77 ドリームランド
リューエル王国を東から西に横断して帰った昨日は、設置型転移陣を粗方作り上げた。今日は朝から次の宮殿を探しに行く。
昨日はあまり相手が出来なかったからか、パルが少しご機嫌斜めだったので一緒に連れて行く事にした。ミエラもついて来ると言うので三人でピルルに乗せてもらう事になる。即ち、今日は絶対に危険な事はしない。
「アロ兄ぃとミエラ姉といっしょにピルルにのるの!」
コリンが凄く羨ましそうな顔をしていた……あまり気にしないでおこう。
西の国境近く、昨日覚えた場所にまず転移する。
「パル、大丈夫? 気持ち悪くない?」
「うん、へーき!」
「ミエラは?」
「大丈夫だよ」
二人とも転移酔いはしなかったようだ。これまでも結構一緒に転移してるから慣れたのかも知れないな。
大きくなったピルルに俺、パル、ミエラの順で乗った。パルは俺にしっかりとしがみついている。ピルルは俺達三人を乗せてご機嫌のようだ。
目的地は「死の大地」を超えたベルナント共和国の北東部。リューエル王国の国境から約三百キロの地点だ。昨日に比べてゆっくり飛んでくれたようだが、三十分くらいで目的地近くまで到達した。更に速度を落とし、上空を大きく旋回してもらう。
この辺りの筈なんだけど……なんか、ちょっとした街みたいな感じだな。場所、間違ったかな?
……いやちょっと待て。あの屋根、滅茶苦茶見覚えがあるぞ。
「ピルル、あの辺りに降りてくれる!?」
その街(?)から二キロ程離れた場所に降り立った。
「アロ、見つけたの?」
「……たぶん?」
疑問形で答えたのでミエラが首を傾げている。俺も首を傾げたい気分だ。
「……とにかく行ってみようか」
馬サイズになってくれたピルルの背に、パルとミエラを乗せる。歩いても大した距離じゃないけど、ピルルがパルを乗せたいみたいだ。
しばらく進むとその場所が見えてきた。
「えっと、随分人が多いわね?」
「だよね」
「ひと、いっぱい!」
「ぴるるぅ!」
既にピルルには小さくなってもらっている。パルとピルルは人が多くてご機嫌らしい。いや、人が多いからじゃなくて、道の左右に並んでいる屋台が理由かな?
そう。道の両側に屋台がずらりと並んでいるのだ。そして家族連れやカップルで賑わっている。ちょっとした空き地では大道芸人が芸を披露しているし、子供に風船を配り歩いている人もいる。そして奥の方には、俺の見間違いでなければ、色とりどりの花で飾られ、最もたくさんの人が入り口に行列を作っている「宮殿」が鎮座していた。
「パル、何か食べようか」
「いいの!?」
「うん。どれにする?」
「えーと、えーと……」
あれが宮殿にしろ、宮殿にそっくりな建物にしろ、確かめなくてはならない。今のところ幻覚系の魔法の気配も感じないし、敵意や悪意も感じない。だったら少しくらい楽しんでも良いだろう。
「あれと、アレ!」
パルが選んだのは、薄く焼いた小麦粉の生地で果物やクリームを巻いたものと、バナナにたっぷりのチョコソースがかかったものだった。どっちも激しく甘そうだけど、二つも食べれるのかな?
当然ミエラと俺の分も買って、宮殿に続く行列に並んだ。幸いなことにリューエル王国のシュエル貨がそのまま使えたので良かったよ。
パルを見ると、小さくちぎってピルルにもあげていた。あまり味の付いた食べ物は良くないと思ったが、幻獣だから大丈夫なんだろう、多分。美味しそうに食べてるし。
行列に並んでいる他の人達も楽しそうにしている……宮殿は周辺の魔素を長年に渡って集める為に迷宮化したり伝説の魔獣を生み出したりしていた。幼い子供連れの家族が訪れるような場所ではなかったのだが、あれはやっぱりそっくりな建物だろうか?
行列が進むに連れて建物入り口の様子が見えてきた。
「……うそ、だろ……?」
目に映った物が信じられなくて思わず呟いてしまった。
「どうしたの、アロ?」
「アロ兄ぃ?」
「ぴる?」
宮殿を守る為に俺が作った多脚型ゴーレム「守護人形」がカラフルな色に塗られて、来場客に花や風船を渡している。別の場所では守護人形が背中に子供を乗せて移動している……乗せられた子供達はすごく楽しそうだ。
よく見ると、入場口の上には看板が掲げられ、「驚異! 動く迷宮!」と書かれていて、その周辺には守護人形達が数体いた。何と言うか……客を誘導したり、迷子を保護したりと活躍しているようだ。
俺達の傍にも一体の守護人形が来て、紙の冊子をそっと手渡された。「動く迷宮の遊び方」と書かれている。
「えっと……何がどうなってんの、これ?」
俺が目を白黒させていると、ミエラが俺の手から冊子を取って声に出して読み始めた。
「……『建物の内部は、壁や通路が動く迷路になっています。最奥部まで辿り着ければ、豪華賞品をプレゼント! 戻る時には迷わない設計なので、子供連れでも安心! さあ、あなたの挑戦をお待ちしてます!』だって。面白そう!」
ほんとだね。
「アロ兄ぃ! パルもやりたい!」
うん。正解のルートを知っている俺と一緒に行けば豪華賞品ゲットだぜ! その場合はあんまり動く迷路は楽しめないけどね。
……って、これは誰の仕業だ!? 何で宮殿がエンターテインメントになってんだよ?
