタシアの後頭部に軽くチョップを入れるが表情は全く動かない。
「余計な事は言わなくていいですよ、アナスタシアさん」
「承諾しました」
ミエラとパルはますます疑問を持ったようだが、後で説明すると伝えると取り敢えずその場は流してくれた。
「さてと、アナスタシア。俺達と一緒に来る?」
宮殿を守るという役目は既に果たしてくれたので、彼女の意向を聞いてみた。この場所の特性を考慮して綿あめの機能は停止した。目的の物も回収したし、アナスタシアと守護人形はここを守るという任務から解放された訳だ。
「…………私もマスター・アロと同行可能なのですか?」
「うん。アナスタシアが望むなら。あ、だけど、事情があって俺はしばらく居なくなるんだ」
「期間は決定済みですか?」
「まだ分からない」
「……それなら、マスター・アロが戻るまでここに居ても良いですか?」
「もちろん構わないよ」
「ではそれまでに世話になった者に挨拶と、今後管理する者に引継ぎを行います」
「う、うん、分かった」
アナスタシア、俺より余程しっかりしてた。
「お待ちする間、マスター・アロの肖像画と彫像をお望みですか?」
「全然望まない」
「そうですか」
無表情なのに残念な気持ちが伝わって来る……謎だ。
「いや、作りたかったら作ってもいいけど」
「了承しました」
これ絶対作るヤツやん。無駄に技術力が高いから出来上がりが怖い。
そういうわけで、アナスタシアは龍魔法習得後に迎えに来る事にして、一応ここにも転移陣の設置を決めた。安全だし楽しそうだから、俺が居ない間に皆で遊びに来てくれたらいいな。ディーネとシルもはしゃぎそうだ。
転移で屋敷に戻り、ミエラとパルにはアナスタシアがホムンクルスであると伝えた。
「アロ兄ぃ、すごい!」
「……うん、アロなら作りそう」
パルは素直に称賛してくれたけど、ミエラは褒めてないよね……まぁいいか。
リビングに移動するとアビーさんが居たので、宮殿から取ってきた「グングニル」を渡す。
「こ、これはっ!?」
長さ2.2メートル。両刃の穂は40センチ。柄、穂、石突の全てが艶のない黒。柄にはびっしりと魔法陣を刻み込んでおり、握った時の滑り止めにもなっている。穂の根元には円盤を差し込むスリットを設けている。
「グングニル。風属性と雷属性を付与してる。少し使い辛いかも知れないけど、良かったらアビーさんに使って欲しい」
「あ……有難き幸せでござりゅっ!」
アビーさんがまた噛んだ。俺の前に跪いて、肩をプルプル震わせて耳が真っ赤になっている。うん、小動物みたいで可愛いよね。
「俺が居ない間……どれくらいの期間になるか分からないけど、その間皆を頼みます」
「命に代えてもお守りします!」
「いや、命は大事にして下さいよ?」
気持ちは嬉しいが、そんな事は望んでいない。それに、アビーさんが命の危険を感じる程の脅威が無い事を祈っている。
その後は新たな転移陣の作成と調整を行って、各地に設置しに行った。龍神の神殿だけはサリウスに同行してもらい、無用な争いを避ける。東の国境付近、ワイバーンの狩場、咢の森、アナスタシアの居る宮殿付近。もっと増えるかと思っていたが、結局五か所に留まった。
紙の転移魔法陣は家族と仲間に一枚ずつ渡し、余った分は義父様に預けた。陛下に献上して必要な人に渡してもらう予定だ。
対魔人用魔法具については、母様とコリンに任せた。グングニルと一緒に取ってきた魔法袋は、ミエラとアビーさんに預ける。これで準備は終わったかな? 忘れてる事ないよね?