「あー、ミエラ? パルと二人で行っておいで」
「なん……あ、そうか。アロは正解を知ってるんだもんね」
「……うん」
「じゃあパル、私と二人で行こうか?」
「え、アロ兄ぃは?」
「アロが行くと面白くないみたいよ?」
「そーなの?」
「ごめんパル。俺が行くと全然つまらないと思う」
「んー、わかった。ミエラ姉といってくるね!」
ミエラがパルと手を繋ぎ、振り返ってこちらに手を振りながら宮殿の中へ入って行く。その背中を寂しく見送りながら、俺は一人でそのまま中に進み、目的の人物が居ないか探した。
入口の先はホールになっていて、子供を迷路に送り出した親がたくさん待っていた。そんな中で目を凝らすと……見つけた。
「アナスタシア」
青い髪をボブカットにしたクール系の美女に向かって、小さな声で呼び掛ける。それまで無表情で客の相手をしていた彼女は、ぐりんと首を回して俺の方を見た。そして物凄い勢いでこちらに近付いて来て、俺を見下ろすように目の前に立った。
「あなたは何故その名を知っているのですか?」
「やっぱりアナスタシアか」
「……この魔力波形、間違いありません。あなたはマスター・シュタインの転生体です」
「しーっ! 声を落として。俺の事はアロと呼んで」
「了承しました、マスター・アロ」
「で、この状況、説明してくれる?」
アナスタシアが、無表情のままで小首を傾げる。
「ここが。どうして。誰でも遊べるドリームランドになったのか。説明してくれる?」
「了解しました。マスター・アロ、こちらへどうぞ」
彼女の後ろをついて行くと人気のない場所があり、隠し扉が作られていた。こんなもの作った覚えはないんだけど。扉を抜けると下へ続く階段が現れる。
アナスタシアは、俺が前世で作った唯一のホムンクルス。モデルは当時一番厳しかった侍女頭の女性である。試作のつもりだったが、外観があまりにも本人に似過ぎてちょっと怖くなり、それ以降作るのを止めたという曰くがある。
しかし、彼女もそうだが守護人形もまだ稼働しているとは驚きだ。
「マスター・シュタインがここを去ってから1524年218日7時間42分が経過しました」
前を歩くアナスタシアが徐にそんな事を言い出した。
「……7時間43分が経過しました」
「いや、ごめんって!! こんなに長く待っててくれるなんて思ってなかったから!」
「マスターの謝罪を受容します。それでは移動しながら経緯を説明します」
アナスタシアは次のように説明してくれた。
シュタインが去って四十年後、オーグ・ドラストフという名のドワーフがこの宮殿を訪れた。彼はシュタイン・アウグストスの遺志を継いで魔法具を作っていると語った。その一環でホムンクルスとゴーレムを見に来たという話だった。
その後、約百二十年に渡ってオーグは度々この地を訪れ、アナスタシアや守護人形の保守点検をしてくれたらしい。彼の没後は、彼が興した「オーグ魔法具店」がそれを引き継いでいるそうだ。
保守点検にかかる費用は、表に出ている屋台から売り上げの五パーセントを徴収して賄っているらしい。
勿論俺はオーグ・ドラストフを知っている。彼は優秀な魔法具職人で、アウグストス帝国を樹立した後に宮廷魔法具師として召し抱えたのだ。そして俺の魔法具作りの助手をしてもらっていた。
なるほど、オーグ魔法具店は彼が興した店だったのか。名前を聞いた時にもしかしたらと思っていたが……と言う事は、オーグ魔法具店は1500年くらいの歴史があるって事か。それは凄いな。各地に支店がある訳だ。
「……現在では、オーグ魔法具店にベルナント共和国が出資しています。実質、ここは国が守っていると言っても過言ではありません」
「そうなんだ……ところで最奥部は無事なのか?」
「勿論です」
アナスタシアが少しドヤ顔になった。そのまま階段を降りていき、やがて広い空間に出た。
「光を灯せ」
アナスタシアが命令を唱えて明るくなったそこは、全く見覚えのない部屋だった。そして……至る所にシュタイン・アウグストスの肖像画と彫像が飾られている。驚く事に、全て違う角度、違う表情、違うポーズだ。絵と像で二百は下らない。
「えっと、アナスタシアさん? これは何かな?」
「マスター・シュタインへの私の想いです。時間はたっぷりありましたので」
ホムンクルスの気持ちが重い……あと、絵も像もプロ顔負け。
「アナスタシア、後でゆっくり話をしようか」
「承諾します、マスター・アロ」
この部屋に居ると呪われそうなので、さっさと目的の物を回収しよう。