「明日から龍神の試練を受けるよ」
全員が揃った夕食の後に宣言した。皆がそれぞれ、俺に励ましの言葉をくれる。パルはずっと泣くのを堪えていたようだ。その夜はパルとミエラに挟まれて眠った。
翌朝、まだ陽が昇る前に屋敷を出発する事にした。昨夜別れは済ませたし、皆の顔を見ると決心が鈍りそうだったからだ。
だけど、まるで俺の気持ちを見透かすように、母様とミエラが起きて玄関で待っていた。
「アロ、行くのね」
「はい、母様」
「あなただけで世界を救わなくて良いの。無理だと思ったらいつでも帰ってきなさい」
母様は俺を優しく抱きしめてくれた。
「私、待ってる」
「うん、待ってて」
ミエラはそれだけ言って、軽く抱きしめてくれた。
「じゃあ行ってきます!」
「「行ってらっしゃい」」
「長距離転移」で神殿内部に直接転移する直前、二人が泣き笑いのような顔で手を振る姿が目に入り、俺は決意を新たにした。何としても龍魔法を習得し、二人の、皆の元に帰るのだ。
「来たか、アロ」
「はい」
迎えてくれたのは龍巫女のメイビスちゃんだったが、既にクトゥルス様を憑依させているようだ。瞳が金色に光り、声が男のものになっている。
「祭壇に転移陣がある。それを使え」
「分かりました」
クトゥルス様の気配が消え、メイビスちゃんの体から力が抜ける。そうなる事が分かっていたので倒れる前に抱き上げ、祭壇裏の居住スペースに運んだ。メイビスちゃんをベッドに横たえて表側に戻り、祭壇へと階段を登る。そこには金色に光る魔法陣があった。
「これは……」
初めて見る魔法言語。クトゥルス様が「転移陣」と言っていたから、どこかに転移するのは間違いないだろうが……読み解く事が出来ない。これが「龍魔法」なのか。既存の魔法とは全く異なる言語、術式、構成の魔法だとしたら、習得には骨が折れそうだ。
口角が自然と持ち上がる。俺が知らない魔法……それに触れ、習得の機会を得られると考えただけでワクワクしてきた。自分でも、つくづく「魔法バカ」だと思う。
魔法陣の中に足を踏み入れると転移とは異なる感覚に捉われた。まるで魔法陣の中に吸い込まれるような感覚。視界は眩しい光で塗り潰され、浮遊ではなく落下する感覚に襲われる。一瞬の後、そこは薄暗い神殿ではなく、青い空と遥か先まで続く草原、右手に二つの建物という景色に変わった。
「ここは地上と天界の狭間、『幽界』。次元が異なるから他の世界に影響は及ぼさない」
背中から話し掛けられて振り向くと、ハトホル神の神殿で見たクトゥルス様の姿があった。
「準備とやらは終わったのか?」
「はい」
「ふむ。では今着けている腕輪を外し、これを着けよ」
言われるままに「減衰の腕輪」と「増強の腕輪」を外し、差し出された金色の腕輪を着ける。途端に体が重くて膝を突きそうになった。
「それは『弱体化の腕輪』。お主の力を十分の一に抑え込む。試練の間は外れん」
そういう事は先に言って欲しかったよね? 神様だから無条件で信用してたよ。
「お主には、火、水、風、土の龍魔法を習得してもらう」
「光と闇は?」
「…………あれは特殊過ぎる故に、習得する必要はない」
ん? 今クトゥルス様、目を逸らしたぞ?
「その代わり、四属性を習得出来たら『雷』を教えよう」
雷は風と水の複合属性じゃないのかな? クトゥルス様の言い方だと独立した属性みたいだけど。龍魔法ではそういう扱いなのだろうか。
いや、何だか光と闇から目を逸らすために誤魔化された気がするなぁ。
「えーと、はい、分かりました」
「では早速、火龍を呼ぼう」
「は?」
「ん? 水龍が良いか?」
「あ、いえ。最初に言語や術式を学ぶのかと」
「実際に見た方が早いであろう?」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
習うより慣れよ、って感じか。
「では火龍を呼ぶぞ? アロよ」
「はい」
「死なぬよう気を付けよ」
そしてクトゥルス様の姿が消え、一人の男性が現れた。
「俺はカリュウだ。よろしくな!」